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2007年 07月 31日
甲南病院

神戸東灘区の近代建築その7

御影の山の手、市街を見下ろす高台にタイル貼りのクラシカルな病院が建っています。昭和9年に設立されたこの甲南病院は総合病院としては神戸市内に唯一残る戦前の建物です。設計木下建築事務所。
*管理者より訂正:神戸市には企業系の総合病院(三菱や川崎)が戦前築の建物として現存していました。別途紹介したいと思います。
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全面タイル貼、アールを付けたコーナー、胴蛇腹や軒蛇腹の多用、1階主要部のアーチ窓等当時のオフィスビルや商業ビルに多く用いられたデザインです。
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甲南病院の創設者平生釟三郎は神戸と深い縁があります。実業家として大企業の社長・会長を歴任し政治家としても活躍した平生釟三郎は当地に教育機関として甲南大学を建学し、医療施設としてこの甲南病院を開設しました。また今日の市民生協の先駆けとなった灘生協(コープ神戸の前身)の創設にも係わっています。高級住宅地として開発されていった住吉村や御影町一帯の生活・文化基盤の整備に大きな貢献を果たしました。

よく見ると最上階の質感が違います。後年に増床をしているようです。
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太い大きな煙突。煙突もタイル貼です。
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日当たりの良い南面が正面(表)にあたります。病室や診療室からは市街や海が一望できる事でしょう。
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北側のエントランス周辺です
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エントランスホール天井には明り取り用のガラスブロックが嵌められています
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個人医院には戦前築の建物が残っていますが、大規模な総合病院となると近年多くが建て替えられてしまいました。さすがに最先端の医療施設を運用するには無理があるのでしょうか。積み重ねた信頼のシンボルでもある歴史と風格を備えた建物を壊してしまうのは些かもったいない気がします。
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by sunshine-works | 2007-07-31 23:15 | 近代建築 | Trackback | Comments(5)
2007年 07月 27日
旧高嶋平介邸(甲南漬資料館)

神戸東灘区の近代建築その6

酒造業の中心地である灘は関連産業や2次製品業者も数多く集まっています。御影郷の西端、御影塚町にあるこの建物は酒粕問屋を振り出しに甲南漬(奈良漬)製造で成功を納めた高嶋平介商店の2代目当主邸宅として建てられました。昭和5年築、設計清水栄二。
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御影公会堂とも魚崎町役場とも傾向の異なるデザインです。当時流行しつつあった分離派の様式を取り入れているようです。
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この建物を特徴付けている玄関上の階段室の窓と蒲鉾屋根。
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玄関の庇も独特です。
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前庭に面した張り出し部分
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建物東側の1階には日本庭園に面して和室が設えてありました。現在は食事処になっています。
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建物の東面
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母屋の西側の別棟
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室内には甲南漬に関する道具や資料が展示されています。
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階段室の窓の内側はこのようになっています。
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建物裏側。工場や倉庫のようなイメージです。
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このように住居としての使命を終えた個人宅を資料館として公開している建物は他にも多くの例があります。比較的自由に(入館料が必要な所もありますが)内部の見学が出来て写真撮影も可能なのでマニアとしては非常に有り難いです。
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by sunshine-works | 2007-07-27 22:12 | 近代建築 | Trackback | Comments(2)
2007年 07月 23日
旧魚崎町役場

神戸東灘区の近代建築その5

現在の東灘区にあたる一帯は神戸市に編入される昭和25年までは幾つかの町や村に分かれていました。
区の中央に位置する魚崎もかっては魚崎町として独立した自治体でした。この建物は魚崎町役場として昭和12年に建てられたものです。設計:清水栄二設計事務所
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清水栄二の代表作である御影公会堂から4年後の作品ですが印象はかなり異なります。役場と公会堂という用途の違いからなのでしょうか。
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町役場として建てられたこの建物ですが、神戸市と合併後は診療所や文化センターを経て現在は区民センター分館として使用されています。
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装飾のほとんどは正面に集中しています。
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玄関ホールの庇
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ビスケットやウエハースを連想させる正面ファサードの飾り
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正面入口の飾り縁
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側面および裏面です。軒蛇腹以外は飾り気がほとんどありません。
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側面の入口
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御影公会堂もそうなのですが、この建物も水害、戦災、震災と3つの大きな災害を乗り越えて来ました。早くから耐震構造に着目していた清水栄二の設計した建物は同時代の建物の中でも頑丈な造りであった様です。(次回紹介する高嶋平介邸も阪神淡路大震災に際して周辺の建物郡が倒壊する中無傷で残りました)

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道を挟んで向かい側には同じく清水栄二が設計した魚崎小学校が建っていました。現在の魚崎小学校は元のイメージのまま2001年に建替えられたものです。清水栄二は神戸市内に数多くの学校を建てました。この魚崎小学校は市内で最後まで残っていた清水栄二設計の小学校でした。
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中央の円筒形の階段室が印象的です。
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by sunshine-works | 2007-07-23 22:42 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2007年 07月 19日
御影公会堂

神戸東灘区の近代建築その4

国道2号線と石屋川の交わる辺りに一際目立つスクラッチタイル貼りの公会堂が建っています。この御影公会堂の建設にも白鶴酒造の嘉納家が深く係わっていました。
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昭和8年築。設計 清水栄二
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白嘉納家7代当主 嘉納治兵衛はこれまで紹介した様に灘中学校の創設や白鶴設美術館の建立に巨費を投じたのですが、更にもうひとつ、この御影公会堂の主要な資金提供者でもありました。建設費は当時の金額で24万円、その8割を嘉納家が拠出しており、実質的にはこの公会堂は嘉納家が作ったものと言えます。
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丸窓、アーチ窓、アールをつけたコーナーの処理、全体に貼られたスクラッチタイル、水平を強調する庇等この時代の建築スタイルを満載した建物です。
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この建物は面によってだいぶ表情が異なります。こちらは正面エントランス側です。
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エントランスホールの詳細
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正面側の1階と地下は西端がガラス張りの部屋となっています。
(地階はオムライスが有名な食堂です。)
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こちらは西面
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北西角~北面にかけて
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東面
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太い円柱が並ぶ館内通路
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最上階天井の明り取り窓
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ホールの入口扉
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大きな丸窓の正体はトイレ窓でした。
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それにしても灘中学の設立、白鶴美術館、そしてこの御影公会堂と10年足らずの間にたて続けにこれらの事業を成し遂げた嘉納家の資産力には驚くばかりです。
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設計者の清水栄二は灘の出身で神戸市営繕課を率いていました。同時期に兵庫県の営繕課長であった置塩章と競うように神戸中心に多くの建築を手がけました。東灘区には清水栄二の設計となる建築が他にも現存しています。この清水栄二の作品については次回とその次の回に紹介したいと思います。

by sunshine-works | 2007-07-19 22:16 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2007年 07月 14日
白鶴美術館

神戸東灘区の近代建築その3

灘中学を設立した二つの嘉納家のもう一方、清酒白鶴の醸造元である白嘉納家は本嘉納家の分家として創業した灘五郷の中でも長い歴史を持つ蔵元です。
明治以降は積極的な海外戦略や新商品開発を行い、灘を代表する銘柄に成長していきます。この頃の当主である7代目嘉納治兵衛は東洋美術の愛好家としても知られ、数々の貴重な美術工芸品を収集していました。この建物はこれらの美術コレクションの収蔵館として建てられたものです。
昭和6年竣工、設計は竹中工務店の鷲尾九郎です。
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創建時に建てられた事務棟と本館(美術館)の2棟が主要な建物です。同時に建てられた土蔵は阪神淡路大震災で失われてしまいました。

最初に見えてくるのが事務棟です。この入口から入館します。
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事務棟を抜けると中庭を挟んで美術館が大迫力で迫ってきます。
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和洋折衷様式に分類されるのでしょうが、西洋技法で作った寺院建築と言ったイメージです。
RC造二階建、天井を高く取った大きな建物です。
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敷地手前側の事務棟と奥の美術館は回廊で結ばれています。
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美術館側から見た事務棟 右手が回廊です。
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美術館の1階部分です。
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重厚な鉄扉
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2階のテラスに出て見ます。美しい中庭の景色と神戸の街並みが望めます。
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展示品は撮影禁止ですが室内は写真OKとの事です。2階の展示室の様子。
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天井には白鶴の紋が描かれています。
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こちらは1階展示室 
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階段脇の附室にこんな灯具がありました。
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こちらは事務棟の内部
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これだけの建物が(収蔵されている美術品も含めて)一個人のコレクションの為に建てられたという事実は現在の目からすると驚くべきことです。当時の事業家の資産力は今日の経営者レベルとは比較にならない一桁も二桁も違う物のようです。
彼らの多くは(動機はともかく)社会奉仕として文化事業、公益事業に多大の寄付や貢献を行い地域文化を育んでいきました。
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by sunshine-works | 2007-07-14 17:44 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2007年 07月 11日
菊正宗酒造本店

神戸東灘区の近代建築その2

東灘区には前回紹介した灘中学・高校の母体となった灘育英会の出資者である嘉納家(本嘉納家、白嘉納家)に関連する建物が残っています。その幾つかを順に紹介していきたいと思います。初回は清酒菊正宗の本嘉納家の本店建物です。
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区の南部、海岸線に沿って東側の魚崎郷から西の御影郷へ名だたる清酒銘柄の工場や酒蔵が続いています。御影郷にあるこの菊正宗酒造の建物は大正14年に建てられ現在も本店として使用されています。この界隈の酒造会社の中で唯一残る大正期の建物です。
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設計施工は宮崎工務店となっています。宮崎工務店については当事兵庫県内でも幾つかの建築を施工しているようなのですが、いろいろ調べてみても詳細は判りませんでした。

建物の三方が道路に面しており東と北面に入り口が設けられています。こちらは東面です。
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本館建物に隣接する別棟。倉庫か作業場なのでしょうか。
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北側が正面入り口になります。
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宮内庁御用達の看板が掲げられています。
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こちらは西側の面です。
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建物裏側。奥が本館、手前が別棟です。
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大正14年の竣工当時、木造や漆喰塗の蔵が並ぶ中に現れたモダンな石張の建物はその後日本一の生産量を誇るに至った同社のシンボルとして大切に使われて来ました。今の規格からは少々使い勝手の悪い建物かもしれませんが伝統産業である酒造会社の本社に相応しい風格は何物にも代えがたい物だと思います。
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by sunshine-works | 2007-07-11 21:28 | 近代建築 | Trackback(1) | Comments(0)
2007年 07月 07日
灘中学・高校
神戸東灘区の近代建築その1

近代建築Watch 今回から神戸編です。

芦屋から市境を越えて神戸市東灘区へ入ります。東灘区は灘五郷と呼ばれる酒造地帯の真中、魚崎郷と御影郷を抱え古くから酒造業を中心に発展した地域でした。また山の手一帯は明治以降財界人や文化人の邸宅が数多く建てられ、芦屋から繋がる高級住宅地として開発されていきました。
東灘区のほぼ中央、国道2号線と住吉川が交わる辺りに建つ私立灘中学・高等学校は灘の酒造業者達によって昭和3年に創設されました。開校当時の本館建物が現在も現役施設として使われています。設計:宋兵蔵建築事務所
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上の写真と下2枚は校庭側(南面)の様子です。
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1階の外壁に廻らせた横方向のラインが特徴的です。
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北面へ回って正面入口とその周辺の様子です。
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窓は独特の5角形のアーチ窓
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建物の角にはアールが付けられています。北西のコーナー部分。
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こちらは北東のコーナー部分。
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校舎内部です。
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今では全国的に有名な進学校として知られている灘中学・高校ですが元々は灘の酒造家達が協同して作った灘育英会がその始まりでした。出資者には櫻正宗の山邑家白鶴の白嘉納家、菊正宗の本嘉納家等、当地の代表的な酒造家が名を連ねています。
阪神間の近代建築を調べていくとこれら酒造家達が残した遺産の多さを改めて実感します。
かっての隆盛を失ってしまった感のある日本酒業界ですが優れた建築や文化施設を後世に残した彼らの功績は高く評価されるべきものと思います。
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by sunshine-works | 2007-07-07 12:54 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2007年 07月 03日
旧山口吉郎兵衛邸(滴翠美術館)
芦屋の近代建築その6

芦屋川を越えて西へ、旧山邑邸と川を挟んだ反対側の山芦屋町も大きな屋敷が並ぶ古くからの邸宅街です。
この一角に陶磁器や日本の美術工芸品を展示する美術館が開かれています。この建物は山口銀行(三和銀行の前身)を創設した山口吉郎兵衛の邸宅を利用したものです。
設計者 安井武雄 昭和8年築。

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建物は2つの棟に分かれています。こちらは美術館として使用されている棟の玄関部分です。
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玄関扉にはこのようなオブジェ風の装飾が取り付けられています。
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美術館の側面部分です。
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安井武雄はかって大阪倶楽部や野村ビル等独特の様式のビルを手がけましたが、この個人邸も和と洋が渾然とした何とも不思議な雰囲気を持っています。
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東側部分。植栽と塀に囲まれた庭に面しています。
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建物裏手、西側からの景色。
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北側の棟は現在使用されていないようです。
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こちらの玄関の柱は円柱です。
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天守のような塔屋
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北側からの眺め
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この邸宅の当主であった山口吉郎兵衛氏の個人コレクションを公開するために昭和39年に美術館として改装されました。個人の邸宅を美術館や博物館として転用する例は多く見られます。美しい美術品と優れた建築物を共に鑑賞出来るすばらしいコラボレーションです。
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by sunshine-works | 2007-07-03 21:19 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)