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2008年 12月 27日
旧兵庫農工銀行洲本支店(淡路信用金庫洲本本町支店)
淡路島の近代建築その5

洲本市の中心街、本町通りの一角にピンク色に塗られた古びた銀行が建っています。この建物は旧兵庫農工銀行の洲本支店として昭和10年に建てられました。設計:国枝博
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特殊銀行として全国に設立された農工銀行はやがて勧業銀行に統合され現在のみずほ銀行へ繋がります。兵庫農工銀行洲本支店も竣工後まもなく勧業銀行洲本支店と改められました。この勧業銀行も戦後に撤退し昭和28年からは淡路信用金庫の本店建物に転用されました。
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若干の手直しはされていますが竣工時の姿を良く留めています。古典様式に則ったこの時代の銀行建築の一般的な特徴を備えています。
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現在アーケードとなっている南側が正面です。玄関両脇にオーダー柱が添えられ、入口上部は三角ペディメントで飾られています。
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東側にはオーダー柱はありません。入口も控えめな造りです。この面にはアーケード屋根がない為に軒の装飾や壁面のレリーフが良く見てとれます。
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窓枠は換えられているようですが面格子は当時のものと思われます。
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洲本の中心部であるこの周辺は明治以降多くの商業施設が建ち並びましたが、現存する戦前の建造物は数える程になってしまいました。連絡船で結ばれていたとは言え現在ほど交通アクセスが整備されていなかった当時、明石海峡を隔てた島嶼の一都市がこのような立派な銀行建築が建てられる程に繁栄していた事を今に伝える建物です。
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by sunshine-works | 2008-12-27 05:50 | 近代建築 | Trackback | Comments(2)
2008年 12月 23日
旧鐘淵紡績洲本工場施設その2
淡路島の近代建築その4

前回に引き続いて旧鐘淵紡績洲本工場の2回目をお送りします。
今回はこの一帯に残る4つの旧工場建物のうちの北側(かっての工場敷地の奥側)に位置する建物を紹介します。

洲本アルチザンスクエアの名称で商業テナントと文化施設が入居する複合ビルとして使用されているこの建物は旧紡績工場及び旧気缶室を再利用したものです。
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この部分は前回紹介した建物と同じく旧気缶室だった建物です。前方部分を残して後ろ側に新造部分を繋いでいます。
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建物から伸ばされたゲートは旧紡績工場の壁面を利用しています。
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建物内側です。旧建物の壁面が随所に残されています。
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アルチザンスクエアの隣には洲本市立図書館が並びます。この建物も旧紡績工場の壁面を利用しています。
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図書館入口に聳えるこの四角い構造物は塵突と呼ばれる埃や繊維屑を排出する設備です。
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少し離れた場所には旧原綿倉庫だった建物が残っています。一時期 美術館として利用されていましたが現在は閉鎖されています。
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淡路島最大の工場だった鐘淵紡績の存在によって洲本市は企業城下町として発展していきました。地域経済に大きく貢献したこの工場はその役割を終えましたが、中心施設として再び街のシンボルとなっています。
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by sunshine-works | 2008-12-23 08:34 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2008年 12月 18日
旧鐘淵紡績洲本工場施設その1
淡路島の近代建築その3

戦国時代に築かれた洲本城の城下町だった洲本の街は淡路島の産業・文化の中心として栄えました。明治以降に進出した近代産業もこの洲本がその始まりとなりました。明治後期には洲本川河口の埋立地に鐘淵紡績の工場が築かれ、以来昭和60年代初頭まで淡路島最大の事業所として操業が続けられていました。その後この広大な工場跡地にはショッピングセンターやバスセンターが設けられ公共空間として再生されましたが、中央の一角には紡績工場時代の建物が数棟残されています。今回と次回に分けて現存するこれらの煉瓦建物を紹介して行きます。
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大正5年築、紡績工場の気缶室だった建物です。現在はレストランと物産の直売所になっています。
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2階部分に入り口を設けた特殊な造りです。ボイラーが設置されていた棟と思われます。
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窓は付け替えられていますが、煉瓦壁は当時のままです。
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隣り合った2つの棟が組み合わさった複雑な構造になっています。
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建物裏側です。
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周辺は市民広場として旧工場建物を利用した公共施設や観光施設に活用されています。古い建物と広大な敷地を活かした旧工場施設ならではの優れた再生事例となっています。
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by sunshine-works | 2008-12-18 21:43 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2008年 12月 13日
塩屋橋
淡路島の近代建築その2

県立淡路島公園内の昭和池に架けられているこの3連アーチのトラス橋は元々は淡路島の洲本市を流れる洲本川に架けられた橋でした。竣工:大正7年、兵庫県で最初の鋼橋と言われています。
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洲本川の下流、洲本の中心街に近い塩屋に架けらた橋でしたが、昭和33年に上流側に新しい橋が架けられた際に兵庫県美方郡に移設され戸田橋として昭和57年まで使用されました。その後再び淡路島に戻りこの公園で人道橋として利用されています。
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緑豊かな公園の人造湖を渡る橋です。人道橋に改装された際に木の路床と手すりが加えられています。移設されたのはトラス部分なので橋脚は後年のものです。竣工時は6連のトラス橋でしたが移設時に分割され、現在は3連のみ現存しています。

橋の南詰から北へ渡ってみます。
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L字鋼をリベットで接合したこの時代の一般的な工法です。
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橋の北詰から南側の眺めです
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建築物と異なり、このような鋼製の橋は他の場所へ移設されその後も使い続けられる例が多くありました。分解や移送が容易で組み立ても比較的楽である事や構造や強度に応じて用途を軽減して行けば相応に転用出来る事がその理由でしょうか。架け替えに際しこのように移設・流用される橋が近年少なくなっているのは些か残念な事です。
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by sunshine-works | 2008-12-13 19:16 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2008年 12月 09日
江崎灯台
淡路島の近代建築その1

舞子から明石海峡大橋で4キロ程、ほんの数分で対岸の淡路島へ到着します。阪神間を西へ辿って来た近代建築Watch、今回からは明石海峡を渡って淡路島を探訪します。
淡路島は瀬戸内海最大の島で人口約15万人、京・大阪に近く四国への経路でもあった為に古くから文化や産業が栄えました。明治以降は近代産業も進出し島内には多くの近代化遺産が残っています。
淡路島の近代建築その1は我が国の洋式灯台黎明期に築かれた灯台を紹介します。
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開国後に欧米諸国と結ばれた条約に基づいて全国に設置された条約灯台の一つとして明治4年に建てられました。現存する石造灯台としては3番目に古い灯台です。設計は日本の灯台の父として知られるリチャード・ブラントンです。
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淡路島の北岸、瀬戸内海で最も多くの船舶が通行する明石海峡の要にあたる場所に設けられています。灯台自体の高さとしては3階建ての建物程度ですが、小高い丘の上に設置されている為に海面からはかなりの高さがあります。
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瀬戸内海をバックに純白に塗られた灯台が際立ちます。装飾的な要素はありませんが独特の機能美は灯台ならではのものです。
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江崎灯台は明治4年の設置以降長い間海峡の安全を守って来ました。現在その役割は近くに設置された大阪湾海上交通センターに移管されていますが、この灯台は我が国が近代国家の第一歩として手掛けた灯台事業の記念碑的存在でもあります。
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by sunshine-works | 2008-12-09 22:49 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2008年 12月 05日
移情閣
神戸垂水区の近代建築その4

明石海峡を望む舞子公園に薄緑色に塗られた八角形の楼閣が建っています。この楼閣とその隣に建つ洋館は明治~大正期に活躍した中国人貿易商 呉錦堂氏の別荘でした。現在は呉錦堂氏と所縁の深い孫文の記念館として公開されています。楼閣部分は大正4年、洋館は明治20年代の築とされています。
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もともとはこの場所から200メートル程離れた場所に建っていましたが、明石海峡大橋の工事に伴って移築されています。*建物詳細はこちらに詳しく掲載されています。
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広い芝生広場から北側を望みます。二つの建物は寄り添う様に並んでいます。
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楼閣1階の出入口
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側面を回って建物南側へ
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敷地の外から南面を眺めます
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下から見上げると大きな建物である事を実感します。
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洋館南面のクローズアップ
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楼閣の各窓はこのような頑丈な鉄製の窓蓋が付いています。
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公開施設なので館内も自由に見学できます。こちらは楼閣の内部。8角形である事が良く判ります。
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洋館部分から楼閣を結ぶ階段
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海に面したガラス貼りのテラスから望む明石海峡大橋のダイナミックな景色。淡路島はすぐそこです。
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かってこの付近は多くの別荘や旅館が並ぶ海辺の景勝地でしたが、当時建てられた中で現存しているのはこの建物のみとなってしまいました。
孫文所縁のこの建物は近代の日中交流史の舞台となった貴重な文化遺産として記念館に生まれ変わりましたが、神戸発展の大きな力となった華僑の繁栄ぶりを偲ばせる貴重な建物でもあります。
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by sunshine-works | 2008-12-05 21:30 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2008年 12月 01日
旧日下部久太郎邸(舞子ホテル)
神戸垂水区の近代建築その3

舞子駅の北側の閑静な一角に現在はホテルとして使われている洋館が建っています。旧日下部汽船社長の日下部久太郎氏の別荘として大正4年に建てられました。設計者:不詳
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別荘兼迎賓館として使われていました。敷地には和館と洋館が並び、この洋館が主に接待施設となっていました。
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日下部汽船は日下部久太郎が一代で築いた中堅の海運会社でした。函館と神戸に拠点を構える同社は第一次大戦による海運景気で急成長しましたが、程なく破綻の憂き目を見ます。この建物が日下部久太郎氏の別荘として使われたのは実際には僅かな期間でした。

当時流行のセセッション様式の煉瓦造3階建て、表面は白タイルが貼られています。
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一部が半地下式となっています。建物に沿って掘り下げ、採光窓が設けられています。
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大きく突き出した庇とステンドグラスが据えられた玄関周り。
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ステンドグラスに描かれているのは淡路島を望む舞子浜の風景でしょうか。
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石とタイルで飾られた玄関ホール。
大きなアーチを4本の列柱で支える独特のデザインです。
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港を軸に栄えた神戸には海運業縁の近代建築が数多く残されていますが、海運業の衰退に伴って多くは所有者が変わってしまいました。この建物も日下部汽船の手を離れた後の昭和17年にホテルに転用され現在に至っています。
船成金と揶揄された海運バブル期の象徴的な建物ですが、各部に贅を凝らしたこの素晴らしい洋館からは往時の海運業の繁栄ぶりを窺うことが出来ます。
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by sunshine-works | 2008-12-01 22:39 | 近代建築 | Trackback(2) | Comments(2)