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2009年 08月 29日
旧赤坂高等尋常小学校本館
岡山県赤磐市の近代建築その2

赤磐市の西部、岡山市に向かう県道の傍らに明治期に建てられた木造校舎が建っています。この建物は明治43年から昭和48年まで使用されていた久米南町の誕生寺小学校の校舎を当地に移築したものです。
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赤磐市の北隣に位置する久米郡里方にあった赤坂高等尋常小学校の本館として建てられました。ルネッサンス洋式の木造2階建て、2階部分は講堂となっています。
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有名な旧遷喬小学校や以前紹介した旧閑谷中学校をはじめ、岡山県の木造校舎にはこの様式が多く見られます。このような立派で風格を備えた校舎が地方の町や村の学校として数多く建てられていました。
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建物中央に設けられた玄関ホールには細密な木組のアーチが飾られています。
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斜交いをハーフティンバー風に見せる意匠もこの様式の木造校舎の特徴です。
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旧赤坂高等尋常小学校はその後誕生寺高等尋常小学校を経て誕生寺小学校に改名され現在に至ります。
明治43年に建てられたこの本館は体育館の新設に伴い解体される予定でしたが、昭和48年、当地に移築保存されました。
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各部クローズアップです。
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この場所は元々は高月小学校の校地だったのですが、当時既に廃校となっていた同校跡地が移転先に選ばれました。取り壊された校舎の跡に他の校舎が移築された形となっています。
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岡山県の近代化遺産にも選ばれているこの建物は現在民間企業の所有となっているのですが、倉庫として使われているようです。保存状態は悪く無いだけに、非常に勿体ない使われ方です。せっかく移築保存した建物なのですから、是非とも有効な活用をしてほしいものです。
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by sunshine-works | 2009-08-29 23:03 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2009年 08月 25日
旧仁堀尋常小学校本館
岡山県赤磐市の近代建築その1

和気町と岡山市の間に位置する赤磐市の北部、美作との境に赤磐市吉井郷土資料館が建っています。この建物は旧仁堀尋常小学校の校舎を移築・再利用したものです。昭和2年築。
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この建物は現在の場所から約8kmほど南西の仁堀村に建てられていました。生徒数の減少で昭和56年に周辺学区との統合で廃校となった校舎を移築して郷土資料館になりました。中央部のマンサード屋根(折れ屋根)や玄関周りの装飾が特徴的な校舎です。
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多くの木造校舎が残る岡山県の学校建築には幾つかの類型がありますが、この校舎は他に例を見ない独特のスタイルです。木造校舎は偽様式として括られる事が多いのですが、この校舎からは「洋」の要素がより強く感じられます。
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岡山県の資料によると、明治5年に創立された旧仁堀尋常小学校はこの地区で最も古い学校で、地域の中心的な役割を果たしていたとの事です。堂々として風格を備えたこの校舎は村のシンボルとしての趣きを備えています。
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元々は現在の規模よりも左右に長い建物でしたが、移築に伴って両側が短縮されています。現在の2倍近い長さがあった当時の校舎は地方の小学校としては破格の大きさだったと思われます。
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ここから先の部分を抜いて元の壁で塞いでいます。
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この像も一緒に移築されて来たのでしょうか。
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この建物の大きな特徴である各入口周りの凝った装飾です
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小学校校舎には珍しいドイツ壁が使われています。
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建物裏側です
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地方の学校建築の保存例として、このように郷土資料館に転用されるケースは数多く見られます。
建築資料的な価値も高い古い校舎の活用方法として、文化施設は最適な使い方だと思います。
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by sunshine-works | 2009-08-25 21:43 | 近代建築 | Trackback | Comments(2)
2009年 08月 21日
旧山田村役場
岡山県和気町の近代建築その3

和気町の北部、山裾に広がる小さな集落に鉄筋コンクリート造のモダンな建物が建っています。現在は郷土資料館として使われているこの建物は昭和7年に旧山田村役場として建てられたものです。
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周囲一面に田園風景が広がる中、数件の民家が並んでいる以外これといった施設や商店もない、小規模な集落に唐突に1棟の近代建築が現れます。およそ村役場が置かれていたとは思えないくらいにひっそりとした一角に当時の最新意匠を盛り込んだモダン建築が建てられています。
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大きな玄関部分を中心にほぼシンメトリーに各部が配置されています。ゼセッションを基調としたデザインですが1階部分の尖頭アーチ窓や腰周りのルスティカ積の石壁が際立った特色となっています。
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昭和30年までの22年間村役場として使われた後、農協の施設を経て昭和60年に「和気町ふる里会館」に転用され現在に至ります。
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印象としては田圃の畔に建つ超モダンな庁舎といった趣きです。
規模として然程大きな村ではなく、大きな事業所があって財政豊かだった訳でもない、ごく普通の農村だった山田村に何故この様な最新デザインの豪華な役場が建てられたのか、なんとも不思議な気がします。
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建物裏面です。正面側とは異なった印象です。
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今まで紹介した和気町に残る近代建築は、どれも当時の地方都市の水準を大きく上回るものです。古い歴史に育まれた文化的素養や進取の気鋭があってこの様な優れた建物が建てられ、残されて来たのでしょう。
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by sunshine-works | 2009-08-21 08:04 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2009年 08月 17日
法泉寺本堂
岡山県和気町の近代建築その2

和気町の中部、のどかな景色の中に一軒の寺院が建っています。今から130年前の明治11年に建立されたこの法泉寺本堂は仏教寺院としては珍しい偽洋風建築で建てられた建物です。讃岐の棟梁 大石四郎左衛門により設計・施工されました。
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日本建築の技法で棟梁達が建てた洋風建築を総称して偽洋風建築と呼びますが、この法泉寺本堂は元々が日本建築である寺院に敢えて洋風の意匠を採り入れて建てられました。鎧戸を持つアーチ窓、ギリシア神殿風の三角ペディメントや円柱、軒を飾る洋風の蛇腹(コーニス)等、それまでの仏教寺院の概念を超える斬新な建物です。
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和気町の公式サイトによると、この寺の宗派である日蓮宗不受不施派はキリスト教の影響を受けて僧を牧師、寺を教会と名乗っていたそうです。寺院に洋風の意匠が採り入れられたのもキリスト教の影響と推測されます。
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基本的な構成は従来の寺院建築です。思った程に奇異な印象は無く、特に意識しなければ洋風の意匠に気付かないかも知れません。とは言え、この本堂が建てられた明治初期に於いて、伝統と格式を重んじる仏教寺院が洋風意匠を採り入れる事など想像も付かなかった事と思います。純白の漆喰に映えるコバルトブルーの軒飾りも従来の寺院には無い色使いです。
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今日では現代建築で建てられた近代寺院は数多く見られますが、明治になってまだ間もない時期に地方の小さな農村にこのような先駆的な寺院が建てられた事に驚かされます。
日蓮宗不受不施派は幕府によって長い間禁教とされ、隠れ信仰となっていました。このモダンな本堂は、明治になってようやく禁を解かれた宗派の意気込みを象徴するような建物です。
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by sunshine-works | 2009-08-17 20:54 | 近代建築 | Trackback | Comments(2)
2009年 08月 09日
旧永井歯科医院(永井家住宅)
岡山県和気町の近代建築その1

備前市の西に位置する和気町は古代から続く歴史のある町です。近世には吉井川の高瀬舟水運の船着場として発達し、水陸の物流拠点となりました。この和気町の中心部、山陽本線和気駅から旧市街にかけての道沿いに、一際目を惹く1軒の洋館が建っています。この建物は大正5年に歯科医院兼住宅として建てられました。
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岡山では数少ない現存する洋館建ての住宅です。県東部で2番めに古い歴史を持つ歯科医院として平成10年まで開業していました。
*建物の概要については和気町の公式サイトが参考になります。
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1階が住宅、2階に診療所が儲けられていました。
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この近辺には結構古い建物が残っていて新旧の建物が隣り合って建っているのですが、それでも角を曲がってこの建物が突然現れる光景は非常にインパクトがあります。木造洋館としては中規模の部類ですが、大きさ以上に存在感のある建物です。
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道路に面し、医院として多くの人が出入りした建物ですが、傷みはあまり見られません。各部ともほぼ建築当初の状態が保たれています。
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正面の入口はこの1ヶ所のみ。医院と住居の玄関を兼ねていたと思われます。
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岡山で明治・大正期に建てられた洋風住宅はそれほど多くはありません。和気の町は当時も地方の小さな町でしたが、この洋館は早期に都市化の進んだ岡山市や倉敷市でもあまり見る事のなかった本格的な洋館でした。
築後90年を経た今もこの美しい建物は町のランドマークとして存在感を示しています。
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by sunshine-works | 2009-08-09 01:54 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2009年 08月 05日
旧神崎郡役所
福崎の近代建築その2

福崎の中心として栄えた辻川にはもう一つの近代建築、旧神崎郡役所が現存しています。現在は歴史民族資料館として公開されているこの建物は明治19年に神西郡・神東郡役所として建てられました。
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ポーチの上にバルコニーを設けた2層式の玄関とギリシア神殿風のオーダー柱が特徴です。現存する兵庫県内の郡役所としては他に旧七美郡役所や旧出石郡役所、旧三原郡役所等があり、この神崎郡役所が唯一2層式の玄関を持っていますが、玄関の違いを除けばこれらの建物は殆ど同じ造りに見えます。おそらくは統一の規格に従って設計されたものと推測されます。
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玄関の左右に各2本のオーダー柱が並び、三角ペディメントを配した当時の役所等に多く見られるデザインです。柱は1階部分が角柱、2階部分が丸柱になっています。
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玄関周りの詳細
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この建物は郡制が廃止される大正15年まで郡役所として使用され、その後も公共機関の施設に使われました。老朽化により解体も検討されましたが、昭和57年に地元に寄贈され、移築の後に資料館となりました。
このあたりの状況も現存する県内の他の郡役所と良く似た経緯を辿っています。
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建物側面と裏側。
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少し高い位置から側面を窺います。桟瓦の屋根は如何にも偽洋風らしい趣です。
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都市部に建てられる県庁や市役所と異なり、郡役所や町村役場は地域の近代建築の先駆として大きな役割を果たしていました。地元の大工や職人達は初めて手がけたこれら建物によって洋風建築を学び、従来の和風建築に取り入れていきました。都市部でも洋風建築物は中心街の一部に見られる程度だった明治19年に、これだけの建物を建てた地元の棟梁の技能は高く評価されるべきものです。
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by sunshine-works | 2009-08-05 21:18 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2009年 08月 01日
旧辻川郵便局
福崎の近代建築その1

姫路の北に位置する神崎郡福崎町は但馬と結ぶ北播磨の交通の要衝として発展した町です。明治期には生野鉱山の銀を姫路へ運ぶ「銀の馬車道」の経由地となりました。この町の中心部に木造の古い旧郵便局舎が残っています。この建物は辻川郵便局(後に福崎郵便局に改称)として大正11年に建てられました。
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福崎には明治15年に最初の郵便局が開設されたとの記録があります。この局舎は特定郵便局長に任じられた大庄屋三木家が大正11年に自宅敷地に建てた新たな局舎で、以来郵便業務を昭和35年まで、電話交換業務を昭和42年まで行っていました。
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木造下見板張、2階建てのいわゆる偽洋風建物です。軒先や玄関庇に施された瓔珞(軒飾り)や玄関廻りの彫刻が意匠的な特徴です。
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築後90年を経過し、郵便局の役目を終えてからも40年以上の年月を経ていますが、殆ど当時のままの状態で残されているのは驚くべきことです。
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1階、2階ともすべての窓は上げ下げ窓になっています。木製の窓枠も当時そのままの状態です。
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現在、この建物は使われることのないまま、町の景観の一部となっています。素晴らしい建物だけに、内部を公開して有効な観光資源に活用出来そうですが、いかがなものでしょうか。
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by sunshine-works | 2009-08-01 01:49 | 近代建築 | Trackback | Comments(2)