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2010年 10月 28日
琴電旧畑田変電所
香川県綾川町の近代建築その1

香東川を越えて更に西へ、高松市をあとに-綾川町へ進みます。沿線風景が次第に長閑な田園地帯へと変わっていく中、畑田の駅前に古びたコンクリートの構造物が突然現れます。この建物は琴平電鉄開設時に建てられ、昭和55年まで使用されていた変電所の遺構です。大正15年築。
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琴平電鉄畑田変電所は、ドイツ製整流器を備えた当時最新鋭の変電施設として建てられました。
小さな停車場といった風情の畑田駅に比べて傍らのこの変電所は堂々たる建物で、周囲に大きな建造物が無かった当時は一際目立つ洋風建物でした。戦中には迷彩塗装が施されていたとの事で、今でもその名残が確認できます。*詳細はこちらをご覧下さい。
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コンクリートの表面は剥がれ、殆どの窓も失われてしまっています。辛うじて外観は当初の姿を保っていますが、閉鎖されて30年近くを過ぎ、各部に劣化が目立っています。
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壁面を覆う蔦。濃い緑に変わる夏場は朽ちた雰囲気が更に高まる事と思われます。
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周囲の住戸に囲まれて佇む旧変電所。遠目から見ると然程違和感を感じません。
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役割を終えた鉄道施設の中でも、このように特殊な施設は他の用途に転用するにも難しく、保存と活用を両立させる良案が見出せないのが現状です。
前掲のリンク先でも保存の声が高まっている旨の記述がありますが、地方鉄道の歴史の中でも先駆的な変電施設として名を残すこの変電所を産業遺産として伝えていく事は極めて有意義な事と思います。
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by sunshine-works | 2010-10-28 23:45 | 近代建築 | Trackback(1) | Comments(0)
2010年 10月 24日
琴電琴平線 香東川橋梁
香川県高松市の近代建築その13

高松から琴平へ向かう琴電琴平線が最初に渡る大きな川、香東川には同線開設時に架けられた橋梁が現役施設として使われています。大正15年築。
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現在の高松琴平電気鉄道の母体となった3つの電鉄会社の一つ琴平電鉄は、金比羅宮の参詣鉄道として大正9年に事業免許を取得、大正14年に起工され翌15年に部分開通、昭和2年に高松~琴平の全区間が開通します。高松~琴平間約30キロを競合する国鉄よりも短時間で結ぶ為、地方鉄道には珍しく標準軌道を採用しています。
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琴平電鉄の橋脚の中では2番目に長い15連の橋脚が連なります。コンクリートの基礎の上に楕円形断面の橋脚、上部に鋼プレートガーダーを渡します。
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積み上げた礎石をコンクリートで充填し、表面に切石を張った橋脚。この仕様は、後掲する土器川橋梁と共通の物となっています。
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橋脚に取り付けられた送電柱も当時の物が残ります。
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数多くの鉄道遺産が残る琴電の中でも、橋梁には開設時の姿が良く留められています。
築後80年余を経て現用施設として供されるこれら橋梁は、基本設計の優秀さと、当時の施工技術の高さを今に伝えています。
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by sunshine-works | 2010-10-24 23:51 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2010年 10月 20日
香川県農業試験場本館
香川県高松市の近代建築その12

高松市の西部、琴電琴平線仏生山駅の西に香川県農業試験場が置かれています。この敷地内には昭和5年に建てられた旧本館が残されています。
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中央の車寄せを挟んでシンメトリーに配置された木造モルタル2階建て。装飾要素は全体に控えめで、玄関周りに集中して施されています。
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庁舎らしく車寄せを備えた玄関部分。三面のアーチで組まれたポーチ上部にレリーフが飾られます。
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木製の枠組みが当時のまま残されている三段式の上げ下げ窓。
中央部が固定式、上下の窓がそれぞれ下方・上方にスライドする構造となっています。
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明治以降に全国の自治体が設置した農業試験場は、概ねどこも施設内にこの様な木造の本館建物を備え、教習室や研究施設、事務室や管理施設に充てられていました。施設の性格が自治体機関にして教習・研究施設である様に、建築意匠的にも当時の学校建築と地方庁舎を合わせた様な趣があります。
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建物側面
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こちらは裏側です。
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香川県では現在農業試験場の移転計画が進められています。この建物の処遇がどうなるかは未定の様ですが、竣工当時の姿を良好に保つこの建物は、農業近代化の象徴として後年に伝える価値が非常に高い物と思えます。
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by sunshine-works | 2010-10-20 23:45 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2010年 10月 16日
中国電力奥津発電所調整池/恩原ダム
岡山県鏡野町の近代建築その5

前回紹介した奥津発電所は吉井川水系からその発電用水を得ていますが、用水を蓄える調整池にはバットレスダムと呼ばれる珍しい構造が用いられています。昭和初期に数例築かれた同形式のダムの中でも、この奥津発電所調整池は俊工事の状態がそのまま残る極めて貴重な物です。昭和8年築。
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建築用語で言うバットレスは控壁と訳され、壁面に直角に交わる支え壁を指します。バットレスダムは水圧を受ける擁壁を格子状に組んだバットレスで支える物で、一般的なダムに比べてコンクリートを節約できる利点がありますが、構造が複雑になる事と凍結によるコンクリート壁の補修に手間がかかる為にそれほど普及しなかったようです。
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調整池内部。全体の半面がバットレスの壁面です。
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バットレス部分の上部を渡る管理用通路。
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ゲート部分
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この貯水池から斜面を水圧鉄管が奥津発電所へ駆け下りて行きます。
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恩原ダム

奥津発電所の北、鳥取県との県境近くに同形式のダムが築かれています。平作原発電所の発電用水調整池として昭和3年に竣工しました。
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この恩原ダムも奥津発電所調整池と同時代の築ですが、凍結によるコンクリートの劣化対策として後年にバットレス部分が補強され、当初より分厚い擁壁となっています。
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試行錯誤の中で生まれたバットレスダムでしたが、思ったほどのメリットを見出せず、中国地方を中心に数例が築かれた後に廃れていきました。とは言え、6例が現存するこれらのバットレスダムは、高い技術を要するこの方式のダムをこの時代に実現させた日本の土木技術の優秀さを推し量る好例として極めて貴重な資料となっています。
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by sunshine-works | 2010-10-16 23:48 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2010年 10月 12日
中国電力奥津発電所
岡山県鏡野町の近代建築その4

鳥取へ向かう国道179号線から脇へ折れて、美作三湯の一つ奥津温泉郷へ進みます。温泉街のはずれに見えて来る奥津水力発電所は現在の中国電力の前身、中国合同電気によって昭和7年に建てられました。
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戦前に建てられた一連の中国山地の発電所とほぼ同じ規模の鉄筋コンクリート平屋建。装飾要素が殆ど無いのも共通しています。
発電能力はやや大きめの7,500キロワット、ダムに蓄えた発電用水を用いるダム水路式の発電所です。
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四角い箱に縦長窓が並ぶだけのシンプルな意匠。インターナショナルデザインと言えなくもありませんが意図的な物でもなさそうです。
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反対側、山に面した側からの眺め。
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土手の上の道路を潜って水圧鉄管が伸びてきます。
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斜面に延々と続く巨大な鉄管。山の彼方へ繋がっているかのようです。
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ところどころに球形の瘤状の物が。
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かなりの急勾配。相当な高さがあります。
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中国山地の水力発電所は、当初このような中少規模の物から始まり、戦後には大規模なダム式発電所も築かれていきました。現在では岡山・鳥取・広島・島根の4県を合わせた水力発電量は北陸3県合計の約2倍、水力発電王国の長野をも凌ぐ先進地域となっています。
これら中国山地の電源開発の礎を築いたのが、今尚現役で活躍するこのような小さな発電所でした。
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by sunshine-works | 2010-10-12 23:45 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2010年 10月 08日
兵庫県北摂地区の近代建築 補遺
兵庫県北摂地区の近代建築 補遺

三田から伊丹まで、北摂地区に残る近代建築を巡ってきましたが、最後に未紹介の幾つかの建物を採り上げます。

まずは三田の市街地に残る医院建築。江戸時代に北摂の中心都市だった三田は明治以降に多くの医院が開かれていきました。
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旧市街地に並ぶ二棟の医院。規模も意匠も良く似た建物です。
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右側の医院。こちらは閉院している様子でした。
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神戸電鉄三田本町駅の近くに残る旧医院。閉院して長い年月が経っていると思われます。
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三田の北西部、旧村落の中心部だった場所に残る2つの郵便局。役目を終えて他の用途に使われています。

旧相野郵便局。駅前通りに建てられたこの郵便局は喫茶店に転用されています。
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良く見ると前面だけ残して後半を建て換えているように見えます。
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旧木器郵便局。田園地帯の中に洋風建造物がポツンと建っています。
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尼崎から西へ進んで西播磨へ至り、東へ帰して北播磨を経て北摂まで。兵庫県の南半分の近代建築を巡ってきました。それでも面積から言えばまだ半分に過ぎません。
残すは県の北半分を占める丹波・但馬地区。ここにも魅力溢れる近代建築が数多く残されています。まだまだ続く兵庫の近代建築探訪、今しばらくお付き合い願います。

 

by sunshine-works | 2010-10-08 23:51 | 近代建築 | Trackback | Comments(2)
2010年 10月 04日
東リ旧本館事務所
伊丹の近代建築

伊丹市の南部、尼崎市と接する一角に東リ株式会社の伊丹工場が置かれています。ここには同社の創業時に本館事務所として建てられた事務所棟が残されています。大正9年築。設計:渡辺節
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工場正門から奥手に見える2階建ての大きな木造建物が創業時に建てられた旧本館です。90年の歳月の中で若干手が加えられていますが、概ね竣工時の姿を留めています。
木造下見板貼り、ハーフチンバー式に柱を露出させ、庇の持ち送りにアールデコ表現が用いられています。*詳しくはこちらを参照してください。
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現在の社名は東リ株式会社と言いますが、1991年に社名変更するまでは東洋リノリューム株式会社が正式名称でした。
大正8年に創業された同社は、学校や病院などの公共機関や工場・オフィス、軍艦や船舶の床材として広く使われる事となるリノリウムを日本で初めて製造し、国内シェアをほぼ独占する専業メーカーへと成長していきます。塩化ビニール系の床材が普及した今日、リノリウム自体の製造は終了していますが、総合内装材メーカーに発展した同社の基礎を築いたのが当時の武庫郡伊丹村に開設されたこの工場でした。
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関西で活躍した渡辺節の代表作としては大阪商船ビルや綿業会館が有名ですが、住宅からこのような工場施設や倉庫に至るまで、幅広いジャンルの設計を手掛けていました。
因みに、この建物の設計者については近年まで不詳とされていましたが、改修工事の際に棟札が発見され、渡辺節の設計であると確認されたそうです。
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上げ下げ式の窓が当時のまま残っています。
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妻面に設けられた玄関。長く突き出た庇を大きな持ち送りで支えます。
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床材としてのリノリウムはその役目を終えてしまいましたが、日本の建築史の中で同社が果たした役割は非常に重要な物でした。
リノリウム製造ラインだった古い建物の殆どは取り壊され、近代的な工場施設に建換えられてしまいましたが、資料館として残されたこの建物が同社の90年に及ぶ長い歴史を伝えています。
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by sunshine-works | 2010-10-04 23:29 | 近代建築 | Trackback | Comments(4)