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2013年 08月 30日
脇町劇場(オデオン座)
徳島県美馬市の近代建築その1

町村合併によって徳島県美馬市の元となった旧脇町の中心部に昭和初期に建てられた劇場が残されています。
現役の芝居小屋として県内最古となる脇町劇場は昭和9年に建てられました。
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木造2階建下見板貼り。大きな妻面を正面に構え、一段奥に下げて入口を設ける意匠は同年代に建てられた貞光劇場と多くの共通点を持ちます。
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この劇場も貞光劇場と同様、晩期には映画館として使われていました。
平成7年に脇町に所有が移された後に改修工事を行い、現在は劇場時代の姿に復されています。
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正面の妻面を飾る大小3つの半円アーチ。
資料に拠ると、この部分には当初太鼓楼が据えられていたようです。
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舞台の奥行きに沿って長く伸びる側壁。
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川の対岸からの眺め。川沿いの小路に白壁とアクセントの水色が目を惹く建物です。
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地方の大衆文化を支えたこのような劇場の殆どは時代の趨勢に従って廃業を余儀なくされ、多くは解体され、一部は閉鎖されたまま放置されています。
豊岡の永楽館やこのオデオン座のように観光施設として活用された数例が貴重な資料として当時の姿を伝えています。
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by sunshine-works | 2013-08-30 21:45 | 近代建築 徳島県 | Trackback | Comments(0)
2013年 08月 25日
貞光劇場
徳島県つるぎ町の近代建築その1


現在はつるぎ町の一部を為す旧貞光町の中心部に昭和初期に建てられた劇場が残されています。
昭和7年に建てられたこの貞光劇場はその後映画館に転じた後も80年に渡って営業を続けましたが、平成23年に休館となりました。
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貞光町の中心部、表通りから横手方向に木造2階建ての大きな建物が見えてきます。
徳島に現存する芝居小屋として最古、映画館としても最も長く続いた劇場でした。
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大きな妻面のファサードから一段下がってアーチ型の玄関ポーチを構えます。
アーチ上部には幅いっぱいに引き違い窓を配し、両側面にそれぞれ二つのアーチ窓を並べます。
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基本は南京風下見板、一部は縦方向の羽目板貼り。
外壁の塗装は竣工時から変わらぬ鮮やかな水色を保ちます。
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入口中央の券買窓口。映画館時代に設けられたものと思います。
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入口上部には閉館時に掲げられていた映画ポスターが色褪せた状態で残されています。
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地方劇場の多くは映画館に転じて暫くは命脈を繋ぎますが、規模や設備に於いて遅れを取り、その殆どは休業・閉館の途を辿る事となります。
現在は休館となっているこの貞光劇場ですが内部は劇場時代の姿を良好に留めており、昭和初期の地方劇場を伝える貴重な資料として残ります。
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by sunshine-works | 2013-08-25 19:53 | 近代建築 徳島県 | Trackback | Comments(0)
2013年 08月 20日
みなと湯
岡山県倉敷市の近代建築その18

倉敷市玉島の古い街区の一角に、昭和初期に建てられた銭湯が残されています。
銭湯らしからぬ洋風ファサードを持つこの建物は昭和2年に建てられました。
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町の中心部、商店街の間に鎮座する神社の階段脇に建つ赤茶色のモダンな建物。
入口のみサッシに換えられていますが、その他は殆ど昭和初期の竣工当時の姿を留めます。
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正面の壁を飾る白塗りの丸や四角の浮彫。看板を嵌め込んだコーニスの下には鋸刃状の飾りを添えます。
破風に記された紋は屋号でしょうか。
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平成10年まで営業を続けていましたが、その後は閉ざされたまま。
然程年数が経っていないので状態は良好のようです。
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神社の石段から側面を伺います。2階側面の窓は三角のファンライトを持つ縦長窓。
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石段の上方から見ると、内側に和風の切妻屋根が現れます。
正面と側面を洋風に仕上げた「看板建築」に分類される建物です。
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年々その数を減らして行く町中の銭湯の中でもこのような洋風意匠の建物は希少なものです。
伝統文化の上にモダンな文化が根付いた当時の玉島の先進性を今に伝えます。
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by sunshine-works | 2013-08-20 23:14 | 近代建築 岡山県 | Trackback | Comments(0)
2013年 08月 15日
大原美術館
岡山県倉敷市の近代建築その17

倉敷の観光名所、倉敷川に面した美観地区の一角に、一際目を惹く洋風建造物が建てられています。
この大原美術館は日本最初の本格的な私設美術館として昭和5年に建てられました。
施主:大原孫三郎、設計:薬師寺主計、施工:藤木工務店。
大正期から昭和初期に掛けて倉敷に数多くの近代建築を残したこの三者を代表する建物です。
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美観地区のほぼ中央、石橋を渡った先にギリシア・ローマの神殿建築を模した建物が聳えます。
鉄筋コンクリート2階建。石造に見える外観の殆どはセメントを使った人造石仕上げです。
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正面側の見上げ。中央2本にイオニア式のオーダー柱、その上に三角ペディメントを構えます。
当時の内外の美術館や博物館等文化施設の多くに採用されたアメリカンルネッサンス様式(ボザール様式)で建てられています。
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正面入口の眺め。列柱が並ぶ中央に小さな入口を構えます。
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岡山出身の洋画家で大原孫三郎と親交の深かった小島虎次郎のコレクションを収蔵・展示する美術館として建てられました。西洋美術館として日本で最古、私立美術館としても戦前唯一の建物でした。
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日本の私立美術館の嚆矢として知られる美術館に相応しい優美な姿を湛えます。
多くの近代建築が並ぶ美観地区の中核を成す建物として欠かせない建物となっています。
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by sunshine-works | 2013-08-15 23:43 | 近代建築 岡山県 | Trackback | Comments(0)
2013年 08月 10日
永楽館
豊岡の近代建築その1

江戸の古い町並みが残る豊岡市出石の中心部に明治期から伝わる演劇場が残されています。
現存する芝居小屋としては関西地方最古となるこの建物は、明治34年に建てられました。
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道路に面した正面口。玄関上部には公演を告げる太鼓楼が設けられています。
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舞台と客席の配置に合わせて並ぶ窓。道路に沿って長く壁面が延びます。
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当初は芝居小屋として建てられ、大正期からは映画の上映も行われます。
戦後は映画中心に使われていましたが、娯楽の多様化に伴って衰退し昭和39年に閉館となりました。
その後長く放置されていましたが、平成20年に改修工事を行って再び演劇場として開館します。
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竣工以来幾度か改装が重ねられた事や閉鎖期間が長きに渡った事で改修に際しては大規模な復元工事となったようです。
補修可能な部材は極力再利用されましたが、外壁や屋根瓦は更新され、建具も当時の資料を参考に再現されています。
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現在使われている建物側面の入口。
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公演日と休館日以外は一般に公開されています。入場料300円を払って館内へ。
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演劇場の姿に復元された館内。
座布団が敷き詰められた桟敷席、壁面に昭和40年代の広告看板が並びます。
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舞台の上手に楽屋や控室が並びます。
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大衆演劇から古典芸能まで広範に対応する芝居小屋として本格的な舞台装置を備えます。
狭い階段を地下に下りるとせり上がりや回転舞台の仕掛けを見る事ができます。
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当事の庶民の娯楽の中心だった芝居小屋の殆どは映画館に転じた後に廃業となり、現存例は極めて少数、さらに現在も公演が行われている所は数例しかありません。
見事に復元されたこの永楽館は当事の地方舞台の姿を伝える資料として貴重な存在となっています。
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by sunshine-works | 2013-08-10 21:28 | 近代建築 兵庫県 | Trackback | Comments(2)
2013年 08月 05日
旧明盛共同浴場(明延第一浴場)
養父の近代建築その3

かつて鉱山町として栄えた大屋町明延の中心部に鉱山労働者用に建てられた共同浴場が残されています。
合計6箇所設けられた共同浴場の中で唯一現存するこの建物は、昭和9年に建てられました。
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養父市の北部に位置する明延鉱山は奈良時代に遡る歴史を持つと言われています。
各種非鉄金属を産し、とりわけ明治期に発見された錫は日本全体の9割を占める産出量を誇りました。
鉱山は採鉱コストの高騰から昭和62年に閉鎖され、中心部だった明延周辺も現在は静かな山間の町となりましたが、往時には大屋川に沿ったこの地区周辺に多くの従業員住宅が建てられ、数々の福利厚生施設が並んでいました。
こちらに参考記述があります。
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企業城下町と呼ばれた町は数多くありますが、他地区から離れた山間の鉱山町ではその依存度は更に強く、生活の殆どが鉱山会社と密接に繋がっていました。
鉱石運搬用に敷かれた専用軌道には客車も運行され、その運賃は1円のみ、地区に引かれた水道・電気は原則無料、この共同浴場も無料で開放されていました。
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公衆浴場としては珍しい洋風意匠。三角破風を張り出した正面入口、入口両脇の付柱、左右に縦長窓を並べます。当時流行のセッセションを取り入れたモダンな建物です。
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少し下がって南側面の眺め。浴室の外は庇を張り出したテラスとなっています。
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閉山後20年以上を経た今日、当時の山の生活を支えた施設や建物の殆どが失われてしまいました。
この浴場跡は往時を偲ぶ貴重な遺構として今に伝わります。
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by sunshine-works | 2013-08-05 20:49 | 近代建築 兵庫県 | Trackback | Comments(0)