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2010年 01月 31日
旧第17師団偕行社
岡山県岡山市の近代建築その20

各種の競技施設が並ぶ岡山県総合グラウンドの中に、一棟の木造洋館が建っています。この建物は旧第17師団の偕行社として明治43年に建てられたものです。
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現在は総合グラウンドとなっている岡山駅の北側一帯は、かつて旧陸軍の錬兵場だった場所です。明治40年に第17師団が置かれて程なく、広大な演習地の一角にこの偕行社の建物が建てられました。
全国の偕行社建物の例に倣い、軍施設としての風格と威厳を示す壮麗なルネッサンス様式が用いられています。
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陸軍将校の研究・親睦組織として明治初期に設立された偕行社は、その後、師団単位に各地に設立されていきます。取り分け主要都市に置かれた古い歴史を誇る師団(桁数の若い師団)では、将校の社交場として、このような豪華な施設が建てられていました。
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四本の柱で庇を支える玄関。上部はバルコニーになっています。
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側面から裏側の景色です。
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この建物は戦後の進駐軍接収を経て、公共施設として長く使われました。その後補修を施し、平成2年より一般に公開されています。
内部は改装された部分もありますが、当時の姿を良好に残しています。
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全国の師団に建てられた偕行社の多くは戦災や戦後の開発で失われ、現存する建物としては数例が残るのみです。
平和を象徴するスポーツ施設の一角に残されたこの建物は、岡山には数少ない明治期の木造洋館であり、各地に建てられた偕行社建物の姿を伝える資料的価値の高い遺構でもあります。
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by sunshine-works | 2010-01-31 14:48 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2010年 01月 28日
旧陸軍第17師団施設
岡山県岡山市の近代建築その19

半田山の西に位置する岡山大学津島キャンパスは、戦前に陸軍第17師団本部と隷下の各連隊の兵営が置かれていた駐屯地の跡地に開かれました。
大学開設に際し、粗方の兵舎は取り壊されて鉄筋コンクリートの近代的な校舎が建てられましたが、残された幾つかの建物は、現在も大学の施設として利用されています。今回は岡山大学津島キャンパスに残る旧軍施設を紹介します。
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広大なキャンパス内の各所に旧第17師団関連の建物が点在しています。これらの建物は戦後に建てられた校舎の脇で補助的な用途に使われていますが、どの建物も個性豊かで、モダンな校舎と好対称を為しています。


現在は大学の門衛所として使用されている旧衛兵所。この衛兵所を始め、現存する建物の多くは、師団が置かれた明治44年の築です。
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旧衛兵所としてもう一つ、旧師団司令部の衛兵所も現存しています。
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旧師団本部。元々は両翼に建物が繋がる大きな建物でしたが、中央部分のみ残されました。
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屋根窓が付けられた木造の建物。中央付近で断ち切られています。
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2棟の煉瓦造の建物が並んでいます。資料に依ると、炊事場(左)と徴兵所(右)として使用されていたそうです。
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当時、補給廠倉庫だった木造建物。現在は馬術部の施設として使われています。
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数ヶ所設けられていた旧営門も残されています。
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広大な敷地を有していた旧軍の敷地の幾つかは、この様に戦後にキャンパスとして転用されます。
戦後60年を過ぎた今日、これらの施設を維持していくには、相応の手間暇を強いられる事と思いますが、教育機関の責務として長く伝えていくべき遺産です。
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by sunshine-works | 2010-01-28 00:51 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2010年 01月 24日
半田山配水池
岡山県岡山市の近代建築その18

三野浄水場の北西、市立植物園となっている小高い丘陵地に、岡山市の水道創設期の土木遺産が現存しています。この施設は前回紹介した三野浄水場で濾過された上水を市内に供給するための配水池として築かれました。
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配水池とありますが、半地下に設置され、上部を蓋で覆って土を被せた密閉式の円形水槽です。三野浄水場の送水ポンプ室から送られた水道水が一旦ここに送られ、高低差を利用して市内各所へ給水されます。水道創設時に2基が設けられ、大正期の拡張計画で1基が追加されています。
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意匠を凝らした建物ではありませんが、煉瓦の質感や美しい弧を描く外壁が織りなす景観は、土木構造物ならではの機能美に満ちています。
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独特の形状の通気ダクトや換気口がアクセントを添えています。
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敷地内には管理棟や宿舎と思われる建物も現存しています。
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配水池の水量を監視する量水室の建物。
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全国各地に水道創成期の遺構が近代化遺産として現存していますが、ここ岡山ほど数多くの創設時の施設が良好に残っている例は他にありません。取水樋門や緩速濾過池水管橋を初め、多くの施設が今日も現役で使われており、当時の基本設計の優秀さを伺う事が出来ます。
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by sunshine-works | 2010-01-24 00:20 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2010年 01月 20日
岡山市水道記念館(旧三野浄水場送水ポンプ室)
岡山県岡山市の近代建築その17

岡山の中心市街から北へ進んで程なく、旭川の畔にある三野浄水場に、明治期の煉瓦建造物が残されています。水道資料館として公開されているこの建物は、岡山に始めて水道が敷設された時に送水ポンプ室として建てられました。
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全国で8番目となった岡山市の水道事業は明治38年に給水が開始されます。既に水道を敷いていた7都市は、条約による開港都市と大都市で、岡山は地方都市に於ける近代水道の先駆けとなりました。
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広い浄水場の中心に据えられた存在感溢れる大きな建物です。古典様式を基調とした装飾豊かで豪華な造りは、この時代に建てられた水道施設に共通する特徴です。
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建物中央に設けられた正面入り口。木造のポーチの奥に美しいファンライトで飾られた玄関扉が映えます。
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玄関の両翼にアーチ窓が並びます。
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建物裏側にもアーチ窓が並びます。
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裏手に広がる緩速濾過池。急速濾過方式が主流となった今日、明治期に築かれた緩即濾過池が現役で使われている稀有な例です。
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旧ボイラー室煙突。その後高さが減じられていますが、これも創設期に建てられたものです。
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生活に欠く事の出来ない水の安定供給は近代都市の最優先課題でした。
当時人口10万人に満たなかった岡山市でしたが、大都市に伍して、これ程の水道施設を備えた先見の明は高く評価される物です。
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by sunshine-works | 2010-01-20 22:30 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2010年 01月 16日
旧内山下尋常高等小学校校舎
岡山県岡山市の近代建築その16

岡山城の西丸跡に、鉄筋コンクリートのモダンな小学校校舎が残されています。この建物は旧内山下(うちさんげ)尋常高等小学校の校舎として昭和9年に建てられました。
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明治以降、各地に優れた学校建築が数多く建てられた岡山県ですが、その殆どは木造校舎でした。それでも、県都岡山の中心部には、昭和初期にモダンな鉄筋コンクリートの校舎が建てられていました。これらの校舎は、中心街を焼き尽くした岡山空襲に生き残り、戦後も長く使われていましたが、やがて都心部の人口減によって統合や廃校が進み、殆どが取り壊しとなってしまいます。
この旧内山下尋常高等小学校は当時の姿で残る唯一の鉄筋コンクリート校舎と思われます。
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戦後の学校建築に繋がる、簡素で機能主体の設計となっていますが、コーナーにアールを付けたり、塔屋に円窓を設ける等の装飾要素も残されています。無機質なモダン建築へ移行する前の過渡期の建築にあたると思われます。
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側面からの景色です。両端のコーナーにアールがつけられています。
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裏手に建つ小さな建物。これも四隅にアールが取られています。
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屋上塔屋に開けられた丸窓。モダンなイメージを引き出しています。
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左手に建つのは重要文化財の岡山城西手櫓です。
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突き出した長い庇が特徴の玄関。昇降口はどれも小ぶりであっさりした造りです。
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モダンで洗練されたこの校舎は、さすが都心の小学校ならではの物と言えます。数多くの美しい校舎が建てられた岡山の学校建築の流れの中で、実質的に戦前最後を飾る作品でもあります。
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by sunshine-works | 2010-01-16 18:38 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2010年 01月 12日
九鬼家住宅
三田の近代建築その2

三田藩の城下の面影を残す三田の市街地に、日本家屋に洋風意匠を施した建物が建っています。
この建物は、明治初期に鉄道技師として活躍した九鬼隆範の自邸として建てられました。九鬼隆範自らの設計により、明治8年頃に建てられました。
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純然たる和風家屋の1階にテラスを備えた洋風意匠の2階部分が重なります。
洋風を模した、あるいは和洋が入り交ざった様式というのが偽洋風建築の定義ですが、この建物は、和洋折衷様式と呼んだ方が適切な表現かもしれません。
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2階の3方にバルコニーを設け、木製の手摺をぐるっと巡らせています。
下から見上げた際に良く目立つこの手摺は、建物を印象付ける重要なアクセントになっています。
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公開されている1階部分。典型的な町屋の造りです。
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明治初期に建てられた洋風住宅の中で、設計者が明らかで竣工時の図面や資料が残っている数少ない建物です。大阪や神戸でも洋式住宅が珍しかったこの時代に、これだけの建物を建てた三田の先取の気概を現わす象徴的な存在となっています。
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by sunshine-works | 2010-01-12 22:50 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2010年 01月 07日
奥野家住宅(秋景楼)
三田の近代建築その1

兵庫県の中東部、三田市から猪名川町に至る4市1町と県境を跨いだ大阪府北西部は、旧国名に因んで北摂地域と称されます。この地域は大阪や神戸の近代化の影響を受けて早くから先進文化が取り入れられ、近郊住宅地、リゾート地、文教地区として発展していきました。
尼崎から神戸を経て播磨を巡ってきた近代建築Watch 、今回よりこの兵庫北摂地区の探訪です。初回は長閑な田園の中に建つ洋館を紹介します。
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三田市の中心街から遠く離れた山間いの集落にテラスを備えた木造の洋館が建っています。この建物は地元の大庄屋だった奥野家の離れとして明治18年に建てられました。
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いわゆる偽洋風住宅なのですが、まだ誰も洋館を見たこともない明治初期の小さな農村の一角に、これだけ見事な建物が建てられた事に驚かされます。神戸新聞の紹介記事によると神戸の大工が大阪の洋館を手本に建てたとの事です。
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正面は洋風そのものですが、側面は和洋折衷のスタイル、後ろに繋がる建物は完全な和風建築となっています。
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この様な偽洋風住宅は、都市部よりも地方都市や農村に建てられる例が結構多かったようです。
先取の気鋭に富んだ地場の名士達が、旺盛に近代文化を取り込んで行った、当時の様子を今に伝える貴重な遺構となっています。
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by sunshine-works | 2010-01-07 01:59 | 近代建築 | Trackback | Comments(2)