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2010年 05月 29日
旧木田郡役所
香川県三木町の近代建築その2

三木町池戸公民館として使われているこの木造建物は、旧木田郡役所として大正8年に建てられました。香川県に現存する唯一の旧郡役所です。
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木造平屋、下見板貼り、中央に車寄せを設けた当時の地方庁舎によく見られた意匠ですが、屋根上に長く突き出たドーマーがこの建物の大きな特徴となっています。
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資料(香川県の近代化遺産)によると、この建物は、宮大工によって設計・施工されたと記載があります。棟梁の手になる儀洋風建築ですが、各部には精妙に西洋技法が取り込まれており、当時の職人の技術力の高さを伺う事が出来ます。
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大正8年に新庁舎として建てられた木田郡役所ですが、郡制の廃止によって郡役所としては僅か7年でその使命を終えてしまいます。その後は県の養蚕試験場として50年余り使用され、昭和58年から三木町の公民館となっています。管理者が変遷し、それぞれ異なった用途で使われてきましたが、当初の郡役所時代の意匠が良好に保たれています
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建物中央に設けられたドーマー屋根。2層式で頂部を丸屋根とする凝った造りです。
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側面から裏側へ
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隣接して建てられた土蔵
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明治23年の法令によって全国に置かれた郡役所は、その後30年余りで廃止されてしまいますが、建築史の上では、各地に建てられたこれらの庁舎はそれぞれの地方に於ける洋風建造物の先駆けとしての役割を果たしていました。
郡制廃止から80年余りを経過した今日も当時の姿で残るこの旧庁舎は、建築資料としても価値の高い建物となっています。
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by sunshine-works | 2010-05-29 22:47 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2010年 05月 25日
琴電長尾線 鴨部川橋梁/新川橋梁
香川県さぬき市の近代建築その2/香川県三木町の近代建築その1

高松琴平電気鉄道(通称:琴電)は、戦中に高松近郊の私鉄3社の統合によって発足し、四国最大の私鉄となります。前身の鉄道会社を通産して100年を超える歴史を持つ同社には、駅舎や車両を含め多くの鉄道近代化遺産が残されています。今回紹介する長尾線の橋梁も創業当時の姿で現役で使われています。
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高松と長尾を結ぶ琴電長尾線は、明治45年に高松電気軌道によって開設されます。
当時の多くの民営鉄道がそうであったように、同社も地元の電力会社(高松電灯)が主体となって発足されています。
長尾は古くから栄えた門前町で、街道が交わる交通の要衝ともなっていましたが、鉄道の開通によりそれまで馬車で2時間を要していた同区間が半分に短縮され、沿線は大きく発展する事となります。
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さぬき市と三木町の間に架けられた鴨部川橋梁。コンクリート基礎に石を積んだ橋脚に、鋼桁を乗せたシンプルな構造です。他の線区も含めて、現存する琴電の橋脚の多くはこの形式です。
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この橋梁の特徴である階段状の石積。複線化に対応出来る様に、半分を残した状態で積まれています。同様の橋脚は他の区間にも数箇所見られますが、現在に至るまで複線化はされていません。
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三木町のほぼ中央、新川を渡る新川橋梁。この橋も階段状の橋脚が残されています。
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琴電は、地方都市の私鉄としては規模が大きく、歴史の長い鉄道会社ですが、開業以来の古い施設が良好に残っている点でも全国屈指の路線です。大都市に比べると輸送力の増強や設備の近代化への要求が緩やかで、開業当初のままでもそこそこに対応できたのがその理由でしょうか。もちろん、開業時の設備がしっかりした強度を備えており、保守が行き届いていた事も重要な要因と思われます。
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by sunshine-works | 2010-05-25 22:29 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2010年 05月 21日
旧第百十四銀行長尾支店
香川県さぬき市の近代建築その1

四国霊場巡りの八十七番所、長尾寺の門前町として栄えた長尾の旧街道沿いに、四本の列柱を持つ石貼りの建物が建っています。この建物は第百十四銀行長尾支店として昭和8年に建てられました。
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4本のトスカナ式ジャイアントオーダー、軒を飾るコーニスやディンティル、中央の円形レリーフ、柱間に並ぶ縦長窓等、いかにも銀行建築然とした意匠です。小さな町の支店としては非常に装飾豊かで豪奢な造りとなっています。
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時代的には銀行建築から古典様式の要素が薄れていく移行期の建物ですが、銀行建築の象徴だったオーダー柱はしっかり残され、重厚さや風格が保持されています。
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この建物は第百十四銀行長尾支店として昭和53年まで使われました。銀行としての役目を終えて30年以上も経過していますが、各部の状態は良好で、窓や鉄扉も往時そのままに保たれています。
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現在この建物は、銀行当時の外観を残したまま地元企業の店舗兼事務所として使用されています。
多くの地方都市で中心部の過疎化が進み、旧市街に残る優れた建物そのままを活かすのは次第に難しくなっていますが、建物の外観を損なうことなく転用された好例ではないでしょうか。
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by sunshine-works | 2010-05-21 23:10 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2010年 05月 17日
津山線弓削駅
岡山県久米南町の近代建築

岡山と津山を結ぶJR津山線は 明治31年、民営の中国鉄道の路線として岡山-津山口間で開通します。この時に開設され八つの駅の一つ、弓削駅には現在も開業当時の駅舎が残されています。
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旭川に沿って北へ進んで来た津山線は、岡山市を過ぎた辺りで旭川と離れ、やや北東に進路を変えます。
山あいを程なく進み、久米南町の中心駅弓削駅に至ります。この小さな木造駅は、県内に現存する駅舎の中で最古の駅舎と言われています。
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木造下見板貼、和瓦葺、周囲に庇を巡らせた意匠は津山線の他の駅舎にも見られる特徴です。
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2本のホームを持ち、上下線を跨線橋で行き来する、小規模な駅舎に一般的な構成です。跨線橋はその後の物ですが、ホーム自体は開業当初から殆ど変更されていません。
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鉄道遺産の宝庫と言われる岡山の中でも、美作地域にはとりわけ素晴らしい遺構が残されています。
日本の原風景そのものとも言える、豊かな自然に抱かれた木造駅舎や橋梁の数々を随時紹介していきます。ご期待下さい。
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by sunshine-works | 2010-05-17 20:52 | 近代建築 | Trackback | Comments(2)
2010年 05月 13日
旧加茂葉煙草取扱所(加茂川歴史民族資料館)
岡山県吉備中央町の近代建築その1

岡山市の北に接する吉備中央町は平成16年に2町の合併によって誕生しました。町の東側を占める旧加茂川町の円城村に地域の歴史資料を展示する資料館が建っています。この建物は、かつてこの周辺で盛んだった葉タバコの取扱所として建てられたものです。明治30年築。
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現在はその数も少なくなってしまいましたが、かつて日本各地の葉タバコ産地には生産農家と専売公社間の中継ぎを行う取扱所と呼ばれる施設が置かれ、葉タバコの集荷、選別、乾燥、梱包してタバコ工場へ送る役割を担っていました。
この建物は明治31年の葉たばこ専売法施行に際して全国に建てられた最初の取扱所の一つで、旧加茂郡一帯を範囲としていました。
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木造平屋、寄棟造り、この時代の学校建築に多く見られる和風意匠の建物です。屋根裏が高く取られた大きな建物で、長さは30メートルに及びます。
嵩の高い葉タバコが収穫期に大量に集められる事、扱い品が専売品である事、湿気に対する対策等の理由から、葉煙草取扱所の建物はどれも大きく堅固な物だった様です。
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玄関脇に飾られているのは荷馬車の車輪の様です。
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西面から裏側へ
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この部分は妻面まで一面がガラス窓となっています。当初からの物かは不明ですが、葉タバコの選別に十分な採光が必要だったと言う事でしょうか。
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裏側から東面へ
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内部には民具や農具、歴史資料が展示されています。
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かつて日本各地の葉タバコ産地に置かれていた取扱所ですが、国内生産量の減少に伴って相次いで廃所され、歴史のある取扱所の建物で現存している物はこの旧加茂川取扱所の他には数例しかありません。
日本の近代農業の発展に大きな貢献を果たした葉タバコ栽培の歴史を伝える上でも、資料的価値の高い建物となっています。
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by sunshine-works | 2010-05-13 20:00 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2010年 05月 09日
旧宝塚文芸図書館
宝塚の近代建築その5

平成15年、惜しまれつつ90年に及ぶ歴史を閉じた宝塚ファミリーランドの跡地に、蔦が絡まる古い鉄筋コンクリート建物が残されています。
現在、中華料理店として利用されているこの建物は宝塚ファミリーランドの前身である宝塚新温泉に併設された図書館として建てられました。昭和6年築。
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箕面有馬電気鉄道が武庫川左岸に開いた宝塚新温泉は、単なる温泉ではなく、遊園地や動物園、演劇場が一体となった総合娯楽施設で、戦後の一時期各地で流行ったヘルスセンターの元祖ともいえる内容でした。
この図書館もそれら一連の施設の一つとして、温浴客に書籍や雑誌の閲覧を提供する場として設けられたもので、大正4年に初代の建物が建てられています。
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その後この図書館は演劇関係の図書を中心とする宝塚文芸図書館に発展します。戦後に収蔵図書が池田市へ移された後は、宝塚歌劇団の施設として使われていました。
現在は中華レストランになっています。玄関周りの意匠や、壁面のレリーフが醸す重厚な雰囲気は、この種の用途に良く似合います。
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壁面を覆う蔦がこの建物の長い歴史を実感させます。
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宝塚ファミリーランドの跡地は住宅展示場や商業施設、公園施設へと変わりました。現在の宝塚の発展の元となった宝塚新温泉ですが、戦前に建てられた施設の痕跡は殆ど残されておらず、この建物が唯一のものとなっています。
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by sunshine-works | 2010-05-09 22:53 | 近代建築 | Trackback | Comments(1)
2010年 05月 05日
宝塚音楽学校旧校舎
宝塚の近代建築その4

大正3年に始まる宝塚歌劇団の長い歴史の中で、多くの生徒が学んだ音楽学校の旧校舎。昭和12年から平成10年まで使われていた建物が宝塚市の文化施設として再利用されています。昭和10年築。
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箕面有馬電気軌道が温泉リゾートとして開発した宝塚には多くの娯楽施設が設けられていきます。同社によって建てられた宝塚新温泉で公演されるレビューショーの養成機関がその後の宝塚音楽学校の前身となりました。
このモダンな建物は、宝塚音楽歌劇学校時代の昭和10年に建てられています。
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鉄筋3階建て、玄関ホールの両脇に階段室を配し、その奥に教室やレッスンルーム、職員室が繋がる構造となっています。モダニズム様式による内外装は、華やかな近代娯楽の養成所にふさわしい洗練された意匠で統一されています。
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南側に設けられた玄関。丸柱には正方形の飾りタイルが貼られています。
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側面から裏面の様子。いかにもモダニズム建築らしく整然と窓が並びます。
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館内の景色。階段室に設けられた丸窓の内側です。
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新校舎の完成により平成10年に役目を終えたこの建物は、当初取り壊されて宅地となる予定でしたが、中心市街地の再生拠点として活用される事となります。改修に際しては、極力本来の姿に復す事とされ、修復されずに当時そのままの状態で残された箇所もあります。
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階段の壁面寄りが磨り減っていますが、これは予科生(下級生)が先輩の本科生の妨げにならないように壁際を駆け足で通行した為と説明板に書かれています。
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当初は温泉リゾート地で興を添える程度の出し物だった少女レビューは、やがて大きく発展し、「宝塚」の名は一躍全国に知られる事となります。その後の宝塚の繁栄は、温泉地としてよりも歌劇団の本拠地として多くの人を惹き付ける文化都市に比重を移していきます。
「宝塚歌劇文化を礎とした新たな宝塚文化の創造」の場として文化イベントや教室が開かれているこの旧校舎は、町の発展に歌劇団が果たした役割を伝える貴重な歴史遺産でもあります。
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by sunshine-works | 2010-05-05 15:28 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)