2007年 03月 06日
武庫川浄水場
西宮の近代建築その8

前身は大正12年に西宮町営水道が開設された時の集水場でした。現存しているのは昭和11年に拡充された際の建物です。

f0116479_0353791.jpg


現在は浄水場となっていますが、最初は武庫川の伏流水をポンプで汲み上げて浄水場へ送る施設でした。

f0116479_0452545.jpg


敷地内中央にある主屋。ポンプ機械室のようです。
f0116479_034261.jpg


f0116479_02999.jpg

f0116479_0314662.jpg


西宮町が水道事業を始めるにあたっては、前回紹介した辰馬喜十郎邸を建てた辰馬家(清酒白鹿)と前々回に紹介した多聞ビルの所有者八馬家(清酒多聞)の両酒造家が、実にその建設費の3分の2を負担しています。西宮の発展を支えた酒造業は生活基盤にも大きく係っていました。


ユニークな形状の集水井戸。
f0116479_0373141.jpg

f0116479_0382978.jpg

f0116479_1155667.jpg


これも集水井戸でしょうか?
f0116479_0401474.jpg


西宮の水道事業に辰馬家・八馬家が多額の寄付をしたことについてですが、事業家の篤志によるものと言うわけではなく、背景には当時の西宮町が水源として宮水を使用していた事にあるようです。優れた醸造用水として知られる宮水の枯渇を危惧した両家が行政を支援して水道敷設を推進したというのが本音ではないでしょうか。



***************************************

おまけ

同じく西宮市にあるニテコ池取水施設も共通するユニークな形状をしています。但しこちらは阪神大震災で破損した後にオリジナルのデザインのまま復元されたものです。
*小説や映画の「蛍の墓」の舞台となった場所です。

f0116479_12557.jpg

f0116479_122913.jpg


これもニテコ池の水源施設
f0116479_13452.jpg


# by sunshine-works | 2007-03-06 01:21 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2007年 03月 02日
旧辰馬喜十郎邸
西宮の近代建築その7

明治22年築。 白鹿酒造で知られる南辰馬家の邸宅として建てられました。
案内板には南辰馬家当主の辰馬喜十郎が大工の山下某に命じて神戸の英国領事館を模して造らせたと書かれています。

f0116479_19231213.jpg


1,2階に回廊を巡らせたコロニアル風デザインとなっています。
f0116479_19235334.jpg

f0116479_19251098.jpg

f0116479_19241915.jpg

f0116479_19305357.jpg



高名な建築家が手掛けた建物ではなく棟梁が見よう見まねで造った洋館です。日本建築の技術をベースにしたいわゆる擬洋風住宅ですが当時の欧米建築の特色がよく表現されており職人の技術力の高さが伺えます。
f0116479_19292631.jpg

f0116479_1933063.jpg

f0116479_1933279.jpg


残念ながら門の中へは入れません。
f0116479_19341069.jpg



和風の鬼瓦。辰馬家の紋入です。
f0116479_2338945.jpg


窓は両開きの鎧戸付。正面側はアーチ窓、裏面は四角窓となっています。
f0116479_19361726.jpg

f0116479_19363741.jpg


レンガ煙突を備えた付属建物。浴室との事です。
f0116479_23443126.jpg

f0116479_23445214.jpg


裏側
f0116479_1937290.jpg


阪神間には灘の酒造家に関連した近代建築が数多くあります。洋館建の邸宅や酒造工場,酒蔵を残した他、美術館・博物館を建てたり学校を創設するなど地域文化に大きな貢献を果たしました。
f0116479_19372588.jpg


# by sunshine-works | 2007-03-02 00:41 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2007年 02月 24日
多聞ビルディング
西宮の近代建築その6

昭和3年築・設計古塚正治。
西宮の酒造地域のはずれにある堂々とした建物です。
f0116479_10432790.jpg


長く八馬汽船の本社として使われていましたが現在は空屋となっています。
最初は1階が西宮銀行、2階が八馬汽船の本社でした。いかにも銀行建築を思わせる外観はその為でしょうか。
f0116479_1044839.jpg


八馬汽船は米穀商だった八馬家が起こした海運会社で歴代の船には多聞丸の名が付けられています。これは八馬家が信仰する毘沙門天(多聞天)に由来するものです。多聞の名称は八馬家の酒造会社多聞酒造の清酒名でも知られています。
f0116479_10482381.jpg


エントランスホールを貫くコリント式のオーダー柱
f0116479_10522623.jpg

f0116479_10493791.jpg

エントランス天井の飾り
f0116479_1054567.jpg


東面には4本のオーダー。
f0116479_10464458.jpg


f0116479_11145189.jpg

f0116479_1123449.jpg


f0116479_10581867.jpg

f0116479_11103919.jpg


f0116479_1123339.jpg


柱頭のアップ
f0116479_1111445.jpg




窓、扉はふさがれ内部がどうなっているのかわかりません。補修はされているようですが空家となってだいぶ経過しているようです。他の銀行建築の事例に倣って有効な活用を図れないものでしょうか。このまま眠らせて置くのはもったいない建物です。
f0116479_11132415.jpg


# by sunshine-works | 2007-02-24 11:53 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2007年 02月 20日
今津小学校旧校舎(六角堂)
西宮の近代建築その5
今津村立小学校の校舎として明治15年に建てられました。現存する小学校の洋風校舎としては松本市の開智小学校についで古い建物です。
f0116479_2341569.jpg

正面玄関の上にあるバルコニーの形から六角堂と呼ばれています。
f0116479_2383690.jpg

f0116479_038226.jpg

この建物の建築費の大部分は地元からの寄付で賄われたとの事です。大阪でも神戸でもなく、村の小学校に当時最先端のモダンな校舎が住民主導で建てられた事は驚くべきことです。
f0116479_2331316.jpg

玄関廻り
f0116479_23324657.jpg

f0116479_2333672.jpg

f0116479_0331117.jpg

f0116479_039648.jpg

今津は灘五郷と呼ばれる酒造地帯の東端の郷にあたり、酒造業や関連産業が栄えた地域でした。地場産業の隆盛を背景とした教育に対する高い熱意がこのような立派な小学校を建てさせたのでしょう。
f0116479_0125847.jpg

裏側
f0116479_013414.jpg

西側面
f0116479_0144214.jpg

建てられてから120年、学校の敷地内を数回移転しているそうです。戦災や震災にも耐え、取り壊しの危機も乗り越えて来ました。公民館や幼稚園としても使われましたが現在は同小学校の資料館となっています。
f0116479_0324411.jpg

f0116479_2332612.jpg


# by sunshine-works | 2007-02-20 01:04 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)