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2008年 11月 27日
福田橋
神戸垂水区の近代建築その2

塩屋から西へ1駅、垂水区の中心街JR垂水駅の傍を流れる福田川に2連アーチの橋が掛けられています。国道2号線の道路橋として大正15年に竣工し80年以上経た今も現役の橋です。
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中心街を南北に流れる福田川の河口近くに掛けられた橋です。福田川は他の神戸の川と同様にさほど大きな川ではありませんが、それでも河口に近いこの辺りは川幅も広く、豊かに水を湛えています。
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この時代に各地の都心に掛けられたコンクリート橋に多く見られるデザインです。緩やかに弧を描くアーチは貼石で飾られ、石の欄干の四隅には親柱と呼ばれる飾柱が添えられています。
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二つのアーチを繋ぐ橋脚部分にはこのような飾りが付けられています。
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それまで唯一の交通路だった国鉄山陽線に加え大正期に私鉄の山陽電鉄が開通、更に国道2号線が整備された事で垂水は急速に神戸都市圏に組み組まれていきます。主要国道に掛かる橋として今日も多くの車が行きかうこの橋は垂水の発展の礎となりました。
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by sunshine-works | 2008-11-27 23:55 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2008年 11月 24日
旧グッゲンハイム邸
神戸垂水区の近代建築その1

神戸市の西端、明石市に接する垂水区は三宮から電車で20分程の距離ですが、交通アクセスが整備されるまではあまり行き来の無い場所でした。神戸の中心部が開港を契機に都市化されていく中、この辺りにはまだ美しい砂浜沿いの長閑な風景が残り、農業や漁業を中心とした生活が営まれていました。
神戸の発展と拡大に伴い、この地の温暖少雨の恵まれた気候と白い砂浜の向こうに淡路島を望む美しい景色は、やがて別荘地・郊外住宅地として着目される事となります。中でも昭和5年に英国人ジェームズ氏が開発した塩屋の青山台周辺(ジェームズ山)は外国人向けの住宅地として分譲され、神戸西部を代表する高級住宅街となっていきました。
神戸垂水区の近代建築その1はジェームズ山の東に建つ洋館を紹介します。設計は北野の異人館街で多くの設計を手がけたA.N.ハンセルです。
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ドイツ人貿易商グッゲンハイム氏の邸宅として建てられました。塩屋の外国人住宅としては初期にあたる明治42年の築です。
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石段を上った先の門から前庭へ
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コロニアル様式と呼ばれる北野地区の多くの異人館と共通するデザインです。本来は開放式のベランダがガラス窓で塞がれているのも北野の異人館と同じです。
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建物西側。コロニアル様式に特徴的なベイウインドウはこの面に設けられています。
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円形に張り出した玄関ホール。2階ベランダと同じデザインの手摺が添えられています。
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玄関脇から建物南面に沿って石床のテラスが伸びます。
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この玄関扉から中へ
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玄関奥の階段から2階へ
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窓からは素晴らしい海の景色が広がります。
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この建物はその後数度所有者が変わる中で老朽が進み、一時は取り壊しの計画もあったそうですが、現在はこちらの事務局によって修復され各種の催しや見学会が催されています。塩屋に残る洋館のほとんどが非公開の中で貴重な公開物件として素晴らしい姿を見ることが出来ます。
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by sunshine-works | 2008-11-24 15:40 | 近代建築 | Trackback | Comments(4)
2008年 11月 19日
須磨観光ハウス
神戸須磨区の近代建築その3

源平合戦の古戦場として有名な一ノ谷は六甲山系の西の端に位置します。御料林だったこの周辺は昭和10年に須磨浦公園として開放され、以来海を望む緑豊かなリゾート施設として市民に親しまれています。
この公園の一角には一棟のヨーロッパ風の山荘が建っています。この建物は神戸市の迎賓施設として昭和13年に建てられました。
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木造3階建、ハーフティンバーと尖った切妻屋根が特徴的な建物です。スイスの山荘をモデルに建てられたそうです。
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素晴らしい景色と豊かな緑に囲まれたロッジです。
小規模な建物ですが、今ほどホテルが無かった当時は神戸を代表する高級宿泊施設でした。
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前庭に面した南面。石で飾られたアーチが並びます。
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西面の玄関。
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建物裏側から屋根を望みます。
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この建物が建てられた昭和13年当時、この様な高級ホテルはまだまだ一般市民には縁遠い存在でした。この種の施設を自治体自ら設ける事が出来た神戸市が相応の成熟を遂げていた事の証しとも言えます。
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by sunshine-works | 2008-11-19 22:40 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2008年 11月 15日
天神橋
神戸須磨区の近代建築その2

須磨区の海岸線に沿って東西に伸びる主要幹線 国道2号線とJR山陽本線。基点の大阪市内からずっとJR線の南を併行していた国道2号線は須磨駅に差しかかる手前で一旦北側へ出ます。今回はこの地点に架けられた古い跨線橋を紹介します。竣工:昭和2年
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並行する路線を緩やかに跨ぐ道路橋です。路盤が広く、交差する角度が小さいので跨線橋としては大きな橋となっています。橋の名は麓にある天満宮に因んで付けられました。
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橋の構造としてはポニータイドアーチと呼ばれる一般的な形式ですが、斜めに路線を跨いだ為に左右のアーチ位置が大きくずれているのが特徴です。
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橋は中央の鉄骨のアーチ橋と前後のコンクリート橋、戦後線路幅を拡げた際に中間に接がれた鋼製の橋の3つの部位で構成されています。
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道路取付部から中央アーチまでを結ぶRC部分。
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側面からの眺め
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建築物に比べて耐用年数が長い橋梁には長い年月を経て今も現役で活躍する施設が数多く残っています。この橋も築80年以上経た現在も主要幹線の要としての勤めを果たし、地域に欠かせない景観の一部となっています。
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by sunshine-works | 2008-11-15 23:53 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2008年 11月 11日
旧西尾類蔵邸
神戸須磨区の近代建築その1

近代建築Watch 今回から神戸市須磨区を巡ります。兵庫区・長田区は工業を中心に発展を遂げた区ですが、須磨区に入ると臨海部の工場は姿を消し、阪神間随一の海水浴場である須磨浦海岸や海浜公園に代表される自然の海岸線が残る風向明媚な景色が現れます。
須磨区南部は平安時代に開かれた須磨寺を中心に古くから栄えた地でしたが、明治21年に山陽鉄道が開通すると美しい風景と良好な交通アクセスを背景に神戸の郊外住宅地として整備されて行きます。更に大正3年に武庫離宮が造営されると、この地は高級住宅地としての地位を高め、多くの神戸財界人が移り住むようになります。国鉄須磨駅から武庫離宮へと続く離宮道沿いには多くの邸宅が建ち並んで行きました。
須磨区の近代建築探訪その1は離宮跡のすぐ脇に建つ美しい洋館を紹介します。
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木立に囲まれた広大な敷地に建つこの洋館は神戸の貿易商 西尾類蔵氏の邸宅として大正8年に建てられました。設計は関西を中心に活躍した設楽貞雄です。

これまで多くの洋館を見てきましたが、これ程広大な敷地を持ち、且つ大規模な建物は他に類を見ません。緑豊かで起伏のある敷地に建つこの館は西洋のシャトーを彷彿とさせます。
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煉瓦造地下1階地上2階建(一部3階建)、2階建てとは言え階高が高く大きな屋根を特徴とする個人邸としてはかなりの規模の館です。
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当時の先端デザインであるセセッション(分離派)に分類される様式です。様々な建築スタイルを手がけた設楽貞雄の作品の中でも群を抜く美しいデザインです。
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がっしりした石造アーチの玄関アプローチです。
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大理石の質感が素晴らしい玄関ホール
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玄関ホールの床タイルです
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この建物は戦後進駐軍に接収された後しばらくは荒れた状態となっていましたが、現在は高級レストランとして再生され館内も美しく復元されています。
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半地下式になっている勝手や納戸の窓からは庭が望めます
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かって座敷だった2階の広間。現在はテーブル式のレセプションルームとなっています。
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このような手の込んだ繊細な細工にもこの館の質の高さが窺えます。
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大きな鉄扉の先は玄関の上に設けられたバルコニー。
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多くの邸宅が並んでいた離宮道沿いですが、現在はその数も随分少なくなってしまいました。この建物も一時は行く末が危ぶまれていましたが素晴らしいレストランとウエディングホールとして再生されています。やはりこの種の建物にはこの用途が最適な様です。
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by sunshine-works | 2008-11-11 23:09 | 近代建築 | Trackback(1) | Comments(3)
2008年 11月 07日
旧二葉小学校
神戸長田区の近代建築その4

駒ヶ林の隣に位置するのが二葉町です。この地区を校区とした旧二葉小学校は統合によって廃校となってしまいましたが、学校創設時に建てられた校舎が現存しています。
昭和4年築、設計:神戸市営繕課。
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神戸市内には戦前に建てられた鉄筋コンクリート造の小学校が他にも数校残っていますが、この校舎の幾つものアーチ形が連なる優美な意匠は他に類のない随一の美しさです。
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中央に6連の大きなアーチを配し、その脇の階段室窓もアーチで象られています。更にその下の昇降口もアーチ形となっており、繰り返される曲線が心地よいアクセントを添えています。
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中央部・脇の階段室・両翼部分 それぞれの高さに段差をつけ、前後方向にも一段づつセットバックさせる凝ったデザインです。
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校舎裏側。表側とほぼ同じデザインです。
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隣接する後年に建てられたと思われる別棟です。何故かこちらの方が古く見えます。
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廃校となったこの校舎については地域の交流拠点として活用していく方針が発表されています。戦災を乗り越え、阪神淡路大震災では地域の避難拠点として活躍したこの校舎はこれからも長く守り伝えられて行く事となりました。
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by sunshine-works | 2008-11-07 21:50 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2008年 11月 03日
旧駒ヶ林町公会堂
神戸長田区の近代建築その3

長田区の南部に位置し古くから漁業で栄えた町が駒ヶ林です。
この駒ヶ林にも清水栄二の作となる公会堂が現存しています。現在保育所として使われているこの建物は前回の西尻池公会堂から遡る事2年前の大正13年に竣工しています。
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開発が進んだ現在、海岸線のほとんどは埋め立てられてしまいましたが、かってこの辺りは白い砂浜が延々と続く美しい風景が広がっていました。
播磨灘の豊かな漁業資源に支えられて神戸有数の水揚げを誇っていた駒ヶ林漁港には魚市場も設けられ、工業化前の長田区(旧林田区)の中では大きな町でした。この公会堂が建てられた当時もまだまだ漁業の勢いは衰えず、地区は活気づいていたようです。
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後年に東側を増築しています。手前がオリジナル部分です。
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同一設計者の作品ですが、西尻池公会堂とはかなり印象が異なります。先進デザインを取り入れた西尻池公会堂に比べるとオーソドックスで地味なデザインです。逐年にそれほど隔たりがある訳ではありませんが(*3年の差)、近接して建てられた同じ用途建物で大きく作風が異なるのは歴史を持つ町と新市街との地域性に拠るのでしょうか。
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神戸を中心に活躍した清水栄二の比較的初期の作です。その後の作品に繰り返し用いられる独特の意匠はまだ見られません。
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出入口の枠型を横に分断する様に付けられた庇が面白い表現です。
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こちらは南側。現在は園庭が設けられています。
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この公会堂も当初の役割を終えた後は他の用途に転用されています。古い建物が保育所として使われる例はあまり聞きませんが、間取りが広く地区の中心に置かれる事の多い公会堂だけに理に適った使われ方かも知れません。
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by sunshine-works | 2008-11-03 18:25 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)