<   2009年 06月 ( 7 )   > この月の画像一覧

2009年 06月 28日
旧赤穂塩務局庁舎
赤穂の近代建築

兵庫県の最西部、赤穂は古来より塩の産地として知られた地でした。現在は赤穂市民族資料館として使われているこの建物は赤穂塩務局として明治41年に建てられました。
f0116479_21332060.jpg

明治38年に施行された塩専売法に伴い全国の塩産地に塩務局庁舎が建てられましたが、この建物は規模や豪華さに於いて、さすが大産地赤穂の庁舎と言った風格があります。木造下見板張、細部に和の意匠が混ざり合った偽洋風の建物です。
f0116479_21372558.jpg

f0116479_21374554.jpg

f0116479_21381594.jpg

f0116479_21383360.jpg

f0116479_21385231.jpg

f0116479_21392088.jpg

f0116479_21395049.jpg

f0116479_21401253.jpg

正面側の詳細をもう少し
f0116479_21533011.jpg

f0116479_21535026.jpg

f0116479_21543149.jpg

f0116479_21545277.jpg

ギリシア式のオーダー柱を配した玄関。窓のグリルも非常に手の込んだ物です。
f0116479_21445643.jpg

f0116479_21452179.jpg

f0116479_21454055.jpg

f0116479_214559100.jpg

f0116479_21461971.jpg

f0116479_21464897.jpg

f0116479_21471076.jpg

f0116479_21473318.jpg

f0116479_21524993.jpg

f0116479_214752100.jpg

f0116479_21481244.jpg

現在の入り口となっている右側玄関から中へ。館内は民族資料館として公開されています。
f0116479_2222763.jpg

f0116479_2224695.jpg

f0116479_223124.jpg

f0116479_2233011.jpg

f0116479_2235198.jpg

f0116479_2241292.jpg

f0116479_2243216.jpg

f0116479_2245180.jpg

f0116479_225183.jpg

f0116479_2254723.jpg

f0116479_2261341.jpg

f0116479_2264185.jpg

この建物に特徴的なのがハンマービームと呼ばれる構造です。壁から突き出た梁から伸びた桁材で上層の梁を支えます。
f0116479_2214425.jpg

f0116479_22142518.jpg

f0116479_2214455.jpg

建物裏手からの眺めです。
f0116479_22172291.jpg

f0116479_22174463.jpg

f0116479_2218523.jpg

本館の裏手には煉瓦の書庫と木造の塩倉庫も現存しています。
f0116479_22183449.jpg

f0116479_22185549.jpg

f0116479_22191651.jpg

f0116479_22193723.jpg

f0116479_2219557.jpg

f0116479_22201343.jpg

f0116479_22203376.jpg

全国の塩産地の中でも特上品だった赤穂の塩業も、やがて機械式製塩法の普及によってその地位は失われてしまいますが、今なお残るこの素晴らしい庁舎はかつてこの地が日本の製塩業の中心地だった事を後世に伝えています。
f0116479_23525597.jpg


by sunshine-works | 2009-06-28 23:52 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2009年 06月 24日
旧龍野醤油醸造組合本館(うすくち龍野醤油資料館別館)
龍野の近代建築その2

うすくち龍野醤油資料館(旧菊一醤油本社建物)の近くに、同資料館別館が建っています。この建物は大正13年に旧龍野醤油醸造組合の事務所として建てられたものです。
f0116479_2035640.jpg

木造モルタル造、外壁には煉瓦タイルが貼られています。石柱で飾られた玄関ポーチや軒のテラコッタ、2階の大きなアーチ窓、垂直ラインの強調表現等、手の込んだ装飾が美しい建物です。
f0116479_2043787.jpg

f0116479_2045160.jpg

f0116479_206777.jpg

f0116479_20545.jpg

f0116479_2051791.jpg

f0116479_20232940.jpg

f0116479_20264461.jpg

f0116479_2063581.jpg

f0116479_2064819.jpg

敷き詰められたタイルが美しい玄関部分。
f0116479_2082881.jpg

f0116479_207261.jpg

f0116479_2073811.jpg

f0116479_2075194.jpg

f0116479_208470.jpg

f0116479_2081741.jpg

f0116479_2083837.jpg

玄関の上部はスクラッチタイル貼りです。後年に増築された部分なのでしょうか?
f0116479_2091480.jpg

f0116479_209291.jpg

f0116479_2085965.jpg

装飾豊かな正面と比べると、裏面はこのようにまったく飾り気がありません。まるで別の建物のようです。
f0116479_2094976.jpg

f0116479_2095928.jpg

f0116479_20101110.jpg

館内には醤油に関する資料や器具が展示されています。
f0116479_20102918.jpg

f0116479_20105781.jpg

f0116479_20104279.jpg

f0116479_20111532.jpg

f0116479_20112868.jpg

f0116479_20114292.jpg

f0116479_20115636.jpg

f0116479_2012103.jpg

古い町並みに建てられたモダンな醤油醸造組合の建物は、長い間、醤油の町龍野のシンボル的存在でした。昭和48年に組合事務所が移転した後は醤油資料館別館として使われています。町の発展を支えてきたこの由緒ある建物にとって、まさにうってつけの利用方ではないでしょうか。
f0116479_20122791.jpg


by sunshine-works | 2009-06-24 21:10 | 近代建築 | Trackback | Comments(1)
2009年 06月 20日
旧菊一醤油本社(うすくち龍野醤油資料館)
龍野の近代建築その1

姫路からJR姫新線で北西へ25分、旧龍野藩の城下町だった本竜野は現在も古い町家や武家屋敷が残る歴史ある街です。播磨の小京都と呼ばれる龍野は醤油の産地としても有名で、関西特有のうすくち醤油発祥の地とされています。現在も多くの醤油工場が残るこの龍野の古い町並みに旧醤油会社の建物を利用した資料館が開かれています。この建物は、ヒガシマル醤油の前身である菊一醤油造合資会社の社屋として昭和7年に建てられました。
f0116479_17294121.jpg

煉瓦造りに見えますが、木造モルタルに石とタイルを貼っています。1階に並ぶ二つの大きなアーチや軒のメダリオンが印象的なセッセション風のデザインです。
f0116479_17422971.jpg

f0116479_17424388.jpg

f0116479_17425610.jpg

f0116479_1750374.jpg

f0116479_18162118.jpg

f0116479_1743255.jpg

大きな窓の内側です。柔らかな日差しが注ぎます。
f0116479_1873946.jpg

f0116479_1882185.jpg

f0116479_1875571.jpg

f0116479_188984.jpg

この建物の向かい側にも同社の旧社屋が建っています。意匠は異なりますがこれも昭和初期の築と思われます。
f0116479_18104566.jpg

f0116479_18114119.jpg

f0116479_1811869.jpg

f0116479_18112342.jpg

全国に小京都と呼ばれる古い城下町は数多くありますが、中でも龍野の町並みは他を抜きん出てすばらしいものがあります。コンビ二もファストフード店も無く、古い日本家屋が並ぶ中に異彩を放つ洋風建物ですが、しっくり馴染んでいるように見えるのも不思議な気がします。
f0116479_18124355.jpg


by sunshine-works | 2009-06-20 19:20 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2009年 06月 16日
相坂隧道
姫路の近代建築その17

姫路の北部、県道80号線の山中に大正時代に掘られた煉瓦造りのトンネルが現用施設として使われています。大正10年に竣工したこの相坂隧道は地元の香呂村の事業として村民の手作業によって築かれました。
f0116479_19465927.jpg

播州平野の中心都市として栄えた姫路の町ですが、合併によって広がった市域の北部は丘陵地帯がその大半を占めています。道路や鉄道が整備された今日では姫路中心部からこれらの地域まで短時間で往来が可能ですが、以前は険しい峠道を幾つも越えていく大変な苦労が伴いました。
当時の村民にとって交通路の整備は何よりも切実な願いでした。
f0116479_1948689.jpg

f0116479_19482364.jpg

セメントの使用を抑えて煉瓦を多用しています。地方の小規模なトンネルなのですが、手の込んだ装飾が見事です。
f0116479_1958544.jpg

f0116479_1959611.jpg

自動車1台がやっと通れる位の狭いトンネルです。当然歩道などありません。
f0116479_19502947.jpg

f0116479_19504111.jpg

f0116479_2016968.jpg

f0116479_2033591.jpg

部分的に補修されている跡もありますが大部分は俊工事のままと思われます。
f0116479_19532727.jpg

f0116479_19534336.jpg

全長約70メートル、1分もかからず反対側へ抜けます。こちらは西面の様子です。
f0116479_207265.jpg

f0116479_2071940.jpg

f0116479_2074791.jpg

f0116479_208210.jpg

このトンネルが掘られた経緯についてはこちらの記事が参考になります。小さな村にとって相当な財政負担だったようですが、もたらされた恩恵はそれを上回るものでした。
f0116479_2073472.jpg


by sunshine-works | 2009-06-16 20:25 | 近代建築 | Trackback | Comments(2)
2009年 06月 12日
山陽本線市川橋梁
姫路の近代建築その16

西へ向かうJR山陽本線は姫路市街に差し掛かる手前で大きな川を渡ります。この山陽本線市川橋梁は、国有化される前の旧山陽鉄道時代の明治23年に掛けられました。
f0116479_20351585.jpg

川自体の幅はそれほど広くはないのですが、両岸の川原がかなり広く、橋の長さは550メートルもあります。煉瓦の橋脚に鋼製の橋桁を乗せていくシンプルな構造ゆえに見た目は地味な印象ですが、竣工当時のままの煉瓦橋脚が自然と一体となったすばらしい景観を織り成しています。
f0116479_20361323.jpg

f0116479_20374160.jpg

f0116479_2039977.jpg

兵庫駅を基点に敷設が進められた山陽鉄道は明治21年にまず明石まで開通します。兵庫-明石間は市街地が続き比較的平坦だったのですが、明石から西への延伸では加古川、市川、揖保川と順次大きな川を渡る事となります。西へ向かうにつれて大規模な工事の連続となり、民営企業だった山陽鉄道にとって大きな負担となった事と思われます。この橋が構造が簡単な桁橋で掛けられた大きな理由は経済性に優れた為と言われています。
*参考:神戸新聞
f0116479_20384060.jpg

ほぼ竣工当時のままの橋脚部分に比べると橋桁部分はその後に交換された物が多いのですが、竣工時の桁も残っているようです。とはいえ、後年の物も同じような規格で作られているので一見しただけでは区別がつきません。
f0116479_2195020.jpg

f0116479_20432637.jpg

f0116479_20434328.jpg

f0116479_2192583.jpg
f0116479_20443087.jpg

f0116479_20464618.jpg

f0116479_2044513.jpg

f0116479_20435780.jpg

f0116479_20462433.jpg

f0116479_204668.jpg

狭い間隔で林立する煉瓦橋脚が桁下に延々と続きます。
f0116479_20505960.jpg

f0116479_20513534.jpg

f0116479_20514965.jpg

f0116479_2052549.jpg

f0116479_20522573.jpg

f0116479_20511733.jpg

流れも緩やかで浅い川です。上流側の尖った部分は水流を分ける「水切り」と言うそうです。
f0116479_2054247.jpg

f0116479_20544268.jpg

f0116479_20545597.jpg

明治21年に姫路まで伸びた山陽鉄道は、その13年後に下関まで開通します。この後、姫路以西には更に大きな橋が掛けられていきますが、この市川橋梁の技術はその後の山陽鉄道の架橋の雛形として活かされる事となります。
f0116479_21212841.jpg


by sunshine-works | 2009-06-12 21:39 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2009年 06月 08日
網干商工会館
姫路の近代建築その15

網干の中心部から西へ、揖保川沿いの通りに面してモダンな建物が見えてきます。この建物は網干商工同友会の施設として昭和15年に建てられました。
f0116479_19344433.jpg

一見すると見落としてしまいそうな建物ですが、タイルで飾られた柱や腰周りに貼られたスクラッチタイル、2階の丸窓、玄関上のバルコニー、側壁を覆う蔦、赤い瓦屋根等々、只ならぬ気配を感じさせる建物です。
窓枠はサッシに変えられていますが、その他各部はおそらく竣工時のまま、色褪せ加減がちょうど良い風合いを醸しています。
f0116479_19541277.jpg

f0116479_19542214.jpg

f0116479_19543326.jpg

f0116479_1954599.jpg

玄関の柱は全面にタイルが貼られています。
f0116479_1957136.jpg

f0116479_19572393.jpg

f0116479_1954478.jpg

f0116479_19573648.jpg

空襲の被害を受けなかった網干は古い町並みが戦後も残されました。都市化の波も緩やかだった為に町全体に古き時代の雰囲気が色濃く残っており、このような施設が現役で使われている事に何の不思議も感じさせません。
f0116479_1957474.jpg

1階正面外壁のスクラッチタイル
f0116479_2011114.jpg

壁面はびっしりと蔦で覆われています。特に北側は窓を塞ぐほどに茂っています。
f0116479_2072513.jpg

f0116479_2073626.jpg

f0116479_2075276.jpg

残念ながら中を見ることはできませんでした。ガラス漉しに内部を一枚。
f0116479_20264357.jpg

大都市でも地方都市でも、いわゆる「商工会」の建物は様々に意匠を凝らした物が多いようです。網干は然程大きな町ではなかったのですが、都会にひけを取らないこのモダンな商工会館が建った背景に当時の網干の勢いを感じます。
f0116479_20233336.jpg


by sunshine-works | 2009-06-08 21:11 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2009年 06月 04日
旧赤穂塩務局網干出張所
姫路の近代建築その14

兵庫県の瀬戸内海沿岸地域は古代から製塩業が発達した地でした。入浜式製塩に欠かせない条件である乾燥した気候と遠浅の海岸線に恵まれた姫路にも多くの塩田が作られ、県内では赤穂と並ぶ塩の主産地となっていました。これらの塩田施設は、近代製塩技術の発達によって姿を消してしまいましたが、唯一当時の名残を示す建物が現存しています。現在は民間企業の社屋として使われているこの建物は、赤穂塩務局網干出張所として明治後期に建てられたものです。設計:大蔵省営繕課
f0116479_19254825.jpg

この建物の築年については資料が乏しく詳細は不明ですが、明治38年の塩の専売化に伴って全国の主要な塩産地に塩務局が設置されて行った時期の物と思われます。
f0116479_19244874.jpg

飾り気の無い、あっさりした印象の建物です。屋根に設けられた通風窓や入口庇の装飾表現がアクセントとなっていますが、いかにもこの時代の地方役場といった風情です。
f0116479_19261273.jpg

f0116479_1928152.jpg

f0116479_19282548.jpg

f0116479_1928364.jpg

f0116479_19284691.jpg

建物の左右に入口が設けられています。こちらが主玄関と思われます。
f0116479_19313995.jpg

f0116479_19315233.jpg

f0116479_193254.jpg

建物側面。妻部分のアーチ型の換気口が良い雰囲気です。
f0116479_19333097.jpg

全国の塩田地帯に建てられた旧塩務局の局舎ですが、専売制度が廃止されて10年以上を経た今日も転用されて生き永らえている建物が幾つか残っています。
明治時代の木造建物を現用施設として使い続ける手間隙は大変な事とは思いますが、この建物等は殆ど当時のままの姿が保たれており、建築資料的価値は相当高いと思われます。赤穂の旧塩務局は別格として、このように小規模な局舎も各地の製塩の歴史を留める意味からも、積極的に保護していくべきではないでしょうか。
f0116479_2065764.jpg


by sunshine-works | 2009-06-04 20:49 | 近代建築 | Trackback | Comments(2)