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2007年 09月 30日
神戸ゴルフ倶楽部 クラブハウス
神戸灘区の近代建築その11

六甲ケーブルの駅を出て山上を巡る周遊道路を進みます。美しい高原の景色を眺めながら小路を入っていくとゴルフ場の鮮やかな芝生が見えてきます。
六甲山は明治半ばから主に外国人向けの避暑地として開発されて行きましたが、その外国人たちによって日本で最初のゴルフ場としてオープンしたのがこの神戸ゴルフ倶楽部です。ゴルフ場の開設は明治期ですが昭和7年に建てられたクラブハウスが現在も使われています。設計:W.M.ヴォーリズ
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交通アクセスが整備されるまで、外国人達は六甲の山上へ行くのに馬や籠を利用していました。急峻な山道を数人の人足が担ぐ籠で上っていくのは相当な労力を要しますが料金もかなりの高額でした。当時この場所でゴルフを楽しむ事が出来たのは貿易商を営む外国人や一部の富裕層だけだったようです。それでも開設時は4ホールの簡素なコースだった六甲ゴルフ倶楽部もその後拡張を繰り返し本格的なゴルフ場へ発展していきます。このクラブハウスが建てられた昭和7年は六甲ケーブル開通の年であり、ロープウェイや自動車道も完成間もない頃でした。ちょうど特権階級の為の施設からより広い層へ向けた施設への節目となった時期に建てられた事になります。(とは言えゴルフはまだまだ高価な道楽であり、庶民が楽しむレベルまでは一般化していませんでした。)
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いわゆる高原ロッジ風の建物です。ワインレッドに塗られた下目板が目に鮮やかです。
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18番ホールのホールアウトを前庭のテラスから眺めます。客船のサンデッキの様でリゾート気分も高まります。
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こざっぱりした玄関周り。余分な装飾はほとんどありません。
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かなり年季の入った石標。
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日本で最初のゴルフ場としてスタートした神戸ゴルフ倶楽部は名門コースとしてのステータスを築きあげました。現在の標準的なクラブハウスに比べれば規模は小さく豪華さや施設の充実度も劣るのかもしれませんが、使い込まれたこのクラブハウスの風格は名門コースに相応しい物となっています。
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by sunshine-works | 2007-09-30 00:40 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2007年 09月 26日
六甲ケーブル山上駅
神戸灘区の近代建築その10

神戸大学のキャンパスを過ぎてさらに山を登っていくと六甲山頂行きケーブルカーの乗り場に行き着きます。ここからケーブルカーに乗って山頂へ向かいます。
眼下に広がる神戸の市街地や港を眺めながら約10分で愈々六甲山の山上駅に到着します。この駅舎は昭和7年の六甲ケーブル開通時に建てられたものです。
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ケーブルカーやロープウエイの駅舎には山小屋風意匠が多いのですがこの駅舎はアールデコ様式でデザインされています。当時としては奇抜にも思える大胆なデザインですがリゾート地の開放的な雰囲気に良く似合っています。
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六甲山は明治中頃から別荘地やリゾート地帯として開発されていきましたが当初は外国人や一部の裕福な人達を対象としたエリアであって一般庶民には縁の無い所でした。さほど標高の高い山ではない(900米程)のですが徒歩以外に交通手段の無い当時は気軽に出かけるリゾート地と言う訳には行かなかったようです。
山頂への交通アクセスが整備され誰もが行くことが出来る様になるのはもう少し時代が経ってからになります。昭和初期に自動車道、ロープウェイ、ケーブルカーが相次いで開通すると大阪・神戸から一時間程度で行ける高原リゾート地として一機に発展していきました。
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大きく突き出た三角形の庇が特徴的です。
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美しくデザインされた建物各部。
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玄関部分です
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コンコース内部。
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照明具も当然アールデコ調です。
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この扉からホームへ向かいます。
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六甲山頂への主要な交通機関の一つであったロープウェイは戦時中に廃止されてしまいましたがケーブルカーは運良く生き残りました。創業時の姿を留めるこの駅舎は六甲山の発展を支えた貴重な歴史遺産でもあります。
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by sunshine-works | 2007-09-26 23:11 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2007年 09月 22日
神戸大学 六甲台本館
神戸灘区の近代建築その9

神戸大学の最後は現在の経済学部・経営学部の校舎、旧神戸商業大学の本館だった建物を紹介します。昭和7年築。設計:文部省
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校門を抜け大きな階段を登った先の棚地に聳えるように建っている長大な校舎です。
時計台となっている中央の塔屋の高さと左右対称に伸びる建物の長さの均整が取れた美しいシルエットとなっています。
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本館らしく玄関ポーチは風格のある造りです。庇を支えるアーチに施された模様や入り口の周り枠の飾り等、他の校舎には無い細かなこだわりが見られます。
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手前にある半円型のオブジェのような物は灯具だと思われます。
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建物裏側。兼松記念館と良く似た造りです。この建物も裏側の左右に両翼を伸ばしたコの字型構造となっています。
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建物各部詳細。
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館内の景色をいくつか。
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柱に取り付けられている照明具。不思議な形です。
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時計台の裏側の中央階段。
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阪神間には六甲の山並に沿って数多くの学校が建てられました。
平野部が狭い為にまとまった校地を得るには丘陵地しか無かった事、都心の喧噪から離れるには絶好のロケーションであった事がその理由でしょうか。どの学校も朝夕には坂を行きかう学生たちで溢れています。それにしてもこの六甲台のキャンパスに徒歩で行くのは並大抵な事ではありません。ちょっとした山歩きの覚悟が必要です。     
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神戸商業大学は東京商業大学(現在の一ツ橋大学)に次いで設立された日本で2番目の国立商業大学でした。校地の選定をめぐっては大阪と神戸の争いとなったのですが大方の予想を覆して国際貿易港である神戸が相応しいとの理由から選ばれたそうです。大大阪と呼ばれ当時日本一の経済都市だった大阪を破っての決定だけに神戸人はさぞかし溜飲を下げた事と思います。
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by sunshine-works | 2007-09-22 23:55 | 近代建築 | Trackback(1) | Comments(2)
2007年 09月 18日
神戸大学 六甲台講堂
神戸灘区の近代建築その8

神戸大学シリーズの3回目は旧神戸商業大学時代の講堂、現在は六甲台講堂と呼ばれている建物です。昭和10年築。設計:文部省営繕課。
シリーズ初回に「神戸商業大学の開学当時の建物は4棟現存している」と書きました。校舎、研究棟、図書館、講堂がその内訳なのですが、つまり当時の主要な施設はそのまま残っていると言う事です。現在の神戸大学は文系、理系、医学部、海事学部(旧神戸商船大学)と幅広い分野に及ぶ総合大学ですが、開学当時はこの4つの建物とこれを取り巻く幾つかの施設がその全てでした。
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正面に建物頂部まで達する背の高いアーチ状のゲートが並び、レリーフや丸窓を随所に配したキャンパスの中で一番装飾性の高い建物です。港神戸にちなんで海や船をモチーフとしたデザインが多用されています。
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入口の扉には舵輪を模った飾りが取り付けられています。
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アーチ上部の丸窓も船窓をイメージしたものと思われます。
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建物側面。他の校舎と共通するデザインですが1階部分と上階のタイルが同一の物となっています。(他の校舎は1階部分のみ正方形のタイルが張られています)
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建物裏手。同様な3連アーチ窓は図書館にもありました。
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どこの大学にも公式行事や文化活動の場である講堂が基本施設として備えられています。歴史のある大学にはそれぞれに有名な講堂があり、大学の顔とも言える存在となっています。この講堂も斬新なデザインが新生神戸商業大学の意気込みを感じさせる象徴的な建物です。
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by sunshine-works | 2007-09-18 23:33 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2007年 09月 14日
神戸大学 社会科学系図書館

神戸灘区の近代建築その7

神戸大学シリーズ2回目は社会科学系図書館です。神戸大学は系統別に図書館が分かれています。この図書館は主に経営学部、経済学部、法学部が使用している分館ですが、神戸商業大学開校当時はここが本来の図書館でした。昭和8年築。設計:文部省営繕課。
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スクラッチタイル仕上げの外壁にアーチ窓を配したデザインは同時期に建てられた他の校舎と共通です。切妻屋根の下側は中央のアーチ窓が大きく取られています。
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三連アーチ窓の奥には明り取り用に天井に設けられたステンドグラスが見えています。
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玄関は大小の扉が並ぶ図書館らしい造りです。枕状の石を並べて庇を飾っています。
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登録有形文化財のプレートの横は玄関脇の窓の面格子。
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和風デザインの門灯。
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後側(奥側)には5階建ての別棟が繋げられています。
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別棟を繋ぐ回廊部分。ここの出入り口にも玄関と同じ門灯が付けられています。
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2階に上る館内の階段。
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大学に於ける図書館はその伝統と権威を示す存在でもあります。古今の英知を集めた蔵書の数々は代々の学生達を育み多くの研究成果を生み出す源となっています。70年を超える神戸大学の歴史を伝えるのは(もちろん当時を伝えるこのすばらしい建物もですが)ここに収められている蔵書なのかも知れません。
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by sunshine-works | 2007-09-14 22:20 | 近代建築 | Trackback | Comments(2)
2007年 09月 10日
神戸大学兼松記念館
神戸灘区の近代建築その6

阪急六甲駅からバスに乗って六甲の山並みを昇っていきます。傾斜のきつい坂が数回続いて程なくすると神戸大学の校舎が見えてきます。この六甲台に広がる神戸大学のキャンパスは前身の神戸商業大学時代の昭和10に移転開校した校地です。ここには開校当時の建物として兼松記念館、社会科学系図書館、講堂、六甲台本館の4棟が現存しています。これから4回に亘ってそれぞれ紹介していきます。
神戸大学の第1回目は兼松記念館です。「兼松」とはかっての総合商社で現在も商社として活動している兼松の事です。この校舎は兼松が商業研究所として寄贈したものです。昭和9年築。設計文部省。
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兼松は神戸で創業した豪州との交易会社に端を発します。貿易で成功した同社らしく東西の商科大学(神戸商業大学と東京商科大学 *後の一橋大学)にそれぞれ校舎を寄贈しています。
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同時期に建てられた本館と共通するデザインとなっています。本館を縮小したようなイメージですが玄関周りのアプローチはかなり異なった造りです。
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太い柱と分厚い屋根が特徴的な玄関部分。
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正面側は単調な平面で仕上げられていますが、整然と並ぶ窓の列が心地よいアクセントになっています。
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裏側は両翼が付け足されてコの字型になっています。
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正面、側面の入口扉
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北側と南側の側面
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兼松は六甲台へ移転する前の旧神戸高等商業学校時代(現在の中央区野崎通り)にも校舎を寄贈しています。当時は企業が教育機関へ多額の寄付や援助をするのはそれほど珍しいことでなかったようですが2度に亘っての神戸商業大学への校舎寄贈や東京商科大学への校舎寄贈など商業人育成に掛けた兼松の熱意は相当なものがあったようです。
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by sunshine-works | 2007-09-10 03:36 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2007年 09月 06日
阪急電鉄六甲変電所
神戸灘区の近代建築その5

阪急電鉄の線路に沿って東へ少し戻ります。阪急六甲駅のバス乗り場の隣にレンガ造りの変電所が建っています。大正9年の大阪(十三)~神戸(上筒井)間開通当時から残る建物です。
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デザインとしては特に凝った部分はありません。イギリス積のレンガ壁、アーチ窓、切妻屋根スタイルの一般的な倉庫や工場の形態です。レンガの色合いが年月を感じさせて良い感じです。
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レンガ壁と比べるとスレート葺の屋根は異質な感じがします。後年に葺き替えられたものと思われます。
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隣接してコンクリート造の建物が増築されています。こちらの建物も最近のものではなさそうです。
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数年前まで残っていた大阪市淀川区の変電所もよく似た建物でした。阪急電鉄に限らずレンガで同規模の施設を造れば大概このようなつくりになるのでしょう。
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沿線の市街化が進んでいく中で主要駅の駅前をこのような大きな施設が占有している事は企業の収益視点からも都市開発の観点からも難しくなっています。技術が進んだ今日、装置の小型化や地中設置によって変電所や送電所が街中から姿を消しつつあるのも仕方のないことかも知れません。
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*阪急六甲駅は六甲山方面行きバスのターミナルとなっています。次回から数回に亘り六甲山麓の近代建築を巡ります。

by sunshine-works | 2007-09-06 20:48 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2007年 09月 02日
関西電気保安協会神戸支部

神戸灘区の近代建築その4

灘区を南北に流れる大石川を北へ遡ります。JR線と阪急線に挟まれて東西に走る通り(山手幹線)に面した交差点に建つこのなだらかな弧を描く建物は関西電気保安協会の神戸支部として使われています。設計・施工、築年度は不詳ですが建物の様式から昭和初期のものと思われます。
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交差点に接する2面の端から端まで緩やかなカーブで結ばれています。
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現代の建築にもこのように建物全体が大きな曲面で構成されているものがあります。視覚的なインパクトは強いのですが、実のところ施工に手がかかり使い勝手や坪効率の面でも劣るため主流にはなっていないようです。
この時代には建物の角を丸める(アールを付けた)デザインが流行しましたが、全体を大きな曲線で仕上げたこの設計は当時としてはかなり先鋭的な試みだったと思います。
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コーナー部分の中央に入口が設けられています。日曜日でシャッターが閉まっていて玄関の詳細を見られず残念です。
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正確に言えば建物はコーナーを占める扇型の部分の東側に方形の(つまり普通の形の)部分が繋がった形となっています。
こちらが東の部分。
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こちらが西の端です。この角度から眺めると先端はかなり尖って見えます。
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裏側は普通の平面でした。
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こちらは東側裏面の景色。
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大きな交差点に面して建てられたこの建物は70年近く街角のランドマークとして建ち続けてきました。当時の最新のモダンデザインは今も色褪せる事無くその存在感を示しています。
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by sunshine-works | 2007-09-02 02:58 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)