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2015年 08月 23日
松江大橋

島根県松江市の近代建築その8

松江市中心部を南北に分かつ大橋川には4つの橋が渡されています。これらの中で最も古い歴史を持つ松江大橋は代々架け替えられて現在で17代目。昭和12年に竣工しました。
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宍道湖へ注ぐ大橋川の河口近くに架けられた橋長134メートルの鉄筋コンクリート橋。橋上には擬宝珠や灯篭の和風意匠が施されていますが、下部構にはゲルバー桁やコンクリート橋脚をはじめ当時先進の近代土技術が用いられています。
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橋上を飾る擬宝珠と灯篭。高欄には岡山産の花崗岩を用いています。
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床版を支える鋼板製の主桁。当時の鉄道橋梁のものと同じような形状をしています。
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中央に張り出したバルコニー。この時代の都市部の橋梁の多くはこのような展望台を備えていました。
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西日に照らされて橋上に長く影を落とす灯篭。
近代橋梁として架け替えられた大橋の美しい意匠は景観に溶け込み、松江の銘橋として親しまれています。
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by sunshine-works | 2015-08-23 23:57 | 近代建築 島根県 | Trackback | Comments(0)
2015年 08月 15日
興雲閣
島根県松江市の近代建築その7

松江城址の一角、松江神社の隣に木造洋風建築が残されています。
この建物は明治天皇御幸時の宿泊所として明治36年に設置されました。
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明治天皇は明治初期から積極的に全国巡幸を行いましたが、未訪となっていた山陰地方では天皇御幸を求める機運が高まっていました。松江市は将来実現される御幸の迎賓施設としてこの建物を企画し、明治36年に完成させます。
予定された天皇御幸は日露戦争の影響で果たされませんでしたが、皇太子時代の後の大正天皇が明治40年に宿泊所として使用し、その役目を務めました。
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市内を一望する松江城址の高台に建つ木造2階建の大きな建物。明治初期の庁舎に多用されたベランダコロニアル様式の儀洋風建築です。
建物の意匠については現地案内板にある以下の記述を紹介します。
「当時はロシア宮殿風といわれ、その名は広く近隣にとどろいた。木造白塗りの壁に入母屋の瓦屋根を乗せた儀洋風で、1・2階とも周囲に列柱廊を設け、廻廊をめぐらす。ポーチ上の部屋は応接室で拝謁所に使用された。‥」
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玄関庇と廻廊を支える円柱が建物正面に並びます。
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格天井仕上げの玄関ポーチ。
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迎賓館を意図して豪奢壮麗な建物として建てられましたが、竣工時の実際の建物要目は松江市工芸品陳列所で、大正天皇の宿泊所として使われた以外は本来目的に長く使われました。その後、戦中の一時期を軍の施設として、戦後は県庁分室、松江市施設を経て昭和48年から平成23年までを郷土資料館として使われました。現在は修復工事を行っており、竣工当時により近い姿に復して公開される予定です。
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by sunshine-works | 2015-08-15 23:16 | 近代建築 島根県 | Trackback | Comments(0)
2015年 08月 08日
愛隣会館(旧松江育児院礼拝堂)
島根県松江市の近代建築その6

松江市の中心街から北東方向、住宅街の一角に昭和初期に建てられた木造洋館が残されています。
当地一帯で営まれていた孤児院の施設として昭和6年に建てられました。
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明治26年の松江洪水の孤児救済として松江育児院を開設した福田平治はその後愛隣社を創設し、山陰を中心に福祉事業を展開します。
この建物周辺は市の中心部にあった育児園が明治36年に移築された場所で、愛隣社の礎となった場所でした。
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当地の孤児院の施設は昭和20年代まで存続していましたが、その後敷地内の建物は取り壊され、この会館だけが市の施設として公共用途に利用されました。
現在はNPO法人に買い取られ、保存修復して活用を図る予定となっています。
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後に講堂としても使われた階高の高い平屋建て、大きな切妻屋根が特徴で、妻面上部に縦長の換気窓を配します。
現在トタンで覆われている外壁の下半分は元々は木壁と思われ、上半分は前回紹介した旧制松江高等学校外国人宿舎と同じモルタル投げ塗りで仕上げます。
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by sunshine-works | 2015-08-08 23:57 | 近代建築 島根県 | Trackback | Comments(0)