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2013年 04月 30日
山陰本線下市川橋梁・名和川橋梁
鳥取の鉄道遺産

前回は山陰最古の駅舎として御来屋駅を紹介しましたが、この御来屋を挟んだ東西には明治期の古い橋脚が桁を支える鉄道橋梁が2橋架けられています。
明治35年の境港~御来屋間の開通とその翌年の延伸時に設置されたこの2橋に使われているのは現存する鉄道橋脚として山陰最古のものと思われます。
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御来屋~下市間の下市川橋梁。中央の小さな流れとその脇の道路を跨ぎ越すように橋が架かります。
2本の橋脚と両側の橋台は切石を積んだもの、擁壁も切石を布積にしたものです。
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両側の高さに合わせて高い位置に渡される桁。強度を保つ為に橋脚の太さは三段階に詰まれています。
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土手を覆うように積み上げられた橋台。
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下市~名和間に架かる名和川橋梁。明治35年開業区間の橋です。
橋脚が1本である以外は下市川橋梁とほぼ同じ規模ですが、この橋脚は縁を切石で補強したレンガ積みです。
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明治期に開通した山陰本線の橋梁にはレンガ積のものと石積のものが混在しています。、これより後年の工区の橋梁にもレンガ橋脚が使われている事から、年代的な区分けがあったとも言えず、明確な基準は不明です。
このようなレンガ・石積橋脚は大正期を迎えると徐々に竣工数は減り、昭和以降はコンクリート橋脚が主流となっていきます。
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両側の橋台もレンガ積みです。
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山陰本線にはこのような古い鉄道施設が今尚現役で使われていますが、とりわけこの御来屋駅周辺の遺構は当時の姿を良く縮めており、貴重な鉄道遺産となっています。
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by sunshine-works | 2013-04-30 23:04 | 近代建築 鳥取県 | Trackback | Comments(0)
2013年 04月 25日
山陰本線御来屋駅
鳥取の鉄道遺産

京都から山口県下関を結ぶ山陰本線の全通は昭和8年。在来線としては日本最長の規模となる同線ですが、他の幹線と比べると長い期間を経て一本のレールで結ばれています。
この山陰本線は当初から現在の区間で計画されたものではなく、単独の路線として開設された複数の線区が母体となり、それぞれが延伸を重ねた末に繋がれたものでした。
これら母体となった幾つかの区間の中で、京都府内区間に次いで古い歴史を持つのが境港から御来屋を結んだ鳥取県西部の路線となりますが、この区間が開通した際の終点駅となった御来屋駅には開業時に建てられた駅舎本屋が現存しています。
明治35年竣工のこの駅舎は山陰最古の駅舎とされています。
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木造平屋、下見板張り。壁面上部は漆喰仕上げ。中央やや右手に入口を設け、三角破風を持つ庇を突き出します。明治期の地方駅舎の典型的な造りですが、この後に建てられた山陰本線の駅舎にも同様な意匠が受け継がれます。
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入口を抜けた先の小さな待合室。ベンチが置かれている以外には殆ど何もありません。
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開設時から使い続けた窓口周り。委託駅となった今も当時の姿を留めます。
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現在は使われていない小荷物の運賃表が飾られています。
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待合室からホームへ進みます。
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ホームは2面3線。駅の規模に比べると余裕を持たせた配置です。
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跨線橋を渡った反対側ホームからの眺め。ホームの待合室には古い貨車が使われています。
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開業時の面影を留める駅舎上屋。
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山陰地方で最初の鉄道路線となったこの区間はその後東西に延伸され、約10年を経て鳥取県内の全区間が開通します。
開業後110年を越えて今尚現役の御来屋駅舎は、黎明期の山陰の鉄道駅の姿を伝える貴重な遺構となります。
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by sunshine-works | 2013-04-25 22:59 | 近代建築 鳥取県 | Trackback | Comments(0)
2013年 04月 20日
山陽本線金光駅
備中の鉄道遺産その11

前回紹介した八鹿駅の跨線橋は明治末期から大正中期にかけて全国の鉄道駅に設置された鉄道院規格のものですが、多くの鉄道遺産が残る岡山県にもこれと同種の跨線橋が2例現存します。
今回はそのうちの一例、金光駅に残る大正期の跨線橋を紹介します。
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山陽本線金光駅は明治34年に前身の山陽鉄道の駅として開業。当初は金神駅の名称でしたが、金光教の本拠に因んで後年に金光駅に改称されます。
駅舎本屋は改装が加えられていますが、基本構造は開業当初のまま。建物財産標も開業年度と同年の表記です。
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金光駅の跨線橋は大正4年製、製造元は横川橋梁製作所。
この跨線橋も八鹿駅柏原駅とほぼ同じ仕様、門柱や支持架の形状は全く同じ様に見えます。全国に残る鉄道院時代の跨線橋はどれも共通の規格で造られていたようです。
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各地に残る鉄道院の跨線橋の多くは他所で不要となったものを移築していますがこの金光駅にはそのような記録が無く、もともとこの駅に設置されていたもののようです。
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3面あるホームのうち鋳鉄製の跨線橋が残るのは1番線と2・3番線の2面。
金光教の行事の時だけ使用される4番線は後年の増築です。
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跨線橋の他にもう一つの鉄道遺産として伝わるのが古レールを再利用した上屋支柱。
使われているレールは多様で、明治階から昭和前期に輸入されたヨーロッパやアメリカ製のレールの他に八幡製鉄製の国産レールが確認されます。
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2.3番線ホームの上屋支柱には明治期に少数が輸入された双頭レールが使われています。
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ローカル線区の因美線や津山線に比べると主要幹線の山陽本線は改修が頻繁に行われ、多くの駅が高架駅に建て直されました。
今日県内の山陽本線で古い鉄道施設が残るのは県の東西の数駅に過ぎませんが、その中でもこの金光駅は貴重な遺構が数多く、古き時代の山陽本線駅舎の姿を今に伝えています。
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by sunshine-works | 2013-04-20 23:58 | 近代建築 岡山県 | Trackback | Comments(0)
2013年 04月 15日
山陰本線八鹿駅
但馬の鉄道遺産その5

前回紹介した養父駅から1駅、養父市の中心駅八鹿駅には昭和9年に建てられた駅舎本屋が現存します。
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明治41年、播但線の延伸に際し旧八鹿町(開業当時は八鹿村)の中心駅として設置されました。
養父駅は小規模で素朴な駅舎でしたが、江戸期より水運と街道の交点として賑わい、生糸の集積地でもあった八鹿の駅舎は地方ローカル駅としては大きな規模の駅舎を構えます。
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木造平屋建、切妻屋根、壁面上部をモルタル仕上げ。建物中央には三角破風を立上げ、やや左に寄せた入口の右手に星型の飾り窓を配します。
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この時期の駅舎にはこの位置に飾り窓を配置する例が幾つかありますが、殆どは丸窓で、このような星型の窓は極めて珍しいものです。
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現在の駅舎が建てられた昭和9年当時、八鹿町は大正期に操業を開始したグンゼ八鹿工場の企業城下町として賑わいを呈していました。モダンな駅舎は発展する町の拠点に相応しい近代的な意匠となりました。
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ホームは2面3線、対向ホームへは跨線橋を渡ります。
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現在の跨線橋は昭和30年に設置されたものですが、この跨線橋は元々は京都府の福知山駅に明治40年に設置されたもので、架け替えに伴って不要となった跨線橋を再利用しています。詳しくはコチラを御覧ください。
このように不要となった旧跨線橋を再利用する事例は数多く、各地に現存する明治・大正期の跨線橋の過半は他所から移設されたものです。
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下半分が角柱、上部に円柱を継いだ形状はこの時代の鋳鉄製支柱に共通のもの。
以前紹介した丹波の柏原駅の跨線橋も全く同じ規格です。
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対向ホームを眺めます。
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跨線橋本体は設置された昭和30年当時のもの。トラス構造のフレームで支えます。
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反対側ホームの支柱。「明四十」、「鉄道新橋」の文字が読み取れます。
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グンゼの工場が閉鎖された現在は乗降客も少なく、往時の賑わいはすっかり無くなってしまいましたが、モダンな駅舎はこの町の往時の隆盛を今に伝えます。
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by sunshine-works | 2013-04-15 22:24 | 近代建築 兵庫県 | Trackback | Comments(0)
2013年 04月 10日
山陰本線養父駅
但馬の鉄道遺産その4

和田山駅から1駅、養父市東部に小さな駅舎を構える山陰本線養父駅は明治41年の開業。兵庫県内の山陰線駅舎の中では最も古い駅本屋が現存します。
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朝来市と豊岡市の間に位置する養父市は周辺町村の合併によって平成16年に発足します。
市の東部にあるこの駅は駅名称に市名を冠していますが、養父市の中心駅は隣の八鹿駅で、この養父駅周辺は街区も小さく典型的な地方駅の趣が残ります。
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装飾表現が殆ど無い極めて簡素な意匠。外装の殆どが張替えられている為、100年を越える駅舎にしては然程古さを感じさせませんが、基本的な骨組みと基礎は竣工当時のまま使われています。
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養父駅の見所とも言えるのが、竣工当時の姿を留める小さな待合室と発券窓口。
委託駅となった現在も窓口業務に使われています。
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待合室を抜けてホームへ。
屋根から繋がる庇を南側に張出します。
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ホームに設けられた待合所。戦後間もない頃の築年です。
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山陰本線に現存する木造駅舎の中でも明治期の駅舎は数少なく、この養父駅は当時の素朴な地方駅舎の姿を伝える資料として貴重なものとなっています。
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by sunshine-works | 2013-04-10 23:59 | 近代建築 兵庫県 | Trackback | Comments(0)
2013年 04月 05日
旧和田山機関庫
但馬の鉄道遺産その3

朝来市の中心駅和田山駅の北側、線路際の空地に古い煉瓦建造物が残されています。
この建物は明治45年に機関庫として建てられ、その後倉庫として使われました。
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明治末期に播但線と山陰本線の接続駅となった和田山駅は山陰・播磨・京都大阪方面の三方を結ぶ拠点として重要な役割を担います。
これに併せて和田山駅の構内には機関庫、転車台、給水塔等の施設や管理建物が建てられ、規模は小さいものの機関支区としての概要が整えられます。
この機関庫は両線が交わった明治44年の翌年に竣工、以来80年に渡り県北部の鉄道網の支えとしての勤めを果たしました。
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煉瓦造平屋建て、切妻屋根の当時の標準的な煉瓦建物。南面の東半分を手前に張出します。
バットレスで区切られた各面には縦長のアーチ窓を配し、窓の上部を切石で飾っています。
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両側の妻面に2線のアーチ形開口部が並びます。
西面の開口部はシャッターで閉ざされていますが、東面は空け放たれた状態。内部を窺う事が出来ます。
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柵の外から内部を写します。
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この線区の蒸気機関車は昭和47年に廃止されますが、機関庫は車両整備工場として残され、平成3年まで使われます。
その後長く元の姿を留めたまま放置されていましたが、最近になって屋根が取り外されてしまいました。
修復するのか解体するのか気になるところですが、平成25年4月現在工事に掛かる様子もなく、中途半端な姿を晒しています。
撮影した平成21年当時は屋根も健在、内部は機関庫として使われていた当時の名残を良く留めていました。
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使われなくなって約20年、窓は破れ雑草が繁茂していますが建物自体は然程劣化た様子もなく、つい最近まで現用施設であったかのようです。
元々が身綺麗に整えられていた建物では無いので風合いの変化を実感させないのかもしれません。
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機関庫の西側に残る給水塔。これも同時期に建てられたもののようです。
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各地に残る機関庫の中では大規模な扇型機関庫の幾つかが歴史的価値を認められて保護されていますが、このような小規模な機関庫は話題に上ることも無く、いつの間にかその姿を消しているのが現状です。
この和田山機関庫は煉瓦造の矩形機関庫の優れた現存例であり、貴重な鉄道遺産として伝えるべきものと思います。
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by sunshine-works | 2013-04-05 22:42 | 近代建築 兵庫県 | Trackback | Comments(4)