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2011年 07月 31日
予讃線 中津川橋梁/予讃線旧線 岩屋架道橋
旧讃岐鉄道の遺構

四国旅客鉄道(JR四国)の母体となった讃岐鉄道は多度津を基点に琴平・丸亀を結ぶ路線として明治22年に開業、その後高松まで路線を伸ばし現在の土讃線・予讃線の元となりました。
開業120年を経た旧讃岐鉄道時代の施設の多くは架け替えや路線の変更により更新されていますが、それでも多度津近郊には讃岐鉄道に由来する鉄道遺産の幾つかを確認する事が出来ます。
これらの中から当時のままの煉瓦積橋脚が残る橋梁と石積アーチの旧架道橋を紹介します。

多度津~讃岐塩屋間の中川を渡る中津川橋梁。現存する開業時の橋梁は橋脚を持たない小さな橋ばかりですが、この中津川橋梁は4基の煉瓦橋脚を持つ規模の大きな橋です。
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この中津川橋梁を含め、讃岐鉄道の多くの橋梁にはフランス積で組まれた煉瓦や切石の構造物が使われています。フランス積はイギリス積と共に建築物では広く使われていた工法ですが、強度に劣る事から鉄道施設に用いられた例は少なく、フランス積の橋脚は全国でも少数しか現存していません。
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橋脚だけでなく両側の橋台もフランス積の煉瓦構造物が当時の姿で残っています。
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煉瓦橋脚の上を渡る4連のプレートガーダー桁。開設当初の物ではありませんが、昭和3年に作られた古い桁です。
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丸亀~坂出間の路線は瀬戸大橋線の開通に伴って路線が変更され、旧讃岐鉄道時代の路盤は撤去されていますが、宇多津市内には旧線の築堤がそのまま残された箇所があります。ここには讃岐鉄道開設時に設置された石積の架道橋が当時の姿で保存されています。
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地元産の花崗岩を積んだ半円アーチ拱渠。車一台が辛うじて通れる程の幅、奥行きも短い小さな構造物です。全国各地にある同種の拱渠の多くは煉瓦と切石を併用していますが、この岩屋架道橋は全て花崗岩で造られています。
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細密に石を組んだ内壁。古くから花崗岩(庵治石)の産地として知られる讃岐の優れた石工の技が活かされています。
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反対側の坑口。
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by sunshine-works | 2011-07-31 19:06 | 近代建築 香川県 | Trackback(1) | Comments(0)
2011年 07月 27日
津山線の橋梁その2
備前の津山線橋梁

津山線に残る明治の橋梁シリーズ、2回目の今回は美作を越えて備前地区の橋梁を探訪します。

下り津山線は金川~福渡間で旭川を渡ります。美作と備前の国境地点に架けられたこの旭川橋梁は津山線で最長の長さを誇ります。
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広い川幅に置かれた6基の橋脚の上をポーナル式プレートガーダー桁が渡っていきます。
橋脚のうち4基が太い楕円断面のコンクリート製、2基が煉瓦造の橋脚となっていますが、煉瓦橋脚が津山線開通時のもの、コンクリート橋脚は昭和9年の室戸台風で被災した際に再建されたものです。
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流れを渡る部分の橋脚は全てコンクリート橋脚に置き替えられていますが、橋桁は当初のポーナル桁が使われています。流失した橋桁を再び架け直したと言う事なのでしょうか。
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岡山方に残る竣工当時からの煉瓦積み橋台。
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暫く進んで田地子川橋梁。この先暫くはこのような小さな橋梁が連続します。
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その先の桜川橋梁。
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橋脚に被せられた覆いが特徴的です。
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真近で橋銘板が確認出来るのは小さな橋ならではです。
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第16架道橋。このような小規模な構造物も数多く残されています。
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紅葉川橋梁。これも小さなポーナル式プレートガーダー桁が使われています。
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築堤の各所に設けられた煉瓦造りの拱渠。
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小さな川を幾つも渡って来た津山線は建部~金川間で再び大きな川に差し掛かります。旭川の分流、宇甘川を渡るこの橋梁は旭川橋梁に次ぐ5連のポーナル桁が連なる大きな橋です。
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幾つかの橋脚には鉄板で補強されたものがあります。これは昭和9年の室戸台風後に施された補強工事に拠るものでえす。
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両側ともに当時のままの煉瓦橋台が残る保木川橋梁。
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金川~野々口の三谷川橋梁。
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by sunshine-works | 2011-07-27 03:03 | 近代建築 岡山県 | Trackback | Comments(0)
2011年 07月 23日
津山線の橋梁その1
美作の津山線橋梁

岡山と津山を結ぶ津山線は明治31年、民営の中国鉄道の路線として岡山市駅~津山駅間で開業します。
岡山県内の鉄道路線の中で現在の山陽本線の母体となった山陽鉄道に次ぐ古い歴史を持つ同線には、姫新線や因美線と同じように開業当初から使い続けられている古い橋梁が数多く現存しています。今回と次回はこの津山線に残る古い橋梁群を紹介していきます。
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津山口~佐良山間で渡る谷川橋梁。橋脚を持たない小さな橋です。煉瓦を積んだ橋台やポーナル式橋桁が当時の姿で残っています。
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岡山~津山口を結ぶ津山線は旭川やその支流の河川を何度も渡って行きます。これらのポイントに架けられた橋梁の多くが開設当時から使い続けられているもので、現存度合いに於いては因美線や姫新線を上回る密度で当時からの橋梁や橋脚を確認する事が出来ます。

佐良山~亀甲では並行する佐良川を2度渡ります。最初に渡る第2佐良川橋梁。
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続いて第一佐良川橋梁
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亀甲駅北側の萩峪川橋梁
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これら津山線橋梁の特色としてイギリス製のポーナル式プレートガーダーの使用が挙げられます。
明治中期に輸入されたこのタイプの橋桁はその後国産も試みられ、地方ローカル線を中心に使われていきますが、その後はより強度に優れた新式の物に置き変わって行きました。
明治期に大量に導入されたポーナル桁が架け替えることなくこれだけの数で残っているのは全国的にも数少ない例と思われます。
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このように桁の垂直方向に渡された補鋼材(ステフナー)の両端がJ字形に折れ曲がっているのがポーナル桁の大きな特徴です。
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津山線で使われている明治期のポーナル桁の多くはイギリスのクリーブランド・ブリッジ社製の物です。同社の桁にはこの様な楕円のプレートが付けられています。
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更に下って新城川橋梁。
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この様な小さな橋も開業当時の姿で残ります。
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宮地川橋梁
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この先暫くは旭川支流の中でも大きな川である誕生時川に沿って南下します。
最も上流側の第5誕生寺川橋梁。
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誕生寺の支流、二箇川を渡る橋梁。
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鋼橋以外にもこの様な煉瓦・石積の架道橋がこの先数箇所に残っています。
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その先に架かる橋梁も小さいながらポーナル式のプレートガーダー桁が渡ります。
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第4誕生寺川橋梁。
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第3誕生寺川橋梁。
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第2誕生寺川橋梁。太い煉瓦橋脚が高い位置で桁を支えます。
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一連の誕生寺川橋梁の最後、第一誕生寺川橋梁。
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by sunshine-works | 2011-07-23 02:12 | 近代建築 岡山県 | Trackback | Comments(0)
2011年 07月 19日
姫新線旭川橋梁
真庭市の近代建築その9

昭和11年に作備線・因美線の一部・姫津線が統合されて誕生した姫新線は総延長160キロメートルに及ぶ地方ローカル線としては長大な距離を結ぶ路線となりました。
西播磨と美作の主要な河川を次々と渡っていく姫新線は、中国勝山と月田の間で岡山三大河川の一つ旭川を渡ります。旧作備線の最終工区となったこの区間に架けられた旭川橋梁は80年を過ぎた今日も竣工時の姿で使われています。
播磨から美作を廻ってきた姫新線橋梁の特集、今回は昭和5年に架けられた美しい橋を紹介します。
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旭川屈曲部の広い河原を7連の桁が渡る大きな橋です。川面を渡る箇所には姫新線唯一のトラス桁が用いられています。
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プレートガーダーは他の姫新線橋梁と同じタイプのもの、使われている橋脚も楕円断面のコンクリート製で、同時期の姫新線橋梁の標準的な姿を留めています。
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工法が簡単でコストも比較的安いプレートガーダー橋は全国の鉄道橋の主力として使われていきましたが、広い径間が必要な箇所にはプレートガーダー桁に代わってトラス桁が用いられました。主に川の中流~上流域を跨ぐ姫新線は広い川が少なく、トラス式の桁が用いられている例はこの旭川橋梁が唯一のものと思われます。
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川の西詰からの眺め。トラス桁は橋の中心から西寄りに架けられています。
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トラスの種類は一般的なワーレントラス式。全ての桁にトラスを用いた連続トラス橋とせず、最大径間部だけをこの形式にした理由は経済的な理由からでしょうか。
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by sunshine-works | 2011-07-19 01:45 | 近代建築 岡山県 | Trackback | Comments(0)
2011年 07月 15日
姫新線美作土居~東津山間の橋梁
美作の旧姫津線橋梁

前回・前々回では兵庫県内の旧姫津線区間に残る開業当事からの橋梁を紹介しましたが、旧姫津線の岡山方にも同時期の橋梁がいくつか現存しています。旧姫津線の橋梁・3回目の今回は美作に残る橋梁を紹介していきます。

楢原駅の手前、県道に架かる平福陸橋。下路式のプレートガーダーが道路と斜めに交差します。
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楢原駅~林野駅間の梶並川橋梁。岡山方の姫津線区間の橋梁はどれも小さな規模ですが、これらの中で梶並川橋梁は最長の橋となります。
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佐用川の橋梁で使われているずんぐりとした丸い橋脚によく似ています。
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よく見ると異なる2種類の橋脚が使われています。どちらかのタイプは後年に取り替えられたものでしょうか。
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彼方に冠雪した美しい山々を望みます。
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林野駅を過ぎると暫くの間は吉井川支流の滝川と平行して進みます。この途中3箇所で姫新線は滝川を跨ぎます。
最初に渡る第三滝川橋梁。
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3基の橋桁が渡るこの第三滝川橋梁、東側の2基には戦前の鉄道省時代のもの、西側の1基には戦後の旧国鉄時代の銘板が付けられています。
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暫く進んで程なくして第二滝川橋梁を渡ります。
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第一滝川橋梁。この橋梁も鉄道省時代のプレートが付けられています。
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by sunshine-works | 2011-07-15 01:14 | 近代建築 岡山県 | Trackback | Comments(0)
2011年 07月 11日
姫新線播磨高岡~美作土居間の橋梁②
播磨の鉄道遺産その6

前回に引き続いて兵庫県内に残る旧姫津線時代の橋梁を紹介します。

西栗栖~三日月間の栗栖川橋梁。山間の小さな集落の脇を渡ります。
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山も深まるこの辺り、流れも静かで水深の浅い上流域の川へと景色が変化していきます。
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橋脚はこれまでの姫新線橋梁とは違うタイプの物ですが、橋桁は共通のものが使われています。
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三日月駅手前の第二角亀川橋梁。小さな川をカーブしながら渡っていきます。
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先ほどの栗栖川橋梁と同じタイプの橋脚。小規模な橋梁にはこの規格の橋脚が用いられているようです。
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緩やかに弧を描く橋桁。
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播磨徳久駅の東で渡る千種川橋梁。高く架けられた橋ですが、この橋もここまでの橋梁とよく似ています。
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佐用駅を過ぎた姫新線は佐用川を何度も渡りながら県境の万ノ峠トンネルに至ります。
上月駅との中間地点にある第一佐用川橋梁。上流の橋としては比較的大きな橋です。
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この橋も橋桁が緩やかに弧を描きながら対岸へ渡ります。橋の規模が大きくなった為なのか、丸く太い橋脚が使われています。
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更に進んで第二佐用川橋梁。先ほどの第一佐用川橋梁とそっくりです。
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その先の第三佐用川橋梁。これもよく似た造りです。
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県境の万ノ峠トンネルまであと僅か。トンネルを抜けると美作土居駅に到着です。
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by sunshine-works | 2011-07-11 01:00 | 近代建築 兵庫県 | Trackback | Comments(0)
2011年 07月 07日
姫新線播磨高岡~美作土居間の橋梁①
播磨の鉄道遺産その5

昭和5年に姫路~余部間で開業した姫津線はその後西へ延伸を続け、昭和11年には津山方から延ばされた姫津西線と結ばれて現在の姫新線へと発展していきます。この姫新線の兵庫県側、播磨高岡から県境の万ノ峠トンネルまでの区間では、山裾を流れる幾つもの河川を鉄橋で越えて行きますが、これらの多くは同線開設時に架けられた物が現用施設として使われています。今回と次回はこの区間に残る昭和初期の鉄道橋梁を紹介します。

姫路発の姫新線は播磨高岡~余部間で大きな川を渡ります。この夢前川橋梁は姫津線の橋梁として最初に施工されました。
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姫路の中心部からほど近いこの辺り、当時はのどかな景色が広がっていた一帯も現在は住宅地となっています。街区の中ほどを橋桁が貫き、護岸の向うへ延びていきます。
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広い河川敷を渡る夢前川橋梁。コンクリート橋脚に鋼製プレートガーダーを渡したこの時代の標準的な橋梁ですが、上が窄まった錐形の橋脚は同時期の他の姫新線橋脚には見られない独特の形をしています。
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太市~本竜野間に架けられた林田川橋梁。揖保川水系の小さな川を渡ります。
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旧姫津線の橋梁としては 最も大きな橋梁 夢前川に次ぐ大きな橋梁がこの揖保川橋梁です。昭和7年の東觜崎~ 播磨新宮間開通時に架けられました。
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大正期以降各地の線区に導入されたコンクリート橋脚の基本形とも言うべき楕円形断面の橋脚。山陽本線が複線化された際に架けられた橋梁の橋脚とほぼ同じ規格ですが、頂部の傘石は省かれています。
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周囲に山々を臨む雄大な景色の中、静かな川面を単編成の気動車が渡っていきます。
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by sunshine-works | 2011-07-07 17:26 | Trackback | Comments(2)
2011年 07月 03日
山陽本線 揖保川橋梁/千種川橋梁
播磨の鉄道遺産その4

西播磨を南流し播磨灘へ注ぐ二つの大きな河川、揖保川と千種川。それぞれを渡る山陽本線の橋梁には同区間開設時~大正期に架けられた橋脚、橋桁が使われています。
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網干~竜野間にある山陽本線揖保川橋梁。揖保川下流の広い川幅を2本の上路プレートガーダー橋が渡ります。
下り線に使われている煉瓦橋脚は同区間が開通した明治期の築、上り線に使われているコンクリート橋脚は同区間が複線化された大正期の築です。
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手前側が下り線の煉瓦橋脚。積み上げた煉瓦の縁を切石で補強しています。
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煉瓦橋脚の土台部分。
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明治期と大正期の橋脚が並びます。橋桁に付けられた銘板から橋桁部分は大正15年に架け替えられた事が分かります。
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川を越えた橋桁は河川敷を低い高さで横切り、土手の向うへ渡って行きます。
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揖保川を越えた下りの山陽本線は有年駅と上郡駅の間で千種川を渡ります。この地点に架けられた千種川橋梁も開通当時からの煉瓦橋脚と複線化された際のコンクリート橋脚が現存し、大正期の橋桁が使われています。
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揖保川橋梁とは開通時期も複線化された時期もほぼ同時期にあたり、橋脚、橋桁ともに共通する規格が用いられています。橋の長さや周辺の景色の違いを除くと二つの橋梁は非常によく似ています。
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遠景に山々を据えた長閑な景色の中、穏やかな川面を橋桁が渡っていきます。
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土手を越えて広い河川敷を横切る桁。明治期の遺構を眼前に見る事が出来ます。
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by sunshine-works | 2011-07-03 19:10 | 近代建築 兵庫県 | Trackback | Comments(0)