<   2008年 10月 ( 8 )   > この月の画像一覧

2008年 10月 30日
旧西尻池公会堂(鷲尾医院)
神戸長田区の近代建築その2

区の中心街から国道2号線沿いを東方向へ進んで程なくすると左手にユニークな外観の建物が見えてきます。現在医院として使われているこの建物は昭和元年に公会堂として建てられました。設計:清水栄二。
f0116479_2250735.jpg

神戸の中心部は開港を契機に都市化が進み市域も拡大して行きますが、のどかな農村地帯だったこの一帯も明治21年に山陽鉄道が開通すると次第に開発の手が加えられて行きます。線路と海に挟まれ、主要幹線である国道2号線が貫くこの一帯には沿岸に並ぶ工場から繫がる中小の関連工場や事業所が数多く建てられ、さらに商店や住宅が入り混ざった典型的な下町の町並みが形成されて行きます。長田区の前身の林田区は小さな区でしたが当時の神戸市の四分の一を占める人口を擁し、工業都市として発展を続ける活気のある区でした。
この公会堂が建てられた昭和元年当時、この辺りは拡大する神戸市街地の先端部でした。
f0116479_2324581.jpg

それほど大きな建物ではありませんが、結構奥行きがあって見た目以上にボリュームがあります。内部は未確認ですが公会堂をどのように改装したのか興味深い建物です。
f0116479_22505811.jpg

様々な作風がある清水栄二の作品の中でも東灘区の高嶋平介邸と共に先鋭的な意匠を取り入れた設計です。三角形に張り出した階段室の窓や楕円の屋根は5年後の高嶋平介邸にそのまま受け継がれています。
f0116479_22522675.jpg

f0116479_22513932.jpg

f0116479_2254798.jpg

f0116479_22532218.jpg

f0116479_22543596.jpg

丸太を積み重ねたような軒蛇腹もこの建物の特徴です。この時代の流行りなのでしょうか。神戸中央区の岸本産業ビルにも良く似たデザインがありました。
f0116479_22553044.jpg

f0116479_22561268.jpg

f0116479_2314991.jpg

f0116479_22572660.jpg

大きな庇を持つ玄関を挟んで左右対称のデザインです。両端の階段室(と思われます)の頂部を異なったデザインにして敢えて対象性を崩しているように思えます。
f0116479_22582459.jpg

f0116479_2303961.jpg

f0116479_231929.jpg

近づいて良く見ると各部に傷みが目立ちます。現役で使用されている建物と思われますがそろそろ補修の時期のようです。
f0116479_2333371.jpg

f0116479_2343486.jpg

震災以降、勢いを失ってしまった感のある長田区ですが、神戸の中心部にもなかったこのモダンな公会堂からは当時の繁栄ぶりを窺う事が出来ます。
f0116479_2362682.jpg


by sunshine-works | 2008-10-30 23:45 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2008年 10月 26日
関西電力湊川変電所(旧神戸電燈湊川発電所)
神戸長田区の近代建築その1

神戸の近代建築探訪もそろそろ終盤、今回から長田区を巡ります。東隣の兵庫区から続く工業地帯を中心に発展した長田区は、大規模な工場とともに中小規模の工場も多く、これらが住宅と一体となった下町の雰囲気色濃い町並みが続きます。
長田区の近代建築その1は神戸の発展を支えた旧発電所を紹介します。

現在は関西電力湊川変電所として使用されているこの建物は大正元年に神戸電燈㈱の湊川発電所として建てられました。
f0116479_21584624.jpg

明治21年、日本で2番めの電燈が神戸に灯された時に僅か数百戸だった需要先はその後の経済発展と市域の拡大によって急速に拡大していきます。日清・日露戦争を経て大正を迎える頃には10万戸を超える契約数を数え、臨海部の工場からの大口需要も増大していきます。この施設は増え続ける需要に応えるべく同社最大の発電所として建てられ、その後も主力発電所として神戸の発展を支え続けて行きました。
f0116479_222085.jpg

広大な敷地の真中に長大な建物が横たわります。鉄筋コンクリート建築が確立する前の建物なので煉瓦造と思われますが煉瓦建物としては相当な大きさです。
f0116479_220186.jpg

外壁一面に蔦が絡まっています。緑鮮やかな夏場と褐色に変わる冬場で表情を全く異にします。
f0116479_2224938.jpg

f0116479_2233358.jpg

f0116479_224069.jpg

f0116479_22224613.jpg

細部のディティールを見るには冬の景色が良い様です。
f0116479_2261077.jpg

f0116479_227997.jpg

f0116479_228626.jpg

外壁の一部は創建当時の煉瓦壁が残っています。
f0116479_2283589.jpg

この発電所が建てられて間もなく、神戸の電力事業は同社から神戸の市営事業へと移管されます。この発電所も神戸市電気局の施設となり、その後は関西電力へと引き継がれて行きます。
f0116479_2291050.jpg

長い間主力発電所として活躍したこの発電所も戦後復興が一段落すると共にその役割を終えますが、建物はそのまま残され変電所として使われ続けています。地味で目立たない存在ですがこの建物は神戸の近代化を支えた影の功労者でもあります。
f0116479_2293932.jpg


by sunshine-works | 2008-10-26 22:14 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2008年 10月 22日
ユアサ食料ビル
神戸兵庫区の近代建築その15

運河周辺から区の中心部へ戻る途中に現在ユアサ食糧の社屋となっている古びたビルが建っています。データによると昭和2年築、設計者:高松吉三郎とされています。元々は銀行だったとの資料もありますが詳細は不明です。
f0116479_21524343.jpg

この建物がある本町周辺は兵庫区の中でも古くから栄えた場所でした。江戸時代に多くの寺が置かれたこの界隈には明治以降 多くの銀行や事業所が進出していました。この建物が建てられた昭和初期、神戸の経済の中心はすでに東へ移っていましたが、この周辺は地場の商業拠点としてまだまだ活気のある場所だったようです。
f0116479_220173.jpg

正面の外壁は薄茶色の地味な色合いの石が貼られています。大通りから1本裏側、しかも敷地の奥に建っていて本来は目立ち難い建物なのですが、クラシカルなスタイルが遠目からも人目を惹きます。玄関の大きなアーチ、細部に施された手の込んだ装飾、重厚な石の質感等、単なる事務所ビルとは思えない只ならぬ雰囲気が漂ってきます。
f0116479_2242672.jpg

f0116479_2213299.jpg

f0116479_221288.jpg

f0116479_2213385.jpg

f0116479_221525.jpg

f0116479_2221641.jpg

f0116479_2225931.jpg

f0116479_2232433.jpg

現在どのような用途で使われているのかは不明ですが、保存状態は芳しくありません。
入り口扉も常時出入りがあるようには見えず、現用施設ではない可能性もあります。
f0116479_227174.jpg

f0116479_2274878.jpg

f0116479_2252893.jpg

f0116479_2255879.jpg

玄関ホールの床に貼られたタイル。床面は波打っており一部の床板は抜けた状態です。
f0116479_2285482.jpg

建物北面の非常階段。腐食が激しく危険な状態です。
f0116479_229245.jpg

f0116479_2295478.jpg

f0116479_22121022.jpg

海岸通りや旧居留地に残る同時代のビルは立地条件と景観を活かしてさまざまに再生・転用が図られています。
しかし、このような周辺部に位置するビルの再活用についてはなかなか有効な策が出てこないのが現状のようです。旧市街地の活性化には格好の素材とも思われるのですが「費用対効果」と言う大きなハードルの前には如何ともしがたいのでしょうか。
f0116479_22105584.jpg


by sunshine-works | 2008-10-22 22:29 | 近代建築 | Trackback | Comments(4)
2008年 10月 18日
加藤海運ビル
神戸兵庫区の近代建築その14

旧東京倉庫兵庫出張所の裏手には小規模な事業所や倉庫、工場が並んでいます。一昔ほど前迄この界隈には戦前に建てられたと思われる建物が数棟残っていたのですが、現在はほとんどが建て替えられてしまいました。唯一戦前の築と思われる建物がこの加藤海運ビルです。詳細データ不詳
f0116479_20221429.jpg

加藤海運は瀬戸内海を基盤とした内航運輸の中堅企業で古い歴史がありますが、この建物を竣工時から使用していたかは不明です。現在の同社の本社は中央区に移っていますので以前の本社あるいは営業所だったとも思われます。(傍らに「加藤梱包㈱倉庫」の看板が置かれている所を見るとその後に関連会社の施設となったようです。)
現在は使用されていない様子で各部に傷みが目立ちます。窓は破れ鉄部は錆でボロボロの状態です。おそらく近年の内に取り壊されてしまうのでしょうが、壊してしまうには惜しいモダンなデザインの建物です。
f0116479_20253792.jpg

f0116479_20245945.jpg

f0116479_20322526.jpg

f0116479_20325072.jpg

f0116479_20463531.jpg

防潮堤から道1本隔てて建てられたこのビルはアールを付けたコーナーが見晴らしの良い大きな窓となっており、そこから港が一望できる様になっています。コーナーの大きなアールはこの時代のモダンデザインによく見られる特色です。港や川辺に建てられたビルにこのデザインが多いのは船をイメージさせるからなのでしょうか。
f0116479_20294652.jpg

f0116479_20284756.jpg

f0116479_20291540.jpg

f0116479_20301176.jpg

f0116479_20303948.jpg

f0116479_20305621.jpg

水平方向に連なる窓を囲む縁取りも当時流行のデザインです。建物を取り巻く1階部分の庇、軒の張り出しと合わさって何層も重なる水平方向のラインの表現が特徴的です。
f0116479_20262540.jpg

f0116479_20235674.jpg

神戸港の風景としては中央区の新港地区や中央突堤、ポートアイランド等が思い浮かびますが、兵庫埠頭の周辺には古き時代の港の風情が色濃く残っています。最盛期には多くの小船や艀(はしけ)が行きかい、荷役人や船員達で賑やかだったこの場所もコンテナ船が主流となった今日では寂れた一角となってしまいました。当時建てられた中で唯一残ったこのモダンなビルも時代の移り変わりとともに消え去る運命にあるようです。
f0116479_20421813.jpg


by sunshine-works | 2008-10-18 21:07 | 近代建築 | Trackback | Comments(4)
2008年 10月 14日
旧東京倉庫兵庫出張所
神戸兵庫区の近代建築その13

新川運河の東端、兵庫埠頭に近いこのあたりは海運会社や船舶関連の小規模な工場が集まり港町ならではの雰囲気が漂います。この一角の大通り沿いに赤レンガ造の建物が建っています。この建物は三菱倉庫の前身会社・東京倉庫の兵庫出張所として明治38年に建てられました。設計:曾禰達蔵。
f0116479_20553061.jpg

後に三菱倉庫へと発展する東京倉庫は日本の倉庫業の草分けとも言える会社です。東京で創業した同社ですが、国際貿易港神戸は重要な拠点に位置づけられ、兵庫区和田と現在ハーバーランドとなっている中央区高浜に倉庫を築いていました。
f0116479_212211.jpg

赤レンガの上に三角の屋根を乗せた姿は規模は異なりますが、なんとなく現東京駅を連想させます。
f0116479_212336.jpg

f0116479_21241010.jpg

日本の近代建築の創生期を代表する建築家の一人である曾禰達蔵は後に三菱に技師として入社し、三菱系企業の多くの建物を設計します。内外交易の拠点として商業が発達した神戸には三菱系企業が早くから進出しており、曾禰の手になる建物としてはこの東京倉庫の兵庫出張所の他に旧三菱銀行神戸支店日本郵船神戸支店が現存しています。
f0116479_22423187.jpg

100年以上前に建てられたとは思えないほど良好な状態に維持されています。窓はサッシ窓に換えられてしまっていますが煉瓦や石材は当初の物のようです。補修され、磨き込まれた壁面は美しいのですが、綺麗すぎて年月の深みを感じないのがやや残念なところです。
f0116479_2258772.jpg

f0116479_23132321.jpg

f0116479_23181182.jpg

f0116479_22562169.jpg

f0116479_2305442.jpg

f0116479_22565355.jpg

f0116479_22573861.jpg

f0116479_22591477.jpg

神戸には現存する煉瓦建築が少ないのですが、代表的な煉瓦建物がこの場所にあるのは意外な気がします。
現在は市街の中心地域から離れ寂れた一角となってしまいましたが、この建物からは当時の運河や埠頭を中心とした賑わいを偲ぶ事が出来ます。
f0116479_2315920.jpg


by sunshine-works | 2008-10-14 23:45 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2008年 10月 10日
大輪田橋
神戸兵庫区の近代建築その12

沿岸部の工場地帯とJR線沿いの市街地の間を縫うように日本最大の運河、兵庫運河が水路を巡らせています。今回はこの運河の河口近くに架けられた美しい橋を紹介します。
f0116479_2244030.jpg

兵庫港の南側に突き出た和田岬を経由せずに須磨方面と港を結ぶ経路として開削されたのが兵庫運河です。東側の新川運河、中央の兵庫運河、南西部の苅藻運河の3つの運河から成るこの運河の中で、最初に完成した新川運河は主に荒天時の退避港として利用されました。
大輪田橋はこの新川運河の中央を跨ぐコンクリート造の3連アーチ橋として大正13年に竣工しました。
f0116479_22425775.jpg

f0116479_2374273.jpg

f0116479_22453793.jpg

市街地を流れる大きな川が無い神戸市ですが、この運河が開かれた兵庫の町は市街の各所が川で別たれ、それぞれが橋で結ばれる町並みを形成しています。
運河の延伸に伴い岸と岸を結び水路を跨ぐ多くの橋が築かれていきました。
f0116479_2245341.jpg

f0116479_225457100.jpg

いかにも大正期に築かれた橋らしいどっしりとしたデザインです。
f0116479_22462072.jpg

f0116479_22481080.jpg

f0116479_22494898.jpg

f0116479_22483439.jpg

f0116479_22485698.jpg

f0116479_2254921.jpg

f0116479_2385178.jpg

f0116479_2323851.jpg

この橋は戦災と震災のそれぞれに大きな災禍を被った歴史を持っています。戦時中の神戸空襲の際にはこの橋に殺到した多くの避難民が炎に巻かれ亡くなりました。50年後の阪神淡路大震災では橋の4隅にあった親柱の3本が倒壊し破損する被害を受けました。以来この橋の親柱は1本だけが残り、傍らには折れた親柱がモニュメントとして置かれています。
f0116479_22504519.jpg

f0116479_2251227.jpg

f0116479_2301816.jpg

f0116479_22523549.jpg

f0116479_233338.jpg

f0116479_2253441.jpg

f0116479_22532016.jpg

f0116479_22534411.jpg

老朽化や再開発を理由に歴史的な建築物が失われて行くのと同様に、多くの橋も架け替えられていく運命にあります。多くの人々に親しまれた由緒ある橋を現用のまま維持していく事は確かに手間隙のかかる事ですが、街並みに溶け込んだ美しい景観は何物にも代え難いものです。
f0116479_1185147.jpg


by sunshine-works | 2008-10-10 23:45 | 近代建築 | Trackback | Comments(3)
2008年 10月 06日
三菱重工神戸造船所本館
神戸兵庫区の近代建築その11

和田岬駅の南には三菱重工神戸造船所の工場施設が連なります。広大な敷地の入口に位置するこの大きなビルは昭和13年に本館として建てられ、今も現役施設として使われています。設計:三菱造船所。
f0116479_2271499.jpg

現在は神戸港の一部となっている兵庫港ですが、元々は兵庫津、その前は大輪田の泊と呼ばれ、瀬戸内海の海運の要衝でした。兵庫津の南側に突き出た和田岬は幕末には沿岸防備の砲台が置かれ、明治初年には灯台の設置場所となっていました。
この和田岬周辺を埋め立てて明治38年に開設されたのがこの造船所です。長崎に継ぐ三菱2番目の造船所として操業を開始した神戸造船所は数々の大型船舶・艦艇の建造を手掛け、同社の主力造船所として発展していきます。工場事務所としては非常に大きく立派なこの建物からしてもこの造船所の規模や位置付けが伺えます。
f0116479_229078.jpg

f0116479_2219265.jpg

緩やかにカーブを描く壁面に縦長窓が整然と並びます。装飾はほとんどありませんが曲面のラインと窓の配列のバランスが美しい建物です。
f0116479_2145162.jpg

f0116479_2152039.jpg

f0116479_2165360.jpg

f0116479_2154366.jpg

f0116479_2161757.jpg

塔屋に設けられた時計台が印象的です。この高さなら広い敷地のどこからでも見える事でしょう。
f0116479_2174710.jpg

f0116479_218738.jpg

f0116479_2184258.jpg

工場敷地の付近にある4号館と名のある付属施設。本館と同時期に建てられたものと思われます。
f0116479_21255599.jpg

f0116479_21282449.jpg

f0116479_21291955.jpg

全面に豆タイルが貼られています。
f0116479_2126501.jpg

f0116479_21272381.jpg

f0116479_21274335.jpg

国際貿易港として商業中心に栄えた神戸ですが、工業分野でも日本有数の出荷額を誇る都市として発展しました。とりわけ日本の基幹を成す大企業が多く集まり、工業に於いても日本の先端地域となっていました。優美で堂々としたこの三菱重工神戸造船所の本館は、造船が基幹産業と呼ばれていた時代の風格を感じさせる建物です。
f0116479_21325236.jpg


by sunshine-works | 2008-10-06 23:11 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2008年 10月 02日
JR和田岬駅
神戸兵庫区の近代建築その10

兵庫駅と臨海部の工場地帯を結ぶ全長3キロ足らずの短い路線がJR和田岬線です。始発駅と終点駅しかない路線ですが工場通勤者の足として重要な役割を果たしています。この和田岬駅は明治23年の同線開通時に設置されました。現在の駅舎は昭和20年に同駅が改修された際に建てられたものです。
f0116479_22303012.jpg

駅舎といってもほとんど屋根と柱だけの簡単な造りです。無人駅で改札も無い駅なのでこれで十分なのかもしれません。因みに改札業務は兵庫駅で行うシステムとなっており、降りるときも兵庫駅で切符を買います。
f0116479_22322246.jpg

f0116479_22324880.jpg

f0116479_22334617.jpg

f0116479_22354839.jpg

f0116479_2248362.jpg

f0116479_23155318.jpg

乗客の大部分はこの駅の南側に広がる三菱造船所の従業員です。運行ダイヤは朝晩の通勤時のみ、日中は全く走っていません。
f0116479_22341267.jpg

f0116479_2236578.jpg

以前は沿線にあった鐘紡の工場前にも駅が置かれていたのですが、戦災で工場が閉鎖され、その後駅も廃止されてしまいました。また路線の途中には川崎重工の車両工場に繋がる引込線も敷かれています。各地の電鉄会社へ向けた新造車両がこの線を経由して運ばれていきます。
f0116479_22363739.jpg

当然ながら自動改札機などありません。改札を行わないにも拘らず改札ゲートは設置されています。
f0116479_2241793.jpg

f0116479_2242922.jpg

f0116479_22424668.jpg

f0116479_22413564.jpg

f0116479_22525353.jpg

改札の外側です。
f0116479_22495314.jpg

f0116479_22484486.jpg

f0116479_22532060.jpg

f0116479_22554650.jpg

唯一この一角だけが部屋らしき部分です。
f0116479_22551717.jpg

バスや地下鉄が整備された都市部で路面を走る鉄道(路面電車を別にすれば)は数少ない物となってしまいましたが都心と近郊の工場地帯を結ぶこのような短い路線が数ヶ所で細々と運行を続けています。日本の近代化や経済発展を支えてきた工場地帯の鉄道支線ですが、都市近郊の大規模工場が合理化や地方への移転により減ってきている現状を見るといずれは消え去ってしまう運命にあるようです。
f0116479_22571941.jpg

**************************************
おまけ 

和田旋回橋

兵庫運河に架けられた鉄橋。船舶を通す為に橋桁を回転させる旋回橋として造られましたが、現在は固定されたままです。
f0116479_2311032.jpg

f0116479_2312868.jpg

f0116479_2315230.jpg

f0116479_2303878.jpg

f0116479_232417.jpg


by sunshine-works | 2008-10-02 23:22 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)