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2010年 11月 29日
綾川橋
香川県綾川町の近代建築その3

高松から琴平へ至る旧街道は滝宮を過ぎて程なくして綾川に差し掛かります。この地点には県内で数少ない戦前築の鉄筋コンクリートの道路橋が架けられています。昭和8年築。
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道路面から遥か下を流れる綾川を3連の大きなアーチで跨ぐこの橋は、開腹コンクリートアーチ橋と呼ばれる構造の橋です。この様な深い谷間を渡る橋に多く用いられますが、大きな川が少ない香川県では珍しい形式です。
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現在県道282号線となっているこの道は高松と金刀比羅宮を結ぶ重要な街道でしたが、綾川を渡るこの地点は大雨の度に氾濫を起こす難所とされた場所でした。近世以降は橋が渡されましたが、その橋も豪雨によって流出を繰り返しており、主要道としては非常に不安定な要素を抱えていました。
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河川敷に設けられた公園から橋脚部を眼前に望みます。3連の大きなアーチの間には縦長の小さなアーチが隙間を埋める様に並んでいます。
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アーチの上に渡された橋桁にはアールデコ調の高欄が並びます。
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風化や損傷が目立ちますが、親柱や高欄は竣工時のままの状態が保たれています。
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幾度も橋が流されたこの場所に、当時の土木技術の粋を集めて架けられた綾川橋は長年の夢を実現させた悲願の橋となりました。
築70年を経た今も変わらぬモダンなその姿は、美しい渓谷の景観と溶け合った地域の誇る名所となっています。
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by sunshine-works | 2010-11-29 23:48 | 近代建築 | Trackback | Comments(3)
2010年 11月 25日
琴電滝宮駅
香川県綾川町の近代建築その2

琴平高松電気軌道(琴電)の母体の一つとなった琴平電鉄は、高松から金刀比羅宮へ至る参宮鉄道として大正15年に開通します。現在は琴電琴平線となったこの区間の途中に開業時に建てられた駅舎が現存しています。
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急傾斜の大きな屋根が特徴的な木造下見板貼り・洋瓦葺きのモダンな駅舎です。
現在は木造下見板貼りの外壁となっていますが、俊工事はモルタルスタッコ仕様の壁にハーフティンバー式に柱を見せた凝った造りでした。
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この滝宮駅の他にも、琴電の母体となった3会社の駅舎には洋風意匠を取り入れた例が多く、以前に紹介した長尾線の元山駅や志度線の屋島駅も洋風のモダンな駅舎に造られています。
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側面に比べて相応に幅の狭い正面側。屋根の大きさが際立ちます。
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モルタルの外壁は下見板に変えられていますが、これはこれで建物の雰囲気と良くマッチしています。
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内部も当時の姿が良く残されています。琴電屋島駅の内部と通じるものがあります。
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開業当時の橋梁や戦前生まれの車両が現役で活躍する琴電は鉄道遺産の宝庫として知られていますが、地方鉄道には珍しい大正期~昭和初期の洋風駅舎が現用施設として使われている事もその魅力のひとつです。
東京や京阪神の郊外に大手私鉄が路線を発達させていったこの時代、これら私鉄に倣って作られた洋風意匠の駅舎ですが、地方駅とは思えない極めて高いレベルで作られた事が窺えます。
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by sunshine-works | 2010-11-25 23:37 | 近代建築 | Trackback | Comments(2)
2010年 11月 21日
錦橋
岡山県津山市の近代建築その4

前回紹介した姫新線第二吉井川橋梁の下流側には鉄道橋と並行する様にトラス式の道路橋が渡されています。この錦橋は昭和11年に架けられました。
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吉井側沿いを走る旧道に架かる小さな橋です。中央にワーレントラスが二連、両側にプレートガーダーが繋がります。両側のガーダー部分は戦後に架けかえられた物ですが、中央のトラスと橋脚は竣工当時の物です。
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この規模のトラス橋に一般的な、左右を繋ぐ横桁がないポニートラスと呼ばれる形式が用いられています。頭上を覆う構造材が無い分すっきりとした印象となります。
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上流側に見えるのが前回紹介した第二吉井側橋梁です。
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隣り合って並ぶ二つの橋。
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この橋も第二吉井側橋梁と同様のコンクリート橋脚が桁を支えます。
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築年が昭和11年である事から、この橋も昭和9年の室戸台風で流された旧橋の復旧事業で架けられた物と思われます。この様な小規模な橋も被災から2年足らずで近代的な橋に架けかえられていきました。
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by sunshine-works | 2010-11-21 00:17 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2010年 11月 17日
姫新線 第二吉井川橋梁
岡山県津山市の近代建築その3

水源の中国山地から南流してきた吉井川は津山市の中央部で一旦その流れを変えて東に向かいます。美作千代駅の東方から東津山駅までの約10キロの区間、姫新線は吉井川と並走し、途中3か所を大きな鉄橋で渡りながら津山市街を抜けて行きます。
津山の鉄道遺産シリーズ、今回は同区間の開通時に架けられ現在も当時の姿そのままで使われている吉井川に渡された3つの鉄橋の一つ、第二吉井川橋梁を紹介します。
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この区間に架けられた3つの橋は規模や径間長の違いはあるものの、コンクリートの橋脚に鋼プレートガーダーを載せる同じ形式の橋で統一されています。3つの橋の中で一番小さな橋となるこの第二吉井川橋梁は4連のプレートガーダーを10基の橋脚で支えます。
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遠景に山々を据え、両岸と中洲に様々な草木が生い茂る長閑な景色の中を80年前と変わらぬ姿の鉄橋が渡っていきます。
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河川敷に降りて橋脚周りを間近に眺めます。この橋梁が竣工した大正末期にはそれまで切石や煉瓦を主材としていた橋脚に変わってこのようなコンクリート製の橋脚が主流となって行きます。
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全副100メートルを超える橋を一両編成の気動車が渡って行きます。
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補修を重ねながら使い続けられる鉄道橋は各地に数多く残っていますが、連続する主要な橋が開設当時の姿のまま残るこの区間は全国的にも希少な存在です。
これらの橋梁は地方に多くの路線が伸ばされていったこの時期の旧国鉄橋梁の標準例として優れた現存資料となっています。
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by sunshine-works | 2010-11-17 23:30 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2010年 11月 13日
姫新線美作千代駅
岡山県津山市の近代建築その2

多くの鉄道近代化遺産が残るJR姫新線には同線開業時に建てられ、現在もその姿をとどめている木造駅が幾つも残されています。今回紹介する美作千代(みまさかせんだい)駅も現在の姫新線の基となった国鉄作美線開業時に設置された駅舎です。
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姫路から新見に至る姫新線は約160キロの長い区間を結んでいますが、元々は津山-新見間の作美線と姫路-津山間の姫津線の二つの線区が繋がった昭和11年に両線が統合されて姫新線と呼ばれる様になりました。この美作千代駅は作美線の第一期工区である津山口-美作追分の開通時に設置された駅で、姫新線の駅舎の中で最も古い大正12年築の建物が現存しています。
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木造下見板貼、和瓦葺き、切妻屋根の庇を持つ玄関、入口からまっすぐ正面に置かれた改札口等、この時代の地方駅舎に典型的なスタイルです。
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左手に駅務室や発券窓口、右手に小さな待合室が配された駅舎内。
腰板や漆喰壁に長い年月を経た風合いを感じます。
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鉄パイプ製の改札口。当初の木製から代えられていますが、これも結構古くからの物と思われます。
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改札を抜けてホームに出ます。かつては向かい側にもホームが設置されていましたが、その後撤去されています。
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線路の向かい側から駅舎を眺めます。
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岡山の内陸部と播磨を結び、基幹産業だった林業の輸送を担った姫新線ですが、現在の姫新線には特急や急行は走らず、津山以東の区間は日中に僅かな本数の気動車が運行されるのみの典型的なローカル線区となってしまいました。
とは言え主要交通手段としての地位を他に譲った今日も同線は生活路線として貴重な役割を果たしており、交通不便な山村地域の発展に大きく貢献した姫新線の使命は今尚受け継がれています。
明治後期に起想され、幾多の曲折を経て開設された姫新線の歴史遺産として、開業時の姿を伝えるこの駅舎は資料的にも貴重な物です。
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by sunshine-works | 2010-11-13 16:01 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2010年 11月 09日
吉井川支流の姫新線橋梁
岡山県津山市の近代建築その1

兵庫県の姫路から岡山県の新見を結ぶ姫新線は、東津山から暫くの間吉井川に沿って進み、院庄から先は支流の小さな川に並走して西へ向います。
この区間では蛇行する川を幾度も橋で渡って行きますが、これらの鉄道橋の多くは姫新線が開設された大正末期~昭和初期に架けられたものが現役で使われています。
津山の近代建築探訪の初回は、80年を越えて活躍する吉井川水系の橋梁群(その1)を紹介します。
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初回に採り上げるのは市の西部、吉井川の支流に点在する橋梁群です。長閑な田園風景が続くこの地域を流れる小川には、途中に橋脚を設けずに直接プレートガーダーを渡す小規模な橋が架けられて行きました。
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津山市の西端、美作追分の近くにある福本橋梁。3メートル足らずの橋ですが、小さいながらも鋼プレートガーダーが渡されます。
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東へ進んで坪井川橋梁。
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次の宮部川橋梁もほぼ同じ規模の橋です。
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各地のローカル線区には、このような古い橋梁が現用施設として使われてい例が多く見られますが、、姫新線の同区間は相当数の古い橋梁が現存する全国的にも珍しい線区です。鉄道遺産の中ではあまり脚光を浴びる事の無い小さな橋梁群ですが、黎明期の鉄道技術を伝える資料として貴重な存在といえます。
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by sunshine-works | 2010-11-09 21:17 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2010年 11月 05日
国鉄福知山線 生瀬~武田尾間の旧鉄道施設その2
宝塚の近代建築その10

福知山線生瀬~武田尾間の旧鉄道施設の探訪、後半は武庫川を跨ぐトラス橋から北側を紹介します。
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横溝尾トンネルを抜けてすぐ、対岸のトンネル入口までの谷間を、急流を眼下に渡って行きます。
同区間に現存する唯一のトラス橋、武庫川第二橋梁は同線開通時から使われていた旧橋を昭和29年に架けかえたものです。
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戦後の架橋とは言え、今日一般的な溶接橋は当時まだ少数で、このような鋲接合による旧来の鉄橋が併存していました。近代橋のスマートな外観とは無縁の武骨で重厚な趣きは、塗装が剥げ落ち錆の浮いた風合いと相まって、強烈な存在感を誇示しています。
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側道を渡って川を越えるとすぐに長尾山第一トンネルに至ります。
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ここまで川の右岸を並行してきた路線跡ですが、後半は武庫川の左岸へとコースを代えます。
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枕木が残る路線跡。木立を通して柔らかな日差しが注ぎます。
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長尾山第二トンネル。竣工当時の煉瓦壁が状態良く残されています。
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6番目の長尾山第三トンネル。このトンネルを抜けて、ようやく終着の武田尾温泉にたどり着きます。
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生瀬から約7キロを踏破するこのコースは武田尾温泉入り口で終了しますが、福知山線の廃線跡はまだその先も続いています。武田尾駅を越えた先の路線は山に埋もれていて辿る事は叶いませんが、公道として利用されている入口のトンネル部分に辛うじて往時の姿を偲ぶ事が出来ます。
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by sunshine-works | 2010-11-05 21:34 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2010年 11月 01日
国鉄福知山線 生瀬~武田尾間の旧鉄道施設その1
西宮の近代建築その28

尼崎から北摂地域まで巡ってきた兵庫県の近代建築探訪の旅。残る丹波・但馬地区へと歩を進める前に、これまで巡った地域に幾つか追加を加えます。
まずは宝塚と西宮の境に残る鉄道遺産、武田尾廃線跡の紹介です。
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JR宝塚駅から北へ向かう福知山線は、生瀬駅を出ると道場駅までの3駅間を連続するトンネルで結んでいますが、同線開業時から昭和61年までは現在よりも北寄りの武庫川に沿ったルートに配線されていました。複線化に伴って廃止された同区間は、レールこそ撤去されているものの、四半世紀を過ぎた今も当時のままの姿で隧道や橋梁が残り、軌道敷跡を武田尾まで往時の姿を辿りながら行き着く事が出来ます。
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鉄道廃線跡として有名な武田尾廃線は、生瀬駅の北方、中国道の高架を抜けて斜面を下った武庫川河川敷から始まりますが、駅を北側に出て平行する県道を進んだ先、現在の線路が旧線から分岐する地点にもかつての路線跡が埋もれています。その後に新設された道路の整備に伴ってこの辺りの旧路盤の多くは取り壊されていますが、断片的に残るこれらの遺構にもかつての姿を垣間見る事が出来ます。
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武田尾旧廃線跡を巡るメインルートの最初に現れるプレートガーダーの橋梁。
この橋を渡り武庫川に沿って敷かれた路線跡をおよそ7キロ、約1時間半の行程を辿ります。
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横手に武庫川を眺めながら、路線跡をひたすら進んで行きます。大阪から30分足らずの場所とは思えない雄大な渓谷の景色が続きます。
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見張台の跡。所々にこのような施設が残されています。
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この鉄扉の中は途中まで掘削されたトンネルの跡地との事です。
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スタート地点から20分程、最初のトンネルが現れます。コースに6つあるトンネルの中でこの北山第一トンネルが大正12年の築、他は明治32年の同区間開通時に竣工しています。
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写真では比較的明るく写っていますが、実際のトンネル内部は真っ暗闇、懐中電灯が無いと進めません。
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トンネルを抜けた反対側の坑口。
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更に進むと区間で最長の北山第二トンネルに至ります。
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これは落石覆いでしょうか。
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煉瓦を積んで補強した側壁。
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三つめのトンネル、横溝尾トンネルの入口。
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トンネル出口の先に朱色に塗られた鉄橋が見えてきます。この区間の最大の橋、武庫川第二橋梁は戦後の昭和29年に初代の橋から架け替えられました。(次回に続きます。)
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by sunshine-works | 2010-11-01 22:03 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)