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2014年 06月 30日
牟岐線赤石川橋梁
徳島の鉄道遺産その17

勝浦川橋梁を越え、小松島市を下る牟岐線は、阿波赤石駅の手前で小さな川を渡ります。
この地点に架けられている赤石川橋梁には同区間が開通した大正5年当時の橋脚、橋桁が今尚現役で使われています。
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駅の南側、小松島湾に注ぐ赤石川の河口に架けられたプレートガーダー桁。
川中に据えられた3基の橋脚と両岸の橋台が支えます。橋脚は当時一般的な煉瓦積み、橋桁は古い英国式のポーナル桁が使われています。
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橋脚上を渡るポーナル桁。赤石川橋梁が架けられた大正初期のプレートガーダー桁の主流はアメリカ規格の桁に移行していましたが、この橋には明治中期に導入された英国規格の桁が使われています。
開設時に新造されたものか、他所からの移設かは不明ですが、耐加重に劣るこの形式でも、地方路線故に問題とされなかったのかもしれません。
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特徴的なポーナル桁の細部。津山線に導入された輸入桁や、徳島線鮎喰川橋梁のものとは異なり、細かい感覚で補鋼材が並んでいます。
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by sunshine-works | 2014-06-30 23:47 | 近代建築 徳島県 | Trackback | Comments(0)
2014年 06月 25日
牟岐線勝浦川橋梁
徳島の鉄道遺産その16

徳島市の南部、牟岐線が小松島市との境を流れる勝浦川を渡る地点には、同区間が開通した大正2年に築かれた煉瓦橋脚が現存します。
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前回紹介した富田川橋梁と同じく、阿波国共同汽船が敷設した徳島と小松島港間の連絡鉄道の遺構。
270メートルを超える広い川幅を上路プレートガーダーが渡っていきます。煉瓦橋脚は開通時からのものですが、桁は戦後に架け替えられています。
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河川敷と川中に据えられた開業時の橋脚。下部にアーチ型の開口部を設けた独特の煉瓦橋脚が並びます。増水時の水捌けを考慮したものでしょうか。
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開業当時の姿を保つイギリス積みの煉瓦橋脚。大規模な補修の跡も無く、風化、変色した煉瓦は100年の歳月を伝えます。
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藪を抜け、畑を渡って土手を越えます。両岸の橋台も開業当初の煉瓦構造物が残っています。
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水流を受ける上流側の先端を尖らせた橋脚。後に桁が架け替えられた為、プレートガーダーと比べて橋脚幅が大きなものとなっています。
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by sunshine-works | 2014-06-25 23:56 | 近代建築 徳島県 | Trackback | Comments(0)
2014年 06月 20日
牟岐線富田川橋梁
徳島の鉄道遺産その15

徳島駅から海部市へ至る牟岐線は、関西との航路が結ばれた小松島港と徳島間の連絡線として敷設された民営路線を前身の一つとし、その歴史は大正初期に遡ります。
徳島市街地から南へ伸びるこの牟岐線の沿線には、開業当初の姿を今尚留める古い鉄道施設が数多く残されています。
徳島の鉄道遺産その15は、開業時の煉瓦橋脚と橋桁が現存する徳島中心部の富田川を渡る橋梁を紹介します。
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牟岐線の前身、阿波国共同汽船による徳島~ 小松島間の開業は大正2年。徳島駅を発した下り線が最初に渡る橋梁が、この富田川橋梁となります。
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川中に3基、地上部分にも煉瓦橋脚が置かれ、プレートガーダー桁を支えます。
プレートガーダーに鉄道省の銘板は無く、「川崎造船兵庫分工場」のプレートが貼られています。同工場は明治末期に開設されているので、この橋梁の開設時に架けられた桁が今尚使われているものと思われます。
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地上部分に置かれた橋脚。丸みを持たせたイギリス積みの煉瓦橋脚です。
橋の両側にも同様な煉瓦構造物が残ります。
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by sunshine-works | 2014-06-20 23:36 | 近代建築 徳島県 | Trackback | Comments(0)
2014年 06月 15日
高徳線鮎喰川橋梁
徳島の鉄道遺産その14

徳島市街へ向かう高徳線は吉野川橋梁の南で支流の鮎喰川を跨ぎます。この鮎喰川橋梁も同区間が開通した昭和10年に架けられました。
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吉野川河畔から繋がる広い河川敷を渡る連続プレートガーダー。
川幅自体は100メートルもありませんが、道路を跨ぎ、畑を横切り、藪を抜けて長々と桁が続いていきます。
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吉野川橋梁とは短い距離で隣り合います。同時期に竣工した2橋ですが、日本初の3径間連続トラスとなった吉野川橋梁とは対照的に、この鮎喰川橋梁は旧来の単径間プレートガーダー桁が用いられました。
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吉野川を跨ぐ吉成駅と佐古駅間は、前身の阿波鉄道時代の未成区間を国有化後に完成させたもの。
プレートガーダーは鉄道省の規格が用いられています。
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2本のコンクリート柱が並ぶ珍しい形状の橋脚。吉野川橋に接続する小橋にも同様の橋脚が使われています。
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by sunshine-works | 2014-06-15 22:53 | 近代建築 徳島県 | Trackback | Comments(0)
2014年 06月 10日
高徳線吉野川橋梁
徳島の鉄道遺産その13

前回紹介した吉野川橋(旧古川橋)から上流側へ約3キロ、この地点にも昭和初期に架けられた重要な橋が現存しています。
高松と徳島を結ぶ高徳線が吉野川を渡るこの橋梁は昭和10年に架けられました。
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広い川幅に据えられた15基のコンクリート橋脚の上を渡る長大な連続トラス橋。
両端を単径間トラス、中間部には4基の3径間連続トラスが渡されます。
3径間トラスの鉄道橋梁として日本初、橋長950mは現在もJR四国管内の河川橋梁として最長の規模を誇ります。
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土手を越え、広い河川敷を横切り、その先の穏やかな川面を延々と橋が渡っていきます。
それまで連絡船が結んでいたこの地点に架けられた吉野川橋梁は、当時の最新技術を駆使した最大級の鉄道橋梁となりました。
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橋の両端部に架かる単径間トラス。この時代の標準的な規格のものです。
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中間部には3径間を跨ぐ長いトラスが用いられました。
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吉野川本流に架けられた橋梁の南側には分流を跨ぐプレートガーダー橋が繋げられ、線路は築堤へと導かれます。
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by sunshine-works | 2014-06-10 23:31 | 近代建築 徳島県 | Trackback | Comments(0)
2014年 06月 05日
吉野川橋
徳島県徳島市の近代建築その3

徳島市街地の北方、吉野川の広い川幅を17連の連続トラス橋が渡ります。
架橋当時東洋一の規模を誇った吉野川橋は昭和3年に架けられました。設計:増田淳
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河口から約5キロの地点、1000メートルを超える対岸まで、延々とトラスが連なります。
当時既に連続トラス橋は各地に架けられていましたが、1000メートル超の道路橋として日本で始めてのものとなりました。
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県北部を結ぶ重要な交通路として渡された吉野川橋ですが、片側1車線と狭く、耐加重も限られる為、昭和47年に下流側に吉野川大橋が架けられました。
以降は幹線の役割を譲る形となりましたが、補修を重ねながら、現在も現役で使われています。
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複雑に組み合う鉄骨、びっしりと打たれたリベット。洗練された現在の橋とはまた違った味わいがあります。
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by sunshine-works | 2014-06-05 23:33 | 近代建築 徳島県 | Trackback | Comments(0)