2017年 11月 18日
京都府丹波の近代建築 補遺1
京都建てられた府丹波の近代建築補遺1

綾部から亀岡までの京都府丹波地区の近代建築を紹介してきましたが、未掲載の近代建築が幾つかありました。今回と次回に分けてこれらを紹介します。
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福知山市中心部の旧郡是製糸福知山工場本館。昭和4年頃に建てられました。
綾部で創業した郡是製糸はその後西日本各地に工場を増設するとともに地方の同業他社を吸収合併して拡大していきます。
現在グンゼの配送センターとして使われているこの場所には大正期に地場の製糸会社を合併し郡是福知山工場となった後に建てられた施設建物が複数現存しています。
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昭和3年に建てられた門衛所と正門も現存します。
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福知山駅前の商店街の一角にかつて銀行支店として建てられた建物が現存します。現在眼科医院として使われているこの建物は京都銀行の前身の一つとなった両丹銀行の支店として建てられました。築年は昭和10年とされています。
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福知山城跡の裏手に建つ古い木造建物。福知山医師会館の看板がありますが、現在は空家となっています。この周辺はかつて旧陸軍病院(衛戍病院)が建っていた場所で、この建物はそれらの何らかの遺構と推測されます。
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この建物の裏手には下見板張りの別棟、更に後方にはモルタル壁の棟が接続されています。これらも当時建てられた施設と思われます。
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旧佐賀村役場が移築されている高台の麓に建つ建物。詳細は不明ですが、旧佐賀村役場庁舎とほぼ同じ意匠で建てられており、何らかの関連があると思われます。
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舞鶴線第四伊佐津川橋梁の傍の真倉集落に残る公会堂。こちらも詳細不明ですが、敷地内に皇紀二千六百年記念の碑が建てられており、これに因んだものであれば昭和15年頃の建物となります。
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京丹波町須知の笠次医院旧館。現在は使われていないと思われ、相当に劣化が進んでいます。
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# by sunshine-works | 2017-11-18 22:55 | 近代建築 京都府 | Trackback | Comments(0)
2017年 11月 11日
旧田中源太郎邸洋館(楽々荘)
京都府亀岡市の近代建築

山陰本線亀岡駅から市街地を西へ進んで程なく、屋根塀で囲まれた大きな邸宅が見えてきます。この屋敷は明治31年に亀岡出身の実業家田中源太郎の自邸として建てられたもので、その後は旅館やレストランとして使われています。
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広大な日本庭園に面して書院造り木造平屋の和館と煉瓦造2階建ての洋館が並びます。
洋館は外周にベランダを廻らせたコロニアル様式で、このスタイルは明治初期の洋館に多く用いられました。
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庭に面した2面にバルコニーを廻らせます。
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開口部が少なく、分厚い鉄扉が備わる一階部分。土蔵のような印象です。
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地元亀岡の商家を継いだ田中源太郎は京都を中心に数々の事業を手掛け、後には政界にも進出します。京都銀行の前身亀岡銀行や山陰本線の基となる京都鉄道、後の関西電力の母体の一つとなる京都電燈、立命館大学等、氏の関与した事業は現在に繋がる様々な分野に及んでいます。
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当時のまま残された室内の様子。調度品も状態良く保たれています。
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こちらは2階室内の様子。
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2階の外周にはガラス窓で囲まれた明るい空間が広がります。
本来亜熱帯地域の住居として考案されたコロニアル様式ですが、冬場寒冷な日本の風土に合わせてこのようなガラス張りとした事例が他にも数多く見られます。
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# by sunshine-works | 2017-11-11 22:56 | 近代建築 京都府 | Trackback | Comments(0)
2017年 11月 04日
大堰橋(八木大橋)
京都府南丹市の近代建築

山陰本線八木駅から続く古い町並みを抜けて大堰川の岸へ。旧道はこの場所で古い鉄橋を渡ります。80年を超えた今も現役で使われているこの美しい橋は昭和10年に架けられました。
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桂川水系大堰川の200mを超える広い川幅を3連のトラスと3連のプレートガーダー桁が渡ります。トラス桁は当時の先進技法カンチレバートラスが用いられ、最長部で40メートルの経間長を得ています。
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細密にリベットが打たれた鋼材が並ぶ橋上の様子。
橋銘板には横川橋梁製作所、昭和拾年の文字が読み取れます。
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この橋には竣工当時の親柱が東西共に現存しています。こちらは西詰側に残る親柱。
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こちらは東詰の親柱。東詰側に連なるプレートガーダー桁は河川改修に伴って架け直されていますので、この親柱はこれに合わせて移設されたものと思われます。
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左右の川岸からの遠景。側面から眺めると橋脚上部のアーチが三角形に盛り上がったカンチレバートラスの特徴が良く判ります。
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同じ岸の上流側から
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右岸下流側です。
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西詰に繋がる町並みからの眺め。
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# by sunshine-works | 2017-11-04 22:28 | 近代建築 京都府 | Trackback | Comments(0)
2017年 10月 28日
旧須知小学校
京都府京丹波町の近代建築

京丹波町の中央部、かつて宿場町として賑わった須知宿の高台に古い木造校舎が残されています。現在は児童施設として使われているこの建物は旧須知小学校の校舎として昭和10年頃に建てられました。
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古い町並みに沿った街路から石段を登った先に正面入口が見えてきます。
太い角柱が支える玄関庇、その上部に立ち上がる三角破風、大きな窓が並ぶ2階の壁面等、当時の学校建築の意匠を良く留めています。
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須知小学校は明治5年に遡る古い歴史を持つ学校で、明治23年に現在の校地へ移転、数度の建替えを経て、昭和8年から昭和10年までの間に現存する校舎が竣工します。玄関を構える本館とそれに繋がる複数の棟からなる大きな校舎は、一部に改修を加えながら平成12年の閉校までの65年間に亘って使われ、現在もほぼ当時の姿が残されています。
戦前に建てられた学校建築が数多く残る京都府ですが、これだけの規模の木造校舎が状態良く現存する例は他に無く、建築資料として非常に貴重なものと思えます。
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庇の奥に構える玄関扉。
踏み段の磨り減り具合がこの校舎の長い年月を語ります。
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敷地南側に広がる校庭から眺めた校舎。
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校舎裏側の様子。本館から後方に各棟が伸びます。
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年月を経た遊具や下駄箱が廃校当時の状態のまま残されています。
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# by sunshine-works | 2017-10-28 23:55 | 近代建築 京都府 | Trackback | Comments(0)