<   2010年 06月 ( 8 )   > この月の画像一覧

2010年 06月 29日
旧屋島登山鉄道山上駅
香川県高松市の近代建築その3

琴電の屋島駅からバスで約10分、標高300メートル程の屋島山上へ到着します。現在は有料道路によって結ばれている屋島山上ですが、平成17年に廃止されるまでは麓と山上の間に登山鉄道が運行していました。
この旧屋島ケーブルの施設の多くは廃業当時のまま残されており、山頂の南端には昭和4年の開業時に建てられたモダンな駅舎が現存しています、
f0116479_2311771.jpg

山上に第八十四番霊場の屋島寺が開かれ、古くから登山道が通じていた屋島は、近代になると讃岐平野や眼下の島々を一望する眺望を活かした観光地として開発されていきます。参詣客と観光客を運ぶ交通アクセスとして敷設されたのがこの屋島登山鉄道(屋島ケーブル)でした。、
f0116479_2312425.jpg

f0116479_231453.jpg

モダニズムを強く意識したこの建物は、地方の鉄道駅舎とは思えない先進的な意匠です。おそらく、当時の高松の市街地の何所にも、これ程印象的な建物は無かったのではないかと思います。
f0116479_23121310.jpg

直方体を組み合わせたモダニズムスタイルを基本としていますが、半円状の庇やコーニスの表現等には表現主義や古典様式の要素も残されています。
f0116479_23154415.jpg

f0116479_23152859.jpg

何かのアンテナか、それとも避雷針でしょうか。
f0116479_23324378.jpg

側面の庇。階段状に繋がり、重なりあって周囲を取り巻きます。
f0116479_093946.jpg

f0116479_2337893.jpg

f0116479_23373333.jpg

f0116479_23492668.jpg

この庇の持ち送りも表現主義的な意匠です。
f0116479_23411758.jpg

f0116479_23481853.jpg

f0116479_23484883.jpg

f0116479_2341281.jpg

閉鎖されて5年を経過、補修されるでもなく、解体されるでもないまま風化が進んでいきます。
f0116479_2346576.jpg

f0116479_23471413.jpg

f0116479_23473075.jpg

f0116479_23474675.jpg

f0116479_0142919.jpg

f0116479_23495560.jpg

ガラス窓越しに内部を窺います。閉鎖された5年前のままですが、昭和の雰囲気が色濃く漂っています。
f0116479_23515661.jpg

ホームには車両がそのまま留置されています。
f0116479_23533168.jpg

f0116479_23535326.jpg

f0116479_23541146.jpg

f0116479_23542598.jpg

かつて各地の山々で観光客を運んだケーブルカーやロープウエイも近年は利用者が減少傾向にあり、止む無く廃止に至る施設も増えています。レジャーの多様化や道路の整備が主な要因と思われますが、観光地の片隅に忘れ去られた様に残るこれらの遺構には、どこか物悲しさを感じてしまいます。
f0116479_23104041.jpg


by sunshine-works | 2010-06-29 01:46 | 近代建築 | Trackback | Comments(1)
2010年 06月 25日
琴電 屋島駅/元山駅
香川県高松市の近代建築その2

高松市を基点に3つの路線を持つ高松琴平電気鉄道は、総営業キロ数が合計60キロメートルにも及ぶ地方鉄道としては規模の大きな鉄道会社の一つです。
前身の東讃鉄道が最初の路線を開通させてから100年、長い歴史を持つ同社に残る多くの鉄道近代化遺産の中から、今回は小さな木造駅舎を紹介します。
f0116479_21392847.jpg

高松の市街地を抜けて程なく、古戦場で知られる屋島の麓にある琴電屋島駅。現在の駅舎は昭和4年に建てられました。
f0116479_21405134.jpg

f0116479_2141413.jpg

f0116479_21415662.jpg

木造モルタル造、ドーマー窓を持つ大きな寄棟屋根、ホームに長く張り出した庇が特徴的な意匠です。
f0116479_23494975.jpg

f0116479_23501459.jpg

長く延びた庇がそのままホームの屋根になります。
f0116479_23505210.jpg

f0116479_23513915.jpg

駅舎内部は、待合室と小さな駅務室が設けられています。
f0116479_2355969.jpg

f0116479_23552799.jpg

f0116479_2145798.jpg

北方に屋島を望みます。かつては屋島山上へのケーブルカーに乗り換える駅でした。
f0116479_012191.jpg

正面からの眺めです。大都市の近郊にありそうな、モダンな洋風駅舎のイメージです。
f0116479_061899.jpg

f0116479_074377.jpg

f0116479_065570.jpg

f0116479_08817.jpg


*********************************************************************

琴電のターミナル駅瓦町から4駅、長尾線元山駅には、同線が開通した明治45年に建てられた駅舎が残っています。
f0116479_030291.jpg

木造下見板貼、切妻屋根の小さな駅舎です。現在は無人駅となっており、半開放式の本屋には簡素な待合室しかありません。
f0116479_0572173.jpg

f0116479_0582570.jpg

軒にはパージボードと呼ばれる飾りが付けられています。
f0116479_112556.jpg

f0116479_11445.jpg

琴電に現存する戦前築の駅舎は、どれもモダンで洗練された意匠に特徴があります。
ローカル鉄道の木造駅舎が醸す独特の雰囲気には多くの人が魅了されますが、この琴電の洋風駅舎もまた別種独特の味わいがあります。
f0116479_27342.jpg


by sunshine-works | 2010-06-25 02:23 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2010年 06月 21日
旧鶴身医院
香川県高松市の近代建築その1

高松市の東部、旧木田郡牟礼町に、一棟の朽ち果てた洋風建物が残されています。
大正元年に外科医院として建てられましたが、その後廃院となり、長い期間、放置されたままとなっています。
f0116479_233031.jpg

建物の正面側が辛うじて原型を留めてはいますが、窓は破れ、裏側の壁は失われています。もはや建物としての体を成さず、いつ崩壊してもおかしくない状況です。
周囲に縄が張られ、内部に立ち入る事は出来ませんが、四方から窺える外観から往時の姿を偲ぶ事が出来ます。
f0116479_2353839.jpg

f0116479_2343898.jpg

f0116479_235089.jpg

f0116479_2374777.jpg

f0116479_238164.jpg

f0116479_238295.jpg

f0116479_239699.jpg

個人医院としては相当大きな建物です。残されている図面によると、大小二つの手術室やレントゲン室、薬局を備えており、域外からも多くの患者が通う高名な医院だった様です。
f0116479_2361740.jpg

建物中央の玄関部分。張り出した庇のペディメントには家紋が描かれています。
f0116479_234029.jpg

f0116479_2365035.jpg

f0116479_2371543.jpg

f0116479_2315397.jpg

f0116479_2316664.jpg

側面から裏手の様子。スケルトン状態の裏側には、残されたままの診療機材も見えます。
f0116479_23222666.jpg

f0116479_23224923.jpg

f0116479_2323157.jpg

f0116479_23234927.jpg

f0116479_2324331.jpg

f0116479_23245143.jpg

地方都市には閉鎖されたまま残る廃医院が数多く見られますが、この医院はかなり
痛々しい残り方です。
見所の多い建物だけに、一部保存だけでも出来ないものでしょうか。
f0116479_23253858.jpg


by sunshine-works | 2010-06-21 08:05 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2010年 06月 17日
旦土大橋
岡山県美咲町の近代建築その3/岡山県真庭市の近代建築その1

前回紹介した江与味橋から上流側に約5キロ、真庭市との境に旦土大橋が架けられています。この橋も室戸台風で流された旧橋に代わる橋として昭和13年に竣工しています。
f0116479_114846.jpg

谷間に開けた小さな集落を抜けると、小山の様に大きな鉄骨フレームが視界に迫ってきます。対岸との間に橋脚を設けず、80メートルの大きな橋桁によって川を一跨ぎするこの橋は、旭川に架けられた橋の中で最大級の支間長を持つ道路橋です。
f0116479_14401.jpg
f0116479_1144454.jpg

f0116479_14534.jpg

長大な桁を支持する為に巨大なトラス構造となっています。川幅の広い河口近くを大きなトラス橋が渡る景色は珍しくありませんが、山深い小村にこれだけの規模の橋が架けられている光景は鮮烈な印象を受けます。
f0116479_129433.jpg

f0116479_135994.jpg

f0116479_163035.jpg

f0116479_184020.jpg

f0116479_174832.jpg

f0116479_191013.jpg

f0116479_1212850.jpg

f0116479_121576.jpg

f0116479_1221833.jpg

f0116479_3135784.jpg

f0116479_1224678.jpg

室戸台風の教訓を活かし、流された旧橋よりも高い位置に架橋されました。途中に橋脚を設けず、高く架けられた橋下には大きな空間が空けられています。
f0116479_1104488.jpg

f0116479_1114138.jpg

f0116479_1125338.jpg

f0116479_113207.jpg

f0116479_1134921.jpg

室戸台風による甚大な被害から僅か4年、この橋の竣工と前後して県内各河川の主要な橋は相次いで復旧を果たしていきます。
現在程には技術や機材が発達していなかった当時の事を思えば、そのスピードは驚くべき事だと思われます。
f0116479_1261560.jpg


by sunshine-works | 2010-06-17 03:10 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2010年 06月 13日
江与味橋
岡山県美咲町の近代建築その2

岡山を流れる三大河川の一つ旭川は、水源の蒜山山地を発し真庭市から美咲町を蛇行しながら南流していきます。
中流域にあたるこの区間には、昭和9年の室戸台風の復興事業で架けられた鉄橋の幾つかが現存しています。今回紹介するこの江与味橋も一連の復興橋の一つとして架けられたものです。昭和13竣工。
f0116479_1232443.jpg

多くの復興橋に共通するトラス式の鉄橋です。山合いを渡る地方道の橋としては非常に規模の大きな橋です。
f0116479_11502948.jpg

f0116479_12323042.jpg

西日本一帯を襲った室戸台風は、岡山県内にも大きな被害をもたらしました。とりわけ大雨による被害は甚大で、各地で河川の決壊や洪水が発生します。増水した河川は流域の殆どの橋を押し流し、この台風で被災した県内の橋は3,000近くに及びます。
寸断された県内の交通網を復旧させる為に、最優先で進められた橋の復興に際しては、洪水に対する万全の対策が取り入れられた橋が架けられる事となります。
復興橋の特徴として、橋を支える橋脚の間隔を広く取って増水時に流下物で橋脚間が塞がれてしまう事を防止していますが、この為に橋桁は通常より長いスパンで作られ、大きく頑丈なトラス構造の橋が多用された理由となっています。
f0116479_12332051.jpg

f0116479_12334170.jpg

f0116479_1234522.jpg

f0116479_12342242.jpg

f0116479_12343892.jpg

f0116479_14262226.jpg

f0116479_12351181.jpg

f0116479_12345682.jpg

無骨な鉄骨が複雑に絡なるトラス橋ならではの構造美が、緑豊かな景色に溶け込んでいます。
f0116479_14212258.jpg

f0116479_1413581.jpg

f0116479_14193090.jpg

f0116479_14194796.jpg

f0116479_1420631.jpg

f0116479_14191338.jpg

f0116479_14202953.jpg

増水に対する備えとして、水面との距離を十分に取る必要から、橋脚が高くなっているのも復興橋の特徴の一つです。遠景から見ると、相当な高さを感じます。
f0116479_14325368.jpg

f0116479_14332530.jpg

f0116479_1433526.jpg

室戸台風の教訓は、その後の橋梁設計に活かされ、今日世界一とも言われる日本の橋梁技術の発展に大きく貢献しています。
f0116479_14434966.jpg


by sunshine-works | 2010-06-13 15:17 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2010年 06月 09日
旧片上鉄道吉ケ原駅
岡山県美咲町の近代建築その1

県の北部に中国山系の山並みが連なる岡山は、各地に鉱山が開かれ、有数の鉱業県でもありました。吉井川上流の柵原には、かつて日本一の硫化鉄鉱山であった柵原鉱山が存在し、平成3年に閉山するまでの100年余りに渡って操業を続けていました。
この柵原と積出港となった備前片上の間に敷設された旧鉱山鉄道の駅舎が鉄道資料館として保存されています。
f0116479_19234430.jpg

保存されているのは、終点から一つ手前に置かれていた旧吉ケ原駅です。当時そのままの駅舎に数両の車両が展示され、一部の車両は動態で保存されています。隣接地には旧柵原鉱山の資料館が並び、鉱山町として栄えた往時の歴史を伝える観光スポットとなっています。
f0116479_19252813.jpg

本来が鉱石を運ぶ為の鉄道であり、乗客運輸は余禄の様なイメージがありますが、現存するこのモダンな駅舎は、地方のローカル鉄道とは思えない立派な造りです。三角屋根が特徴的な駅舎は、ヨーロッパの高原鉄道を思わせます。
f0116479_19254083.jpg

f0116479_19264596.jpg

f0116479_19273167.jpg

f0116479_19281897.jpg

f0116479_19274854.jpg

ユニークな形の入口庇の持ち送り
f0116479_1931918.jpg

f0116479_19313435.jpg

待合室の様子。当時そのままの状態が保たれています。
f0116479_1932402.jpg

f0116479_19321075.jpg

f0116479_19322898.jpg

ホームは二面・三線の構成。跨線橋はなく、線路を横断して渡る昔ながらの形式です。
f0116479_19341579.jpg

f0116479_19372238.jpg

f0116479_19572863.jpg

f0116479_19373473.jpg

f0116479_19382554.jpg

f0116479_19492187.jpg

f0116479_21111747.jpg

f0116479_19475779.jpg

f0116479_19485886.jpg

ホームには、同線で長年使われていた貴重な車両が停め置かれています。
f0116479_19441784.jpg

f0116479_19443936.jpg

f0116479_1946846.jpg

隣接する公園には、当時使用されていた鉱内車両や機材が展示されています。
f0116479_19503864.jpg

f0116479_1950561.jpg

f0116479_19511439.jpg

山間部と平野部を結ぶ、貴重な交通手段だった片上鉄道ですが、柵原鉱山が硫化鉄鉱の需要減少と輸入鉱石へのシフトにより閉山となった事で70年に及ぶ歴史を閉じます。
同様に、全国各地に存在した鉱山鉄道の多くも、閉山によって相次いで廃止され、一部が観光用に存続するのみとなりました。
廃線とはなりましたが、当時のまま残されているこの旧片上鉄道の駅舎と車両は、鉱業の発展を支えた近代化遺産として資料的価値の高い物となっています。
f0116479_19521479.jpg


*******************************************************************
旧片上鉄道苦木駅
廃線となった片上鉄道ですが、途中駅の一部には、そのまま残されている物もあります。
f0116479_1955924.jpg

f0116479_19552171.jpg

f0116479_19553275.jpg


by sunshine-works | 2010-06-09 21:02 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2010年 06月 05日
旧神戸銀行山本支店
宝塚の近代建築その7

阪急電鉄山本駅は同線開設時に設置された駅の一つですが、付近一帯は古くから造園業が盛んな地域として知られ、その歴史は千年以上に及んでいます。この山本駅から線路沿いの道を西へ進んで行くと、踏切脇に一軒の木造洋館が見えてきます。現在、陶芸工房やギャラリーとして使われているこの建物は、大正年間に銀行支店として建てられたものです。
f0116479_15411142.jpg

この建物については、神戸銀行ないしは西宮銀行の旧店舗、大正中頃の築、と紹介されています。昭和11年、統合によって神戸銀行が誕生する前は西宮貯蓄銀行~武庫銀行~西宮銀行の順に推移していますので、いずれかの銀行の代に開設され、その後引き継がれて神戸銀行の支店になったと思われます。
(尚、支店名称が「山本支店」であったかについては確認できませんでしたが、とりあえず地名から山本支店としました。)
神戸銀行に改称して程なく、この支店は廃止されていますので、銀行としての用途は二十数年と短い期間に終わっています。以後は長く住居として使われ、近年に現在のギャラリーに改装されています。
f0116479_15424710.jpg

木造モルタル仕上げ、銀行店舗としては小規模な建物です。外観は住宅風ですが、内部は吹抜けを設けた、この時代の銀行店舗に共通する構造となっています。
f0116479_15432474.jpg

f0116479_15433480.jpg

f0116479_1544541.jpg

f0116479_15441571.jpg

f0116479_1556749.jpg

モルタルを搔き落としたドイツ壁仕上げの外壁。当時の洋風住宅に流行った工法です。
f0116479_1545113.jpg

f0116479_15451518.jpg

f0116479_15452781.jpg

f0116479_15453932.jpg

f0116479_15454938.jpg

f0116479_1546107.jpg

入口は建物の右端に1か所。銀行にしては簡素で小さめですが、それなりに意匠が凝らされています。
f0116479_1550079.jpg

f0116479_15515391.jpg

f0116479_1552353.jpg

f0116479_15522984.jpg

住宅街の中に旧銀行店舗がこのように残されているのは珍しい事例でしょう。閑静な町並みの中のギャラリーとしての用途は、建物の雰囲気を活かした良い使い方だと思います。
f0116479_1544319.jpg


by sunshine-works | 2010-06-05 16:43 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2010年 06月 01日
阪急電鉄宝塚南口変電所
宝塚の近代建築その6

箕面有馬電気軌道が大阪-宝塚間で開通した11年後の大正10年、阪神急行電鉄(箕面有馬電気軌道の後身)によって新たに宝塚と西宮の間の路線が結ばれます。この時に設置された変電施設が同線の宝塚南口駅傍に現在しています。この時代の同社の変電施設に共通する煉瓦造、切妻屋根の建物です。
f0116479_23181396.jpg

線路の際、斜面に沿って建てられています。隣接する建物と鉄道の高架に挟まれているので、全容がなかなか捉えられません。
f0116479_2320682.jpg

f0116479_23231966.jpg

高架の桁下から側面を眺めます
f0116479_23242451.jpg

f0116479_23244773.jpg

f0116479_2325263.jpg

f0116479_23251776.jpg

煉瓦の建物に隣接してコンクリート造の建物が増築されています。現在は、こちら側が変電施設として使われているようです。
f0116479_23353840.jpg

f0116479_23355751.jpg

煉瓦の旧施設の窓はコンクリートで塞がれています。よく見ると電線の取出部分も塞がれています。
f0116479_23401343.jpg

f0116479_23321647.jpg

以前紹介した六甲変電所と相通じる雰囲気を持つ建物です。コンクリートの増築部が設けられているのも共通しています。どちらも現役で残る数少ない煉瓦造の変電所であり、創成期の電鉄施設として資料的にも貴重な存在となっています。
f0116479_2350651.jpg


by sunshine-works | 2010-06-01 23:52 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)