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2016年 03月 25日
旧志楽村役場
京都府舞鶴市の近代建築その17

東舞鶴から福井方面へ向かう街道際に古い木造庁舎が残されています。
この建物はかつてこの地域を治めていた旧志楽村の役場として昭和8年に建てられました。
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旧志楽村は昭和13年に市制を実施した旧東舞鶴市の母体となった2町3村の一つで、丹後街道に沿って福井県境から舞鶴湾岸までの一帯を村域としていました。この建物は明治22年に周辺8村の合併によって誕生した志楽村の最後の庁舎として建てられ、その後は市の支所や農協施設に転用されました。
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木造2階建、寄棟屋根の中央上部にはドーマー屋根を立ち上げます。外壁や屋根材は張替えられていますが概ね竣工当時の姿を留めています。
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切妻屋根を張り出した玄関庇
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by sunshine-works | 2016-03-25 21:22 | 近代建築 京都府 | Trackback | Comments(0)
2016年 03月 18日
旧舞鶴鎮守府長官邸(東郷邸)
京都府舞鶴市の近代建築その16

東舞鶴港の西側、造船所横手の高台の一角に旧舞鶴鎮守府長官官舎として建てられた木造家屋が残されています。
現在は海上自衛隊舞鶴地方総監部会議所として使われているこの建物は明治34年に建てられました。
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木々に囲まれた広い敷地に建つ木造平屋。主屋の日本家屋に洋館が連なります。
舞鶴鎮守府開丁に合わせて建てられたこの建物は初代の東郷平八郎以降代々の司令官の邸宅として昭和20年の終戦まで使用されました。
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玄関から内部へ。海上自衛隊の管理施設となっていますが、日時を限定して一般公開されています。
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奥へ進んで主屋の中庭から洋館を望みます。
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応接間として使われた洋館部分。当時建てられた洋館併設の家屋の殆どは日本家屋が普段の生活の場、洋館は応接や書斎に充てられていました。
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洋館部の外観。壁は下見板貼り、当時のままの木枠の窓が使われています。
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by sunshine-works | 2016-03-18 23:20 | 近代建築 京都府 | Trackback | Comments(0)
2016年 03月 11日
旧海軍機関学校大講堂
京都府舞鶴市の近代建築その15

自衛隊桟橋と道を隔てた向い側に海上自衛隊舞鶴地方総監部の広い敷地が広がります。
ここはかつて旧海軍機関学校が置かれていた場所で、当時の建物施設の多くが今も残されています。
今回はこれらの建物の中で唯一公開されている旧大講堂を紹介します。
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横須賀に設立された海軍機関学校は関東大震災で消失し江田島に仮設されていましたが、移転先として舞鶴が選ばれます。
空地となっていた旧海兵団の敷地を利用して昭和3年から校舎や講堂の建設が始まり、昭和8年にこの大講堂が竣工します。
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鉄骨造平屋建、壁面はスクラッチタイル貼り。基礎や石段、玄関廻りには御影石が使われています。
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玄関ポーチからの眺め。奥に並ぶ旧機関学校の建物を伺います。
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玄関には舞鶴鎮守府の初代長官だった東郷平八郎の胸像が飾られています。
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現在は海軍記念館として公開され、展示室の資料や講堂内部を参観する事が出来ます。
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by sunshine-works | 2016-03-11 13:27 | 近代建築 京都府 | Trackback | Comments(0)
2016年 03月 04日
北吸隧道
京都府舞鶴市の近代建築その14

舞鶴赤レンガパークから東舞鶴駅へ向けて敷石の遊歩道が通じています。この遊歩道が途中でくぐる煉瓦トンネルは、かつて東舞鶴駅から軍港の間に敷かれていた引込線の鉄道トンネルとして明治37年に設置されたものです。
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舞鶴軍港の造営と平行して進められた福知山~新舞鶴(現在の東舞鶴)間の鉄道開通は明治37年。同時に終点の新舞鶴から軍港の間に軍事輸送の為の引込線が敷かれました。
この路線は軍港が廃止された戦後も中舞鶴線として運用されますが、昭和47年に廃線となった後は長らく放置された状態でした。
平成に入って遊歩道として旧路線跡が整備されるのに併せて隧道も修復され、現在は舞鶴の観光スポットの一つとなっています。
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抗門部は福知山~新舞鶴に敷かれた舞鶴線の隧道に共通する意匠。総煉瓦で装飾豊かな造りは重要な軍事路線としての格を示すものとも思えます。
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トンネル内部。竣工時には壁面すべてに煉瓦が張られていました。
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東舞鶴駅側の抗門部。
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by sunshine-works | 2016-03-04 21:17 | 近代建築 京都府 | Trackback | Comments(0)