2007年 07月 11日
菊正宗酒造本店

神戸東灘区の近代建築その2

東灘区には前回紹介した灘中学・高校の母体となった灘育英会の出資者である嘉納家(本嘉納家、白嘉納家)に関連する建物が残っています。その幾つかを順に紹介していきたいと思います。初回は清酒菊正宗の本嘉納家の本店建物です。
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区の南部、海岸線に沿って東側の魚崎郷から西の御影郷へ名だたる清酒銘柄の工場や酒蔵が続いています。御影郷にあるこの菊正宗酒造の建物は大正14年に建てられ現在も本店として使用されています。この界隈の酒造会社の中で唯一残る大正期の建物です。
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設計施工は宮崎工務店となっています。宮崎工務店については当事兵庫県内でも幾つかの建築を施工しているようなのですが、いろいろ調べてみても詳細は判りませんでした。

建物の三方が道路に面しており東と北面に入り口が設けられています。こちらは東面です。
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本館建物に隣接する別棟。倉庫か作業場なのでしょうか。
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北側が正面入り口になります。
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宮内庁御用達の看板が掲げられています。
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こちらは西側の面です。
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建物裏側。奥が本館、手前が別棟です。
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大正14年の竣工当時、木造や漆喰塗の蔵が並ぶ中に現れたモダンな石張の建物はその後日本一の生産量を誇るに至った同社のシンボルとして大切に使われて来ました。今の規格からは少々使い勝手の悪い建物かもしれませんが伝統産業である酒造会社の本社に相応しい風格は何物にも代えがたい物だと思います。
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# by sunshine-works | 2007-07-11 21:28 | 近代建築 | Trackback(1) | Comments(0)
2007年 07月 07日
灘中学・高校
神戸東灘区の近代建築その1

近代建築Watch 今回から神戸編です。

芦屋から市境を越えて神戸市東灘区へ入ります。東灘区は灘五郷と呼ばれる酒造地帯の真中、魚崎郷と御影郷を抱え古くから酒造業を中心に発展した地域でした。また山の手一帯は明治以降財界人や文化人の邸宅が数多く建てられ、芦屋から繋がる高級住宅地として開発されていきました。
東灘区のほぼ中央、国道2号線と住吉川が交わる辺りに建つ私立灘中学・高等学校は灘の酒造業者達によって昭和3年に創設されました。開校当時の本館建物が現在も現役施設として使われています。設計:宋兵蔵建築事務所
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上の写真と下2枚は校庭側(南面)の様子です。
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1階の外壁に廻らせた横方向のラインが特徴的です。
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北面へ回って正面入口とその周辺の様子です。
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窓は独特の5角形のアーチ窓
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建物の角にはアールが付けられています。北西のコーナー部分。
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こちらは北東のコーナー部分。
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校舎内部です。
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今では全国的に有名な進学校として知られている灘中学・高校ですが元々は灘の酒造家達が協同して作った灘育英会がその始まりでした。出資者には櫻正宗の山邑家白鶴の白嘉納家、菊正宗の本嘉納家等、当地の代表的な酒造家が名を連ねています。
阪神間の近代建築を調べていくとこれら酒造家達が残した遺産の多さを改めて実感します。
かっての隆盛を失ってしまった感のある日本酒業界ですが優れた建築や文化施設を後世に残した彼らの功績は高く評価されるべきものと思います。
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# by sunshine-works | 2007-07-07 12:54 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2007年 07月 03日
旧山口吉郎兵衛邸(滴翠美術館)
芦屋の近代建築その6

芦屋川を越えて西へ、旧山邑邸と川を挟んだ反対側の山芦屋町も大きな屋敷が並ぶ古くからの邸宅街です。
この一角に陶磁器や日本の美術工芸品を展示する美術館が開かれています。この建物は山口銀行(三和銀行の前身)を創設した山口吉郎兵衛の邸宅を利用したものです。
設計者 安井武雄 昭和8年築。

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建物は2つの棟に分かれています。こちらは美術館として使用されている棟の玄関部分です。
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玄関扉にはこのようなオブジェ風の装飾が取り付けられています。
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美術館の側面部分です。
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安井武雄はかって大阪倶楽部や野村ビル等独特の様式のビルを手がけましたが、この個人邸も和と洋が渾然とした何とも不思議な雰囲気を持っています。
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東側部分。植栽と塀に囲まれた庭に面しています。
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建物裏手、西側からの景色。
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北側の棟は現在使用されていないようです。
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こちらの玄関の柱は円柱です。
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天守のような塔屋
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北側からの眺め
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この邸宅の当主であった山口吉郎兵衛氏の個人コレクションを公開するために昭和39年に美術館として改装されました。個人の邸宅を美術館や博物館として転用する例は多く見られます。美しい美術品と優れた建築物を共に鑑賞出来るすばらしいコラボレーションです。
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# by sunshine-works | 2007-07-03 21:19 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2007年 06月 29日
旧山邑家住宅(ヨドコウ迎賓館)
芦屋の近代建築その5

阪急線を越えて坂道を上っていくと大きな屋敷が並ぶ芦屋の山の手エリアになります。街並みを見下ろす斜面の頂上に建つこの建物はフランク・ロイド・ライトが日本に残した建築物の中で唯一完全な形で現存する邸宅です。*1974年、重要文化財指定
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清酒「櫻正宗」の酒造元である山邑家の別邸として大正13年に建てられました。
F・Lライトの基本設計を基に弟子の遠藤新、南信が引継いで完成させました。(着工時にはライトはすでに帰国していました)
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大谷石を主材として全体を複雑な彫刻やレリーフで飾る外観は甲子園ホテル(設計:遠藤新)や帝国ホテルに共通するこの時代のライトに特徴的な様式です。
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屋上のテラスの様子です。遥か大阪湾を望む街並や六甲の山並みが広がります。
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整然と並ぶ石の門のような物は明かり取窓の飾り枠です。
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建物北側及び裏側部分です。
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山邑家がこの邸宅を使用していたのは大正13年の竣工から昭和10年までのわずか10年あまりでした。その後は進駐軍の接収を経て昭和22年に淀川製鋼所の所有となりました。
大規模な修復工事を実施したり、阪神大震災による被害を補修するなど80年以上前の建築物とは思えない良好な状態が保たれています。
優れた建築物を所有者の責務として大切に維持していくこの様な姿勢は大手企業ならではの良識を感じさせます。

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# by sunshine-works | 2007-06-29 23:43 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)