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2009年 07月 28日
日本イエス・キリスト教団香登教会
岡山県備前市の近代建築その6

備前市の西部、旧西国街道沿いの町 香登(かがと)は、江戸時代には醤油醸造や鉄漿の産地として栄え、現在も土蔵や旧家が並ぶ風情ある町並みが残されています。この一角に建つ日本イエス・キリスト教団香登教会は大正12年に建てられた現役の教会堂です。設計:桜庭駒五郎
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全体を白く塗られた下見板貼の美しい木造教会です。
正面入口にガラスの庇が設けられたり、各窓がサッシに取り替えられたりしていますが、主要な部分は創建時の状態が良く残されています。
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この窓は不自然に板で塞がれているように見えます。改修前は枠に沿ってガラス窓が嵌っていたと思われます。
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建物の左に寄せて三層の塔が聳えます。
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設計者の桜庭駒五郎は青森県では有名な設計者(クリスチャン棟梁とも呼ばれています)で、弘前を中心に多くの宗教施設を手掛けましたが、岡山県津山市の基督教図書館の設計者としても知られています。(この教会は津山基督教図書館を手掛ける直前の作品にあたります)
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ノートルダム寺院を模したと言われる桜庭駒五郎の代表作 弘前教会堂に比べると全体的に控えめです。規模を小さくして装飾を簡素化したようなイメージですが、側面のバットレスの形状や、塔の頂部の装飾(三角屋根の在る無しは別にして)等は非常に良く似たデザインになっています。
参考サイト
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このような古い木造教会が数多く残っているのも岡山の近代建築の特徴です。
小規模な教会堂ばかりですが、何れも歴史ある町の中でしっかりとその存在感を示しています。
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by sunshine-works | 2009-07-28 20:52 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2009年 07月 24日
旧閑谷中学校本館
岡山県備前市の近代建築その5

JR山陽本線吉永駅から南へ、深い山の中に備前藩が開いた庶民教育の学校が閑谷学校です。この地には国宝の講堂や重要文化財に指定されている当時の建物がそのまま残っているのですが、敷地の一角には明治期に建てられた旧閑谷中学校の校舎も現存しています。現在資料館として使われているこの建物は明治38年、県の技師である江川三郎八の設計により建てられました。
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藩校として長い間庶民教育を担っていた閑谷学校も、廃藩と同時に一旦閉鎖となるのですが、明治6年に私立の教育所として再開されます。明治36年には旧制中学校に改変され、明治38年、旧学房跡地に新校舎が竣工します。
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木造2階建て下見板貼り、玄関のある中央部分から左右に両翼が伸びるコの字型の構造となっています。
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江川三郎八は福島県から招かれて岡山で活躍した設計者です。県下に残る木造の学校や庁舎には江川三郎八が手がけた物、あるいはその影響を受けた物が非常に多く、独特の様式は「江川式」と呼ばれています。
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校舎の外周に沿って一回り
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学校建築ならではの大きな窓が美しく並びます。天井の高さまで取られた窓によって採光や通風に十分な配慮がされています。
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この玄関から内へ入ります
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教育県と評される岡山県民の気質を育てた閑谷学校の精神を受け継ぐこの中学校は、戦後は新制高校に改変され、やがて昭和39年に閉校となります。その後は閑谷学校関連の資料を展示する施設として使われています。
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こちらが国宝に指定されている閑谷学校の講堂です。
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古い木造校舎が数多く残る岡山県の中でも、明治期の中学校校舎で現存する建物となるとそう多くはありません。その後県内各地に建てられる木造校舎の基本形となったこの建物は、当時の岡山の学校建築の水準の高さを今に伝えています。
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by sunshine-works | 2009-07-24 21:52 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2009年 07月 20日
三国郵便局
岡山県備前市の近代建築その4

三石から幾つもの峠を越えて北方向へ、山の中の小さな集落に古い郵便局が建っています。昭和12年に建てられたこの建物は木造の局舎としては数少ない戦前築の現役郵便局です。
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備前市の北端、美作との国境に位置するこのあたりは、古くは山岳仏教の拠点として栄えた歴史を持つ程に山深い地です。日本の原風景さながら、のどかな景色が広がる山村の集落の中に平屋の局舎が建っています。
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この付近は集落の中心部と言えなくもないのですが、商店や公共施設が並んでいる訳でもなく、郵便局だけが畑の中にポツンと建っている、と言った方が正しいかもしれません。薄いピンク色に塗られた局舎が美しい景色に溶け込んでいます。
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築後70年を過ぎた建物なのですが、現役局舎だけに手入れが行き届き、然程古さを感じさせません。見慣れたJPのオレンジ色のマークや郵貯ATMの看板が何の違和感もなく付いています。
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ATMコーナーが設置されたり、エアコンが取り付けられたりはしていますが、基本的には竣工時の状態から殆ど変わっていないと思われます。
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都市部から遠く離れた地域では、情報伝達や経済活動の媒介の殆どを郵便局が担っていました。地域と中枢をつなぐ窓口としての郵便局の役割は、今日とは比較にならないくらいに重要なものだったと思われます。
どこの集落も、その地の名士が郵便局長を勤め、地元の棟梁達が存分に手を掛けた偽洋風建物が局舎に充てられました。
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この様に古い木造の郵便局が現役で使われている例は全国でも数少なくなってしまいました。民営化によって合理化を迫られる中、そろそろ耐用年数を迎えるこれら局舎の今後がどうなるのか、非常に気がかりです。
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by sunshine-works | 2009-07-20 23:38 | 近代建築 | Trackback | Comments(1)
2009年 07月 16日
三石の町並
岡山県備前市の近代建築その3

煉瓦の町として発展を遂げた三石ですが、この地区の耐火煉瓦製造は戦後の高度経済成長の終焉に伴ってその勢いを減じ、その後の海外製品の台頭もあって現在の生産量は最盛期の3割にまで低下してしまいました。基幹産業の操業縮小によって現在の三石は寂しい町並みとなってしまいましたが、町のいたる所に往時の繁栄振りを偲ばせる古い建物が残っています。
今回は三石の市街に残る戦前築の建物の幾つかを紹介します。

<旧三石郵便局>
三石駅から西へ伸びるメインストリートに沿って商店や公共施設が並んでいます。栄えていた時代には多くの人々で賑わったであろう中心街の一角に、半ば朽ちかけた建物が残っています。この建物は、現在道の反対側で開局している三石郵便局の前局舎として使われていました。明治43年築。
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地方都市の中心街に数多く建てられた木造・モルタル構造の郵便局舎です。華美な装飾はありませんが玄関周りにはそれなりに意匠を施しています。
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この部分をよく見ると、側面に「三石」、正面側には「〒」が筋彫りされています。
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岡山県内の各都市には使われなくなった郵便局が取り壊されずに空き家のまま残っている例が多いのですが、どの局舎もここと同じ様に状態は芳しくありません。立地に恵まれているだけに、何らかの再利用方は無いものでしょうか。
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<旧三和銀行三石出張所>
旧郵便局をさらに西へ進むと銀行風の建物が現れます。現在は民間会社の事務所として使われているこの建物は三和銀行三石出張所、その後は中国銀行三石出張所として使われていました。昭和14年築。
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小規模な銀行建物ですが、如何にも銀行らしい装いです。中央の玄関部分と両横の窓が垂直方向に強調されたモダンなデザインです。現在の銀行建物でよく見かけるデザインですが、当時の地方都市ではまだ目新しい存在だったのではないでしょうか。
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<その他>
通りには耐火煉瓦関連の事業所が幾つも並んでいます。コーナーに設けられた入り口が特徴的な建物がありました。詳細は不明です。
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通りを折れて坂を上っていくとこのような古い建物や煉瓦壁が幾つも残っています。
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<三石耐火煉瓦>
駅の近くに建つ三石耐火煉瓦の工場事務所。この町の発展の基礎を築いた会社です。
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往時の賑わいは薄れてしまいましたが、この町の煉瓦工場は現在も操業を続けています。
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高い建物の無いこの町で、一際目立つ工場の煉瓦煙突は町のシンボルとなっています。
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by sunshine-works | 2009-07-16 20:35 | 近代建築 | Trackback | Comments(2)
2009年 07月 12日
三石尋常高等小学校講堂
岡山県備前市の近代建築その2

山陽本線の金剛川四連拱渠のすぐ傍に建つ三石小学校は明治5年に創立された古い歴史を持つ小学校です。校舎は戦後に建て替えられましたが、昭和12年に建てられた木造2階建ての講堂が現存しています。
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正門から坂を上って行くと、校庭の奥にこの講堂が見えてきます。小学校の講堂としては非常に大きく立派な作りです。
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この講堂が建てられた昭和12年当時、三石は耐火煉瓦製造で大きく発展を遂げていました。豊かな財政に支えられた町の中心施設に相応しい、堂々たる講堂です。
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4本の石柱で庇を支える玄関ポーチ。当時の学校建築によく見られるデザインですが、実際はこの玄関の奥の1階部分は倉庫となっており、2階に設けられた講堂へは脇の階段から出入りする構造になっています。
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2階の講堂に繋がる階段。
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側面には大きな窓とバットレスが並びます。
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赤瓦が美しい大きな寄棟屋根。
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斜面に建てられている関係で建物奥側は1層になっています。
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長野と並ぶ教育県として優れた学校建築が数多く建てられた岡山県ですが、山間の小さな町に建てられたこの立派な講堂からも教育に重きを置く県民性を伺うことができます。
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by sunshine-works | 2009-07-12 02:19 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2009年 07月 08日
山陽本線三石煉瓦拱渠群
岡山県備前市の近代建築その1

県境の船坂峠を抜け、最初の岡山側の駅が山陽本線三石駅です。山間の小さな町だった三石はこの地に産する蝋石を基にした耐火煉瓦の生産地として明治中期に大きく発展します。この三石駅付近には地元産の煉瓦で築かれた明治期の古い拱渠(築堤が道路や川を跨ぐトンネル)が6箇所残っています。
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三石駅から次の吉永駅に向かう約1kmに亘って大小様々な規模の煉瓦拱渠が点在しています。
この中で最大規模のものが、金剛川を跨ぐこの4連アーチの拱渠です。中央2連を金剛川が流れ、両脇は道路トンネルになっています。
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現在のJR山陽本線の前身、旧山陽鉄道開通時の明治23年に現在の下り線側が、複線化工事に伴い明治44年に現在の上り線側が築かれました。
この拱渠は下り線側と上り線側で使用されている煉瓦の種類が異なります。下り線側はこのようにオーソドックスな赤レンガが使用されています。
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各アーチの基部に付けられた花崗岩の隅石。
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後年に追加された上り線側。焼過煉瓦と呼ばれる濃色の煉瓦が使われています。煉瓦の変遷からすると、明治後期に焼過煉瓦は赤煉瓦に取って代わられる事になるのですが、三石の拱渠では後年に築かれた方に焼過煉瓦が使われています。
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金剛川の4連アーチの西側には小規模な拱渠が続きます。
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このへんになると頭が閊えそうなくらい小さなトンネルです。
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こちらは比較的大きな拱渠。
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旧山陽鉄道の橋脚には煉瓦を用いた物が多いのですが、ふんだんに煉瓦を用いた拱渠がこれだけの規模で築かれたのも煉瓦で栄えた町ならではの事でしょう。
この三石周辺の煉瓦拱渠群は当時の姿をそのまま残す資料的価値の高いものとして、土木学会選奨土木遺産に指定されています。
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by sunshine-works | 2009-07-08 21:07 | 近代建築 | Trackback | Comments(2)
2009年 07月 04日
岡山の近代建築
尼崎を振出しに兵庫県を西へ辿って赤穂まで進んで来た近代建築探訪の旅、今回から県境を越えて岡山県に入ります。と言っても兵庫県の内陸部から日本海側が手付かずとなっていますので、当面は兵庫と岡山の探訪を平行して進めて行きたいと思います。

早期に近代化が進み、都市型の近代建築が豊富な兵庫県と異なり、地域の生活に密着した建物が数多く残っているのが岡山の近代建築の特徴です。著名な建築家による建物は少なく、大規模な事務所ビルや洋風住宅も僅かな数しかありません。しかし、木造の教会や小学校校舎、町村役場、郵便局と言った町角の近代建築については兵庫県を大きく凌ぐ数が現存しています。

旧・遷喬尋常小学校
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日本基督教団笠岡教会
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呼松郵便局
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旧山田村役場
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岡山の近代建築の魅力のもう一つは、各地に残る近代土木遺産の数々です。
高梁川や旭川に掛けられた鉄やコンクリート製の橋梁、児島湾の干拓遺産、ローカル線区の鉄道施設、水力発電所等、豊かな自然と一体となった美しい景観は見どころ満点です。

田井橋
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児島湾3号樋門
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津山駅扇形機関庫
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その他、銀行や事務所。岡山市には軍施設も残っています。

旧妹尾銀行林野支店
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旧浅越商店社屋
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旧第17師団門衛所
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ローカルな魅力たっぷりの岡山の近代建築探訪、次回より備前地区から巡っていきます。ご期待下さい。

by sunshine-works | 2009-07-04 13:58 | 近代建築 | Trackback | Comments(2)