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2009年 11月 27日
岡山大学医学部付属病院旧混合病棟(旧岡山医科大学産婦人科棟)
岡山県岡山市の近代建築その10

岡山大学は市内2ヶ所にキャンパスがありますが、医学部のある鹿田キャンパスは、前身の旧岡山医科大学時代からの90年に及ぶ長い歴史を持っています。この敷地の一角に、昭和初期に建てられた古い病棟が残っています。この建物は昭和6年に産婦人科病棟として建てられたものです。
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岡山藩医学校を起源とする現在の岡山大学医学部が、大正11年にこの場所に移転され、その後建てられた一連の建物のひとつです。当時の建物の中で、病棟として残る唯一の物です。
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当時としては高層の5階建ての大きな建物です。地域医療の先導的立場にある大学病院に相応しく、設備も建物も最先端の技術が用いられた事と思われます。
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病院なるが故に派手な装飾は施されていませんが、張出窓を配した東面と西面の意匠が建物全体を特徴付けています。
こちらは左右に張出部分がある東面。
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西面は張出部分が中央に1つ。
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側面は水平に庇のラインが続きます。
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80年を経た建物ですが、各部とも、オリジナルの状態がよく保たれています。
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現在、この建物は医療施設ではなく、低層階を患者用の飲食店やサービス施設に、上層階は倉庫に使用しています。さすがに病棟や診療室の用途に無理があるのは致し方のない処でしょう。

建物内部も、昔そのものと言った雰囲気が残っています。
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昭和・戦前の病院の風情がそのまま残されているこの建物ですが、残念ながら取り壊されてしまう様です。最近までこの建物の傍に建っていた、同時代の旧管理棟も解体されていますので、この特徴ある病棟もそろそろ見納めなのかも知れません。
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by sunshine-works | 2009-11-27 21:00 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2009年 11月 23日
旧旭東幼稚園舎
岡山県岡山市の近代建築その9

岡山には戦前に建てられた学校建築が数多く残っていますが、幼稚園舎に於いても優れた建物が建てられました。今回紹介する旧旭東幼稚園は、県内で多くの学校建築を手がけた江川三郎八によって明治41年に建てられました。
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八角園舎の別称のとおり、正八角形の中心棟に4つの付属建物が繋がる構造です。接続する管理棟から中央の遊戯室が良く見渡せる配慮からこの様な様式が採用されたそうです。
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元々はこの場所から少し離れた旭川の対岸に建てられていました。昭和55年に解体保存となり、平成10年に当地に移築復元されました。
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広々とした遊戯室、木造建物の温もり、各面の窓から差し込む日差。園児達にとってさぞかし心地よい空間だった事と思います。
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このような八角形の園舎は岡山県下に少なくとも8ヶ所が建てられたのですが、他県には数例しか見られません。岡山で独自に発達した様式と思われますが、その後は途絶えてしまったところを察すると、合理的に見えて不都合も多かったのかもしれません。
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by sunshine-works | 2009-11-23 00:03 | 近代建築 | Trackback | Comments(2)
2009年 11月 19日
旧制第六高等学校書庫
岡山県岡山市の近代建築その8

明治33年の開校から昭和25年までの約50年間、京橋を渡った旭川の東側には旧第六高等学校がありました。同校は戦後の学制改革によって岡山大学へ引き継がれ、市内津島町へ移転していきますが、敷地は岡山県立朝日高校の校地として利用されています。この場所にあった旧制高校時代の建物の殆どは戦災や建替えにより失われてしまいましたが、大正から昭和初期にかけて建てられた書庫が現存しています。大正7年築、昭和4年増築。
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煉瓦造和瓦葺の当初の建物と鉄筋コンクリート陸屋根の増築部分が繋がって一つの建物を構成しています。書庫なので当然窓は最小限、出入り口も武骨な鉄扉、装飾も殆どありません。
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あまり表や裏の区別がないのがこの種の建物の特徴です。すべて裏側のようにも見えます。
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ペディメントに唯一の装飾要素がありました。
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旧制六校時代の正門。現在も岡山朝日高校の校門として利用されています。
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全国の主要都市に設置された旧制高等学校の中でも、初期に開校した学校(いわゆるナンバースクール)は、名門校としての地位を誇っていました。中国地方の中で互いに競い合っていた広島を退け、岡山に全国で6番目の高等学校が設置された栄誉は、教育県岡山の面目躍如となった事と思います。
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by sunshine-works | 2009-11-19 21:59 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2009年 11月 15日
京橋水管橋
岡山県岡山市の近代建築その7

前回紹介した京橋に平行して、水道管を渡す水管橋が架けられています。現存する鋼管水道橋としては国内最古のもので、明治37年架橋、翌明治38年に通水されています。
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中心街の北部にある三野浄水場から市内へ給水される水道管が旭川を渡る橋です。明治38年、全国で8番目の近代水道として市内に敷設された一連の水道施設の一つとして設置されました。
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現在の京橋は大正6年に架けられたものなので、この水管橋は先代の京橋の時代に既にこの場所に架けられていました。木桁橋だった当時の京橋に水道管を添架することが出来ない為、専用橋として架けられたと思われます。
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当時としては珍しいコンクリートの橋脚。補強の為に鉄のガードが付けられています。
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上流側からの遠景。後方の京橋の鋼管製の橋脚と手前の水管橋のコンクリート橋脚の対比が興味深い景色です。
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現在では、川を水道管が渡るこのような光景は珍しいものではありませんが、鉄橋自体が珍しかった当時、最新技術で架けられたこの水道専用橋を目にした人達の目には、近代化を実感する存在に映った事と思います。
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by sunshine-works | 2009-11-15 11:31 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2009年 11月 11日
京橋
岡山県岡山市の近代建築その6

岡山城の南、旭川に架けられた京橋は長い歴史を持つ橋です。旭川の水運と西国街道が交わる交通の要衝として栄えた京橋一帯は、常に多くの人や物が行きかう岡山の町の中心でした。
明治期まで幾度も架け替えが繰りかえされましたが、大正6年に近代的な鋼橋として架けられた橋が現在の京橋の基となっています。
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現在の橋の姿は、大正6年に架けられた後に数度の改修が施され当初の面影は薄れてしまっていますが、鋼管の橋脚や親柱の基礎部分は竣工時の状態が残されています。
現存する大正期の橋としては数少ない鋼管の橋脚で支えられた桁橋です。
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町の中心に架けられた橋だけあって、完成当初は豪華な欄干や大きな親柱が添えられた装飾豊かな橋でした。その後の拡幅工事や戦時の鉄材供出でこれらが撤去されてしまったようです。(竣工当時の橋の図面がこちらのサイトで紹介されています)
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花崗岩を用いた親柱。当初は背の高いものでしたが改修時に削られ、基礎部分が残っています。
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橋上の意匠は大きく変わっていますが、特徴的な橋脚部分はほぼそのままの状態が保たれています。
(脚柱は大正12年の拡幅工事の際に追加されています。)
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岡山で最も賑わっていた京橋周辺の一帯は、中心市街地が駅前に移るにつれて衰退し、国道やバイパスの整備によって主要幹線としての役割も他に移ってしまいました。
往時の繁栄を偲ぶ物はこの古風な橋の他には残っていませんが、町と発展を共にしたこの橋が果たした役割は、岡山の近代化に欠くことのできない重要なものでした。
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おまけ

京橋警鐘台

橋の麓に見えるこの警鐘台は大正13年に建てられました。元々はこの橋の南方にあったものですが、後年にこの場所に移設されました。
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by sunshine-works | 2009-11-11 22:57 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2009年 11月 07日
播磨の近代建築 補遺② ~庁舎~
播磨の近代建築 補遺② ~庁舎~

播磨の近代建築 補遺②は公共機関の庁舎を紹介します。
どれも小規模な建物ですが、それぞれに個性的で味わい深いものばかりです。

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旧高砂消防会館

昭和10年築。現役で使われている旧高砂町消防組時代の消防署です。
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西脇消防団第一分団詰所

西脇の中心部にある消防詰所。前面に聳える警鐘台は昭和5年築との記録がありますが、肝心の建物については築年不詳です。同時期に建てられたものと考えるのが妥当でしょうか。
*その後確認した処、設計:内藤克雄 昭和10年築と判明しました。設計者の内藤克雄は西脇小学校や出身地である小野市の小野小学校講堂も手掛けていました。
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香寺町消防団岩部分団望楼


消防施設をもう一つ。神崎郡香寺町にある消防団の旧消防車庫兼警鐘台。
築年は昭和初期と思われます。現在は消防団の倉庫となっています。
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旧妻鹿町役場


現在は姫路市の一部となった旧妻鹿町の庁舎。マンサード屋根が特徴的なモダニズム建築です。
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by sunshine-works | 2009-11-07 23:45 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2009年 11月 03日
播磨の近代建築 補遺① ~播磨の橋~
播磨の近代建築 補遺① ~播磨の橋~

約9ヶ月に亘って40ヶ所余りに及ぶ播磨地区の近代建築を紹介してきましたが、広大な播磨地区にはまだまだ多くの近代建築・近代化遺産が残っています。播磨編の最後に、これまで紹介しきれなかった近代建築の幾つかをピックアップしてみました。
補遺編の最初は播磨地区に残る4つの橋を紹介します。

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屋形橋

播磨の中央部を南北に流れる市川の中流域に位置する神崎郡市川町に架けられています。下路鉄筋コンクリートタイドアーチ橋と呼ばれる兵庫県では珍しい形式の橋です。昭和8年竣工。
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前回紹介した岡山の大原橋によく似た鉄筋コンクリートアーチ橋ですが、橋梁の分類上では別種のものです。(ローゼ橋の場合はアーチや橋床を支える桁がより太くなります)
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現在は1連のアーチ橋ですが、竣工時は2連のアーチが連なっていました。下の写真で左手にあたる部分(綱桁に架け替えられています)がその名残りと思われます。
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加古川橋

西播磨で最も大きな川、加古川の下流、国道2号線の大きな橋です。改修によって橋上の意匠は変わってしまいましたが、橋桁や橋脚部分は当時のまま残されています。 竣工:大正12年
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全国各地で多くの橋を手掛けた増田淳の設計です。増田淳の作品としては、兵庫県内には他に武庫大橋が現存しています。
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加古川橋と武庫大橋、両橋の現在の姿は大きく異なっていますが、加古川橋も、かつては武庫大橋と同様に美しい石の高欄や立派な親柱を備えた橋でした。戦後に行われた拡幅工事の際に親柱や当初の高欄が取り除かれ、現在の姿に変わっています。
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橋脚部分。上流側には拡幅時に脚柱が追加されています。
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白鷺橋

姫路市の中心部、姫路城のすぐ傍の小さな川を渡る鉄筋コンクリート橋です。昭和8年竣工。
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四隅の大きな親柱や高欄に播磨特産の竜山石を用いた装飾豊かな橋です。この橋も戦後に拡幅工事が行われましたが、原型が保たれて改修されています。
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元禄橋

赤穂の魚港近くにある小さな鉄橋。現在は人道橋として使われています。
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斜材がX字に交差するダブルワーレントラスと呼ばれる形式の橋です。小さな橋ですが、細密に張り巡らされた鉄骨は迫力十分です。
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生活に密接に結びついた存在だけに、明治以降全国各地に近代技術による多くの橋が架けられました。
建造物に比べて永く使われる事の多い橋梁ですが、さすがに今日の交通事情に対応するには大幅な改修や架け替えが必須となってしまいました。
安易に架け替えの道を選ばず、手を掛けて大事に残されたこれらの橋は、歴史ある橋ならではの存在感を示す地域のランドマークとなっています。
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by sunshine-works | 2009-11-03 15:41 | 近代建築 | Trackback | Comments(2)