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2009年 09月 27日
旧牛窓簡易裁判所
岡山県瀬戸内市の近代建築その4

牛窓の旧市街から岡山方面へ向かう県道脇に目を惹く建物が建っています。
現在、民族資料館に使われているこの建物は大正4年に牛窓簡易裁判所として建てられました。
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木造モルタル造、玄関のある中央部のみ2階建て、両翼に平屋部分が繋がります。
垂直ラインを強調したモダニズムの影響を感じさせるデザインです。
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この建物が建てられた当時、県東部の主要都市だった牛窓には幾つかの公共機関が置かれました。司法機関としては県内14箇所に設置された簡易裁判所の一つとしてこの牛窓簡易裁判所が開かれています。
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規模は小ぶりですが、庁舎らしい風格が伺える建物です。平面と直線を基本としたモダンなデザインに和風の屋根瓦の組み合わせが独特の雰囲気を醸しています。
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側面から海に面した建物東面に廻ります。玄関側とはだいぶ異なった雰囲気です。
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この牛窓簡易裁判所は昭和63年に廃止されてしまいます。その後は民族資料館として利用されますが、現在は閉ざされたまま(事前に連絡すれば見学できるようです)となっています。
訪れる人もほとんどいなくなったこの建物は各部にひび割れや破損が目立ち、状態は芳しくありません。
内部には展示資料も飾られていますので早々には廃館の予定は無いと思いますが、すぐにも修繕が必要な状態です。
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戦前に建てられた司法機関の建物としては、旧控訴院や地方裁判所の幾つかが当時の姿のまま残されていますが、家裁、簡易裁判所の施設で現存しているものは多くはありません。
地方に残る裁判庁舎として貴重な存在であるこの建物を何とか残す手立てはないものでしょうか。
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by sunshine-works | 2009-09-27 11:53 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2009年 09月 23日
旧牛窓銀行本店
岡山県瀬戸内市の近代建築その3

狭い道に沿って牛窓の古い町並みを進んで行くと、赤煉瓦の銀行建物が見えてきます。この建物はこの地に設立された旧牛窓銀行の本館として大正4年に建てられました。
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古くから瀬戸内の海運の拠点として栄えた牛窓の町は明治になった後もその勢いは失われず、県都岡山以東で最も賑やかな町となっていました。海運や造船業を中心とする牛窓の商工業は、明治中期には地場の銀行を起ち上げるまでの隆盛を極めます。
中心産業だった木造船の造船所が集中する旧東町の一角に建てられたのが、この牛窓銀行本店の建物でした。木造の日本家屋が並ぶ一角に建てられた赤煉瓦のモダンな銀行は発展を続ける牛窓を象徴する建物となりました。
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大きな吹き抜け天井を持つ1階建てコンクリート造の建物です。一見煉瓦建築に見える外壁は煉瓦タイルを貼ったものです。
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ぐるっと巡らせた軒蛇腹とパラペットで頂部を飾る当時の銀行建築の典型的なデザインです。小振りな玄関周りに小さな庇とレリーフが添えられているものの、全体に装飾は抑えめです。
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建物裏側です
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内部もこの規模の銀行に共通する、真ん中に構造物がないガランとした空間となっています。内壁の2階部分には窓を操作するキャットウオークが設けられています。
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この銀行が建てられた当時に隆盛の極みだった牛窓の港ですが、その後は衰退へと向かっていきます。風待ち、汐待ち港に適した立地上の利点も機械船の時代になるとその意味合いは薄れ、木造船中心の造船業も大資本による大型造船所に淘汰されてしまいます。各地を結んでいた定期航路の多くもその後に開発された他の港湾に取って代わられ、瀬戸内海の海運拠点だった牛窓の地位は殆ど失われてしまいます。
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その後の牛窓の町は、温暖な気候と風光明媚な海岸風景を活かした観光開発に活路を求めます。観光港・レジャー基地に転換を図った牛窓港もリゾート地に欠かせない施設として再び重要な役割を担う事となります。
かつて多くの造船所が並んだ古い町並みに残るこの建物も閉鎖後しばらくは放置された状態だったのですが今日ではアートスペースやイベント会場に充てられ,重要な観光資源として活用されています。
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by sunshine-works | 2009-09-23 02:57 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2009年 09月 15日
旧牛窓警察署本館
岡山県瀬戸内市の近代建築その2

瀬戸内市牛窓町は古くから開かれた港を中心に発展した町で、その名は万葉集にも詠われています。この牛窓の港近くに明治期の警察署を利用した資料館(海遊文化館)が建っています。この建物は明治22年に牛窓警察署庁舎として建てられました。
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木造平屋建て、和小屋組に桟瓦を乗せたいわゆる儀洋風の建物です。
偽洋風とは言え、本格的な洋式技法が随所に施されています。地元の職人達にとって初めて手掛けた西洋建築だったと思われますが、見事な仕上がり具合となっています。
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この建物の白く塗られた外壁や玄関柱の装飾、大きなファンライトを備えた玄関扉などからは、ギリシアや地中海のイメージを彷彿とさせられます。後年に牛窓の風景を「日本のエーゲ海」と称するようになりますが、この旧警察庁舎はそれを象徴するような建物です。
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大きな三角ペディメントが特徴的な玄関庇。当時の庁舎によく見られるデザインです。
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鮮やかなステンドグラスや手の込んだ細工を施した玄関周り等、今日の感覚からすればおよそ警察庁舎とは思えない装飾豊かな建物です。大都市ではなく地方の小さな港町に、このような洗練された庁舎が建てられた事も驚きです。
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役場や学校や郵便局と同様に、市民生活を支える象徴的な存在として警察署や交番が明治政府によって全国の町や村に建てられていきました。さすがに、この時期の警察庁舎で残っている建物は僅かな数しかありませんが、明治22年築のこの建物はよくその原型を留めており、建築資料としても優れた文化遺産となっています。
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by sunshine-works | 2009-09-15 21:43 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2009年 09月 11日
長島愛生園旧本館(長島愛生園歴史館)
岡山県瀬戸内市の近代建築その1

岡山県の東部、瀬戸内海に面した瀬戸内市の沖には日生諸島から繋がる大小の島々が並んでいます。この島々の中で最も大きな島である長島には国立として初のハンセン病療養施設、長島愛生園が昭和5年に建てられました。事務館として俊工した旧本館は、現在この施設の歴史を伝える資料館として公開されています。
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全国に13か所設けられたハンセン病療養施設の中で、一番最初に建てられたのがこの愛生園でした。専ら収容患者達の手によって開拓された広大な敷地には、やがて入所者の増大に伴い様々な施設が建てられて行きました。この建物には園長室や事務室が置かれ、園の中枢となっていました。
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昭和初期の病院建築に共通する雰囲気を持つ建物です。大きな玄関ポーチを備え、整然と縦長窓が並びます。2階建てで然程大きな建物ではないのですが、どっしりとして存在感があります。全面を覆う蔦草の為に、尚更重厚な印象となっています。
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中央からやや右に寄せて玄関が設けられています。建物の規模に比べて玄関の庇や柱はかなり大きく感じます。
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玄関ホールに嵌められているステンドグラス。収容患者の立ち入り禁止区域だった管理施設は豪華な装飾や調度品が飾られていました。
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建物裏側です。階段室の縦長窓は竣工時のままのように思えます。
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愛生園をはじめ、全国に建てられた13の施設は療養施設とは名ばかりで、実質は隔離施設でした。治療法が解明され、その後の関係者の努力で暗い過去は拭い去られようとしていますが、重い歴史を背負ったこの建物を残して行く意義は非常に大きなものだと思います。
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by sunshine-works | 2009-09-11 21:56 | 近代建築 | Trackback | Comments(2)
2009年 09月 07日
旧小野小学校講堂(小野市立好古館)
小野の近代建築

小野市立小野小学校は明治5年に設立された東播磨地域の中でも古い歴史を持つ学校です。この小学校に隣接して市立の資料館が建てられていますが、この建物は小野小学校の旧講堂を転用したものです。昭和11年築。設計:内藤克雄
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コンクリート打ち放しの飾り気の少ない建物です。元々は縦長窓が側面を飾っていましたが、改修に伴ってパネルに置き換えられてしまっているために全体に無骨で無機質なイメージとなっています。昔の写真を見ると玄関も別の側に付けられており、現在とはかなり印象が異なる建物だったようです。
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講堂だけあって、がっしりした大きな建物です。余計な装飾を省き、ほとんど直線と平面でデザインされています。現代建築でよく見られそうな建物ですが、当時としては斬新で目新しい建物だったと思います。
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飾り気のない建物ですが、2階中央の縦長3連アーチ窓が数少ない装飾要素になっています。
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側面には出入口跡らしき部分がありますが、これは後年に付けられた物かもしれません。
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この建物の向かい側にある掲揚台。傍らの説明板には昭和15年に設置されたとあります。小学校の物とは思えない非常に立派で趣きのある掲揚台です。
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廃校となった後に校舎を資料館として再活用する例は数多くありますが、このように現役の学校の敷地内で再利用される例は小学校では珍しいケースです。歴史と伝統のある学校の由緒ある建物が大切に保存活用されている好事例だと思います。
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by sunshine-works | 2009-09-07 20:36 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2009年 09月 03日
西脇小学校
西脇の近代建築

北播磨の中心都市西脇市は播州織で知られる綿織物業によって発展した町です。この町の中心部から少し離れた台地の上にある市立西脇小学校は昭和初期に建てられた木造校舎が現役施設として使われています。昭和9年~11年築。設計:内藤克雄
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都市部を中心に早くから鉄筋コンクリートの校舎が建てられた事もあって、兵庫県内には木造の小学校校舎は然程多くは残っていないのですが、それでも地方には素晴らしい木造校舎が残されています。中でもこの西脇小学校はその美しさ、規模の大きさ、保存状態の良好さに於いて他を大きく凌いでいます。
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産業構造の変化と輸入品に押されて西脇の織物業はかつての勢いを失ってしまいましたが、この小学校が建てられた昭和初期は西脇が急速に発展を遂げ活況を呈していた時期でした。豊かな地域経済に支えられてこのような立派で大きな小学校が建てられました。
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広い敷地の中に、同じ規模の木造2階建て校舎が3棟並んでいます。一番前面(南側)の棟に玄関が設けられ、建物中央を貫く渡り廊下で他の棟が結ばれます。
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小学校の校舎とは思えない玄関周り。旧制高校や大学の校舎と見紛う豪華な造りです。
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玄関を抜けて中央の棟へ続く渡り廊下を進みます。
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築70年を越えて尚現役で使われているだけでなく、ほぼ建築当初の状態で残されている事に驚きます。補修は行われていますが、元のイメージを損なわない配慮がなされています。
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この校舎が建てられた頃、都会では鉄筋コンクリートの校舎が次々と建てられていました。最新の建築技術による校舎は子供達の憧れでもありました。しかし、この西脇小学校の美しい木造校舎が織りなす景観はそれらモダンな都会の学校よりも贅沢で豊かなものに思えます。
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by sunshine-works | 2009-09-03 01:25 | 近代建築 | Trackback | Comments(2)