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2007年 12月 27日
旧ヘイガー邸(みなと異人館)
神戸中央区の近代建築その14

新港から神戸大橋を渡るとポートアイランド地区になります。神戸市は戦後六甲山系の山並を切り開いて住宅地を造成し、その土砂で神戸港の沖合いに二つの人口島を造りました。そのひとつであるポートアイランドの公園に明治期の邸宅が公開されています。この建物はイギリス人貿易商ヘイガー氏の邸宅として明治39年に神戸市北野に建てられたものですが昭和56年にこの地に移されました。現在は主にウエディングハウスとして使用されています。
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木造下見板張、大きなベランダ、鎧戸、レンガの煙突等、明治期に北野に建てられた他の洋館と同様にコロニアルスタイルの建物です。2階のベランダがガラス窓でサンルームのようになっているのも北野の洋館に多く見られる様式です。現在ベランダは北に向けられていますが、移築前は海を臨む南に向けて建てられていたと思われます。
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北野4丁目にあったこの建物は戦後日本郵船が社員寮として使っていたのですが、譲り受けた神戸市がこの場所に観光施設として移築しました。北野の高台からこの建物が見下ろしていた港の沖合いの地に移って来て、かって自らが建っていた場所に正面を向けている事になります。
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隣接する建物がなく四周が開けた場所に建っているので被写体として好適です。背後の神戸大橋や港の風景がすばらしい背景になります。
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正面にあたるベランダ側の面よりも側面方向に長い建物です。元々の立地が縦長の土地だったのでしょうか。現在四国に移築されているワサ・ダウン邸とこの建物は同じ敷地に西棟・東棟として並んで建っていたとの事なのでベランダを設ける南面を2つの建物が分け合っていたのかとも思われます。
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門柱と玄関周りです
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当初建っていた場所を離れ、新たな環境で余生を送る建物は他にも例が多くあります。本来建物は建てられる場所の環境を踏まえてデザインされる物なので、建物だけを切り離して他に移しても違和感なく据わるのはなかなか難しいようです。しかし、景観指定地区である北野にしても周辺環境は昔と大きく変わってしまい、設計者が思い描いていた景観と現実の間に隔たりが生じているのも事実です。周囲の建物が建代えられて統一感が無くなりつつある中で、より良いロケーションの場所に移って新たな地の景色に溶け込み、名所となる選択も賢明な判断かもしれません。
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by sunshine-works | 2007-12-27 12:51 | 近代建築 | Trackback | Comments(5)
2007年 12月 22日
旧第4突堤船客乗降場
神戸中央区の近代建築その13

大正末に開発された新港には4つの突堤が築かれました。その中の一つ、第4突堤(当初第1突堤でしたが後に第4突堤に名称変更されました)は海外航路の客船が接岸する埠頭として使われていました。現在この埠頭には中国との国際定期フェリーや九州を結ぶフェリーの乗船施設:ポートターミナルが置かれていますが、その北隣にはかっての乗船場であった建物跡が残されています。設計施工データは不詳ですが昭和初期の建物と思われます。
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この建物は現在置かれているポートターミナルと同様に乗船ターミナルでした。渡航者はこの埠頭まで敷かれていた臨港線の列車に乗って到着し、そのまま乗船するようになっていました。大きな船が出港する時は遠く京都からポートトレインと呼ばれる直通列車が運行されることもあったようです。
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乗船場と臨港線の終着駅が一体になった施設です。3階建の中央建物を挟んで1階部分が左右に長く延びています。1階部分は倉庫・荷役作業場となっています。
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正面玄関跡です。列車を降りた乗客はこの扉から入って階段を上がり2階(1階の屋上)の乗船デッキからタラップで船に乗り込みます。
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玄関を内側から
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乗船口へ昇る階段。
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乗船デッキから2階3階部分の眺望
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船が唯一の渡航手段だった時代に多くの渡航者や送迎者で賑わっていたこの建物も、現在は周囲に造られた高架道路や歩道橋に埋もれてしまって見る影も無くなってしまいました。港の歴史を伝える歴史遺産として新港に残る他の建物が交易の変遷を物語る施設であるのに対して、この乗降場跡は船客施設として残る唯一の遺産となっています。
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この建物は現在、みなと総局(神戸港を管理する部局)が使用しているのですが別の建物に移転することが決まっており、空家となった後がどうなるか非常に気になるところです。船旅華やかなりし頃を偲ばせる記念施設として再生活用されると良いのですが。
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by sunshine-works | 2007-12-22 23:44 | 近代建築 | Trackback | Comments(7)
2007年 12月 18日
新港地区の倉庫建物
神戸中央区の近代建築その12

新港地区の埠頭に沿って大きな倉庫が並びます。これらは新港が築かれた大正末期に相次いで建てられた港湾倉庫で、今日の近代倉庫の元祖となりました。
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明治~大正期の倉庫と言えばレンガあるいは木造で建てられた平屋か2階建のものでした。しかし、内壁が少なく天井空間の高い倉庫特有の構造故にレンガでは強度が保てず、大型化には自ずから限界がありました。今日一般的に見られる大型倉庫はコンクリート建築技術が発達する大正末に初めて登場します。この新港地区に建てられた倉庫群がその始まりであると言われています。
ここには地元資本の川西倉庫と日本の三大財閥企業である三井、三菱、住友各社の倉庫が軒を並べています。

一番西側に位置する川西倉庫です。
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弧を描くような外壁はかって敷かれていた臨港線の線路に合わせた為です。
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この倉庫は大阪のダイビルや神戸の商船三井ビルを始め関西で多くの建物を手がけた渡辺節が設計しています。他の倉庫はモダニズムの色合いが強いのですが、この倉庫は古典様式のスタイルが垣間見れます。
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裏面はあっさりした造りです。赤い手摺が印象的です。
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川西倉庫の隣は住友倉庫です。
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4つの倉庫の中ではもっともモダニズムに徹したデザインです。
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さらに三菱倉庫が並びます。
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角に付けられたアールと1階壁面の連続アーチがこの時代らしさを出しています。
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東端に三井倉庫。当時の社名は前身の東神倉庫でした。
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同じ建物が2棟並んでいます。
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装飾的に付けられた大きなアーチが特徴。
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新港地区の隣の小野浜にも三井の倉庫が建てられています。ほぼ同時期の築と思われます。
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大正時代に新港地区に造成された4つの新しい埠頭と港湾施設によって神戸港は大きく飛躍する事となります。当時最新の技術で造られた港湾倉庫はその後も続々と建てられ、国内最大規模の物流拠点に成長します。建築物としては地味な存在であり脚光を浴びることのあまり無い倉庫ですが、経済活動を裏で支える大きな役割を80年以上も担ってきた功績は多大なものがあります。
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by sunshine-works | 2007-12-18 23:50 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2007年 12月 14日
神戸税関旧館
神戸中央区の近代建築その11

新港地区にその優美な姿を見せる神戸税関は国際貿易港神戸のシンボルであり港の歴史を語る上で欠かせない建物です。昭和2年築、設計は大蔵省営繕課です。
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幕末に開かれた神戸港(当事の名称は兵庫港)には慶応3年に税関が設置されました。当初はここから少し西方に置かれていたのですが大正時代に火災で消失、昭和2年に現在の地に建てられました。鉄筋コンクリート造石貼りの4階建、東洋一の港の顔に相応しい堂々とした造りです。
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この建物は阪神淡路大震災による修復の際に外壁部分を残して再建されたものです。倒壊や崩落こそしませんでしたが強度に不安があった為に当初は解体も検討されたのですが市民の強い要望により元の姿に復元されました。
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正面入口のある東南の角を基点に台形に広がる大きな建物です。時計台になっている円柱の塔屋はいかにも庁舎らしい意匠です。ちなみに時計は正面側と港側それぞれに向けられています。
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神戸港は横浜港と共に、日本を代表する国際貿易港として発展しました。特に関東大震災で横浜港が被災した後には日本の玄関として大きな飛躍を遂げます。東洋のマンチェスターとも呼ばれた大阪一円の工業発展や中国大陸との交易拡大によって神戸港の貿易額は日本全体の4割を占めるまでに成長していきます。 
この建物はちょうど神戸が日本一の港になる時期に建てられ、その後80年に亘って港の要としての役割を担ってきた事になります。
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西側には新館が増築されています。旧館と新館が一体となって海岸通り沿いに延々と建物が続きます。
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東南角のファサードとその下にある正面入口です
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東の側面をアップで
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入口は港に向いた南側にも設けられています。
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港方向から見た南面
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海外渡航や交易を船に頼っていた当事は、港と街は今よりもっと密接に係わっていました。戦後になって沖合いに埋め立てた二つの人口島や周辺部に造った新しい埠頭に入港船舶の大半が接岸するようになった事で、物理的にも港は遠いものとなってしまいました。
更に、コンテナ船が主流になって船員も荷役作業員も減り、かっての港の賑わいはすっかり失われてしまった感があります。
とは言え、今日でも神戸の経済は港を中心に回っています。80年を超えて今尚現役施設として港を支えているこの建物は景観の上でも役割に於いても神戸港の要として変わらぬ存在感を持ち続けています。
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by sunshine-works | 2007-12-14 22:18 | 近代建築 | Trackback | Comments(4)
2007年 12月 11日
新港相互館(新港貿易会館)
神戸中央区の近代建築 その10

二つの生糸検査所と道を隔ててスクラッチタイル貼りの事務所ビルが建っています。主に港湾関連の事業者や貿易会社が使用する貸事務所として使われてきました。昭和9年築。設計・施工不詳。
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神戸のオフィス街として発展した旧居留地・海岸通りには大企業の自社ビルや大規模な事務所ビルが数多く建てられました。中心街から少し離れた場所に建てられたこのビルは、規模も小さく小企業や個人事業者向けのビルである為に知名度は低いのですが、中心街の建物には無い独特の雰囲気を持っています。全面に貼られたスクラッチタイル、丸窓、アーチ窓、コーナーのアール処理、庇や窓台による水平表現、ステンドグラス等々この時代に流行った建築意匠を小さな建物に洩れなく詰め込んだようなビルです。
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向かい合う旧国立生糸検査所と同じ色合いのスクラッチタイルが貼られています。高さも同じ4階建てに揃えられています。
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各所に配された丸窓。最上部はステンドグラス仕様になっています。各窓の内枠もアールデコ風の装飾です。
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ステンドグラスを内側から
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ほとんど建築当時そのままの館内
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この建物は船をイメージしているそうです。確かに正面から見た図は軍艦の艦橋の様にも見えます。
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品良く飾られている玄関周り
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この面が裏側にあたります。このビルと生糸検査所との間は現在は駐車場や道路となっていますが、かっては埠頭に続く臨港線の線路が敷かれていました。
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左側手前が旧神戸市立生糸検査所、左奥に国立生糸検査所が並びます。
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大型ビルとはまた違った味わいのあるビルです。今はこの近辺を行きかう人も少なくなりましたが、神戸港が東洋一の港に成長していった時代には税関や生糸検査所、その裏手に続く倉庫街は物も人も慌しく動いていたことでしょう。埠頭近くに建てられたこのビルは活気に満ちていた当事を偲ばせるモニュメントの様にも思えます。
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by sunshine-works | 2007-12-11 00:17 | 近代建築 | Trackback(2) | Comments(5)
2007年 12月 05日
旧国立生糸検査所
神戸中央区の近代建築その9

前回紹介した神戸市立生糸検査所の隣にはもう一棟の生糸検査所が並んでいます。この建物は昭和7年、置塩章の設計によって建てられました。
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神戸の生糸検査は昭和2年に建てられた神戸市立生糸検査所で行なわれていたのですが、昭和6年に施設ごと国に移管されます。西日本の生糸生産の増大もあって旧施設が手狭になった事からその翌年に別館として建てられたのがこの建物です。
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神戸市営繕課と兵庫県営繕課それぞれをほぼ同時期に課長として率いた清水栄二と置塩章の作品が並んで建っています。どちらもゴシックを基本としていますが比べてみると二人の作風の違いが良く現れていて興味をそそります。
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兵庫県以外にも多くの公共建築を残した置塩章らしい風格のある意匠です。スクラッチタイルが重厚な雰囲気に良く似合います。
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本来中央に配置される事の多い塔屋が建物東端に設けられています。建物の顔に当たる部分なのですが主導線の国道から遠く離れ、倉庫街や貨物駅を結んだ街路に面しています。
庁舎と言えども検査所と言う性格上、用途を優先した設計がなされた為でしょうか。この建物に沿って鉄道の引込線が敷かれていましたので荷役の便を考慮した結果かもしれません。
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東西方向に長い建物ですが、塔屋を基点に南北方向にも建物が伸びています(L字方となっています)。正面側から見ると東に寄った塔屋はバランスが悪いように見えますが、南東から見ると非常に納まりよく映ります。
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数箇所設けられた入口扉。物品の搬入に使われたものと思われます。
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隣の旧市立生糸検査所もそうですが、4階建てにしてはボリューム感のある建物です。ほぼ同じ高さで一列に並ぶこの生糸検査所と隣の税関の脇を抜けて埠頭へ続く臨港線をいくつもの貨車を連ねた列車が走る様は壮観な眺めだったと思います。
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神戸港の生糸輸出は関東大震災後から昭和初年が最盛期でその後は戦時体制によって激減して行きます。戦後は更に化学繊維の発達や需要の変化により衰退の一途を辿ります。この建物も生糸検査所の役割を離れ、その後は農水省の施設として使用されてきました。
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現在この建物の売却が報じられていますが、この建物は神戸港が大きく飛躍する事となった時代の象徴であり、建築資料としても価値の高いものと言われています。
新港地区の景観はこの建物と神戸税関や周辺の建物・倉庫群が一体となって構成されているもので、どの建物も欠くことの出来ない存在となっています。 
震災で被害を受けた神戸税関は外観を損ねることなく元の姿に修復されました。他の神戸の歴史的建造物の多くも必死の努力で震災の傷を修復し復元を図りました。いままで重ねてきたこのような苦労が虚しいものとならないことを祈るばかりです。
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by sunshine-works | 2007-12-05 20:30 | 近代建築 | Trackback | Comments(2)
2007年 12月 01日
旧神戸市立生糸検査所
神戸中央区の近代建築その8

フラワーロードの南端、新港地区と呼ばれるこの一帯は戦前の建物が並ぶ古き時代の港街神戸を偲ばせる一角です。今回からこの地区に残る近代建築を順番に紹介していきます。

新港地区の入口には神戸税関と向かい会って神戸市立と国立、2棟の旧生糸検査所が建っています。神戸市営繕課によって昭和2年に建てられた旧神戸市立生糸検査所を最初に紹介します。
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開国以来の日本の主要輸出品であった生糸は生産地が北関東や甲信越に集中していた事もあって9割以上が横浜を積出港としていました。しかし、独占状態にあった横浜の生糸輸出港としての地位は大正12年の関東大震災によって大きく変わってしまいます。壊滅状態となった横浜の港湾施設を代替する形で急遽神戸港がその役割を担い、国内各地から神戸に生糸が集められます。それまで横浜にのみ置かれていた生糸検査所も神戸に設置する必要に迫られ、仮設の検査所を経てこの建物が造られる事となります。
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神戸市営繕課は神戸に数々の作品を残した清水栄二が大正15年まで課長を務めていました。この建物は清水栄二が独立した後の昭和2年に竣工しましたが氏の作風は色濃く受け継がれており、少なくとも基本設計までは係わっていたか、独立後に共同参画していたかと思われます。
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庁舎に多く見られるゴシック調のデザインですがその中でもネオゴシックと呼ばれる様式に分類されるそうです。清水栄二はこの6年後に代表作である御影公会堂を手掛けますがこの生糸検査所の縦のラインの表現手法などは後の御影公会堂のデザインと共通する要素が伺えます。
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エントランス上部の不思議な飾りは蚕を模ったものです。この蚕は南西のコーナーにも取り付けられています
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玄関はゴシック様式の尖塔アーチになっています。
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玄関両脇の柱は建物頂部を越えて空に突き抜けています。
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先日、この建物と次回紹介する国立生糸検査所の二つの建物について非常に気がかりなニュースが報道されました。現在この建物の所有者となっている農水省が2008年度中に施設を売却するらしいのです。売却後の予定は発表されていませんが解体される事も充分予想されます。
何とも不安な雲行きなのですが景観上も歴史的にも神戸港を象徴するこの建物の今後の動向を注目して行きたいと思います。
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by sunshine-works | 2007-12-01 16:18 | 近代建築 | Trackback(1) | Comments(0)