カテゴリ:近代建築 徳島県( 43 )

2014年 11月 30日
徳島の隧道
徳島の隧道

徳島県の地勢はその面積の8割が山地で、吉野川沿いに細長く平野部が連なる以外は、ほとんどが森林や険しい山々で占められています。
とりわけ山深い県南部では、長い間人々の営みは山々に隔てられ、往来や交易に困難を極めた状態が続いていました。
このような状況も、明治の世になって経済活動が活発となると、県内各地の街道整備が急速に進められ、西洋から導入された近代土木技術を用いて、険しい山を越えて町や村が結ばれていきます。
これらの街道の要となったのが随所に掘られた隧道で、その多くは人力施工による質素なものでしたが煉瓦やコンクリートを用い、坑口には扁額を飾る本格的なものもありました。

現在、これら初期の隧道の多くは新しい隧道の開通に伴って取り壊されてしまいましたが、生活道路として存続しているものや供用を終えたまま放置されたものに往時の姿を偲ぶ事ができます。
今回は県南部の山中に残るこれらの隧道の幾つかを紹介します。
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阿南市に残る橘隧道。現在は3代目となるトンネルが通されていますが、明治43年に竣工した初代の隧道が現存します。
 
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煉瓦巻き、抗口の角には切石を用いています。
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南へ下った海部郡美波町に残る一之坂隧道。竣工年度は県内の近代隧道としては再古の明治36年。閉鎖されて長い持間が過ぎているようで、坑内は半ば水没状態。坑口も裂け目が生じています。
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両方の坑口には緻密に詰まれた煉瓦や切石が当時の姿で残されています。
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同じく海部郡の山中で現在も使われている松阪隧道。コンクリート打設の隧道としては日本最古と言われています。大正10年竣工。
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アーチ上部に掲げられた扁額。東側のこの面には「道通天地」、西側には「松坂隧道」と刻まれています。
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トンネルの長さは90メートル弱。2分もかからず反対側に抜けます。
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海陽町の旧道に残る初代猪之峠隧道は昭和6年の竣工。こちらも現役で使われています。
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車両も通す現役施設だけあって内壁は補強され、路面もコンクリートが敷かれています。
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by sunshine-works | 2014-11-30 23:25 | 近代建築 徳島県 | Trackback | Comments(0)
2014年 11月 19日
牟岐線那賀川橋梁
徳島の鉄道遺産その18

前回紹介した那賀川橋から河口へ約4km、阿波中島~阿南間で牟岐線が那賀川を渡ります。この那賀川橋梁は昭和11年に架けられました。
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橋長470メートル。緩やかな流れの上を10連のワーレントラス桁が渡ります。現存する戦前築の鉄道橋梁としては県内で3番目の長さ、牟岐線では最長となります。
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鉄道橋に併設されている人道橋を渡りながら各部を眺めます。
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南詰めの踏切から捉えたトラスの奥部。
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前年に架けられた高徳線吉野川橋梁が先進的な3径間連続トラス方式で架けられたのに対し、この那賀川橋梁は従来通りの単径間トラス方式。桁の形式は吉野川橋梁と同じ平行弦トラスが用いられます。
現代のトラス桁に通じる洗練されたスタイルです。
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上流側からの眺めです。
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by sunshine-works | 2014-11-19 23:57 | 近代建築 徳島県 | Trackback | Comments(0)
2014年 11月 07日
那賀川橋
徳島市阿南市の近代建築その1

吉野川水系を跨ぐ橋梁の数々をこれまで紹介してきましたが、徳島南部を流れる1級河川那賀川にも古い歴史を持つ橋梁が現存しています。
今回と次回では昭和初期に架けられた那賀川下流を渡る二つの橋梁を紹介します。
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阿南市市街地の西、国道が上中島~羽ノ浦間で那賀川を渡ります。
この地点に架けられている那賀川橋は昭和3年に竣工しました。設計:増田淳
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300メートルを超える川幅を、4連の下路ワーレントラスとこれに繋がるコンクリート桁が渡ります。
トラス桁は昭和3年竣工時のもの、コンクリート桁は昭和17年の拡幅時に追加されています。
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この那賀川橋と吉野川橋は共に増田淳の設計で同年に架けられています。
双方のトラス桁部分は径間長が異なるものの、部材の組み方や太さ、曲弦の傾斜角は殆ど同じ。共通した規格が用いられたと思えます。
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この時代の鉄骨構造物らしく無骨なリベットが各部を繋ぎます。
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支柱に取り付けられた大きな銘板。橋の要目と工事関係者の名前が記されています。
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この橋も吉野川と同様にバイパスの開通によって主要道の役割を新橋に譲りますが、補修を重ね今尚現役で使われています。
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by sunshine-works | 2014-11-07 23:37 | 近代建築 徳島県 | Trackback | Comments(0)
2014年 10月 29日
旧徳島県庁舎
徳島県徳島市の近代建築その6

徳島市の中心市街から南へ約5キロメートル。
園瀬川の畔に、美術館や博物館、図書館が並ぶ徳島県文化の森総合公園が置かれています。
この公園の一角で県立文書館として使われている建物は、昭和5年に建てられた徳島県庁舎の中央部分を移築および再現したものです。設計:佐藤利器
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公園の東端、小高い丘の裾に西に正面を向けて建つ鉄筋コンクリート3階建。
昭和61年の新庁舎の竣工に伴い解体された旧徳島県庁舎の中央玄関部分と、短縮した両翼部分が移されています。
移築に伴って規模が減じられ、部材の一部は複製が使われていますが、往時の姿を良く伝えています。
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正面入口へ続くアプローチからの眺め。庁舎に相応しい石造の豪奢な車寄せを中央に据えます。
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上層階の外壁はスクラッチタイル貼り、1階外壁には切石を廻らせます。
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背後の山の遊歩道を登って裏面を眺めます。
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by sunshine-works | 2014-10-29 23:55 | 近代建築 徳島県 | Trackback | Comments(0)
2014年 09月 16日
旧阿波農工銀行本店(みずほ銀行徳島支店)
徳島県徳島市の近代建築その5

前回紹介した高原ビルの近くに、昭和初期に建てられた銀行建物が現存します。
みずほ銀行徳島支店として使われているこの建物は、阿波農工銀行本店として昭和4年に建てられました。設計:国枝博
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合併と統合を繰り返してメガバンクに成長した現在のみずほ銀行の前身、勧業銀行の下部銀行だった各地の農工銀行の一つとして設立されたのが旧阿波農工銀行です。
昭和4年に阿波農工銀行本店として建てられた後、昭和12年に同行を吸収した勧業銀行の徳島支店として使われ、その後は勧業銀行の変遷と共に名を変えながら現在も銀行店舗として使われています。
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鉄筋コンクリート2階建。腰周りや窓枠に花崗岩の切石を貼ります。全面に6本のコリント式ジャイアントオーダーを並べ、柱間にアーチを連ねる当時の銀行建築の典型的な意匠です。
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建物の規模に比べると小さな主入口。この入口もアーチ型で飾られます。
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オーダー柱のクローズアップ。四国に現存する戦前の銀行建築の中で、コリント式の列柱が並ぶ銀行店舗として希少な例です。
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by sunshine-works | 2014-09-16 23:58 | 近代建築 徳島県 | Trackback | Comments(0)
2014年 09月 06日
高原ビル
徳島県徳島市の近代建築その4

徳島市の中心街の一角に昭和初期に建てられた鉄筋3階建てのビルが残されています。
この建物は昭和7年に徳島で石油卸業を営む高原商店が建てた商業ビルで、1階に同社の本社が置かれ、上階は住居として使われていました。
*当初の掲載内容に誤りがありましたので記述を一部修正いたします。
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全面に貼られたスクラッチタイル、上げ下げ式の縦長窓、1階角の丸窓、アールを付けたコーナー、窓間を飾る付柱、テラコッタの軒飾り等々、昭和初期のモダンな商業ビルの姿を今に伝えます。
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商店街の裏手、人通りが途切れた辺りに位置します。赤いタイルが貼られた1階の通り抜け部分が改修されているようですが、正面側外壁は竣工当時の状態が保たれています。
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一部の窓を丸窓とする意匠は、当時の商業建築に良く使われていました。
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全面に貼られたスクラッチタイル。基礎部分は花崗岩の切石を積みます。
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窓間や軒下をテラコッタで飾ります。
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ガラス窓越しに写した2階室内。
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by sunshine-works | 2014-09-06 23:57 | 近代建築 徳島県 | Trackback | Comments(0)
2014年 08月 28日
旧岡山県製粉製麺工業協同組合事務所
岡山県笠岡市の近代建築その5

前回紹介した関藤謙治商店から南へ、現在は子ども劇場笠岡センターとして使われている木造の洋風建築が見えてきます。
この建物は、岡山県製粉製麺工業協同組合の事務所棟として建てられました。詳しい逐年は不明ですが、昭和初期に建てられたものと思われます。
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船溜まりを横手に河口へ進んで程なく、住宅地の一角に建つ木造下見板貼、2階建て。
寄棟屋根に洋風の赤瓦を葺きます。
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大きく庇を張り出した玄関ポーチ、その上部に軒下まで付柱が伸ばされます。
正面側の窓はサッシに替えられていますが、背面と側面は当時のままの木製窓枠が保たれています。
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玄関周り詳細。庇を支える角柱はアールデコ風の意匠です。
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by sunshine-works | 2014-08-28 23:23 | 近代建築 徳島県 | Trackback | Comments(0)
2014年 06月 30日
牟岐線赤石川橋梁
徳島の鉄道遺産その17

勝浦川橋梁を越え、小松島市を下る牟岐線は、阿波赤石駅の手前で小さな川を渡ります。
この地点に架けられている赤石川橋梁には同区間が開通した大正5年当時の橋脚、橋桁が今尚現役で使われています。
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駅の南側、小松島湾に注ぐ赤石川の河口に架けられたプレートガーダー桁。
川中に据えられた3基の橋脚と両岸の橋台が支えます。橋脚は当時一般的な煉瓦積み、橋桁は古い英国式のポーナル桁が使われています。
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橋脚上を渡るポーナル桁。赤石川橋梁が架けられた大正初期のプレートガーダー桁の主流はアメリカ規格の桁に移行していましたが、この橋には明治中期に導入された英国規格の桁が使われています。
開設時に新造されたものか、他所からの移設かは不明ですが、耐加重に劣るこの形式でも、地方路線故に問題とされなかったのかもしれません。
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特徴的なポーナル桁の細部。津山線に導入された輸入桁や、徳島線鮎喰川橋梁のものとは異なり、細かい感覚で補鋼材が並んでいます。
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by sunshine-works | 2014-06-30 23:47 | 近代建築 徳島県 | Trackback | Comments(0)
2014年 06月 25日
牟岐線勝浦川橋梁
徳島の鉄道遺産その16

徳島市の南部、牟岐線が小松島市との境を流れる勝浦川を渡る地点には、同区間が開通した大正2年に築かれた煉瓦橋脚が現存します。
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前回紹介した富田川橋梁と同じく、阿波国共同汽船が敷設した徳島と小松島港間の連絡鉄道の遺構。
270メートルを超える広い川幅を上路プレートガーダーが渡っていきます。煉瓦橋脚は開通時からのものですが、桁は戦後に架け替えられています。
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河川敷と川中に据えられた開業時の橋脚。下部にアーチ型の開口部を設けた独特の煉瓦橋脚が並びます。増水時の水捌けを考慮したものでしょうか。
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開業当時の姿を保つイギリス積みの煉瓦橋脚。大規模な補修の跡も無く、風化、変色した煉瓦は100年の歳月を伝えます。
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藪を抜け、畑を渡って土手を越えます。両岸の橋台も開業当初の煉瓦構造物が残っています。
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水流を受ける上流側の先端を尖らせた橋脚。後に桁が架け替えられた為、プレートガーダーと比べて橋脚幅が大きなものとなっています。
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by sunshine-works | 2014-06-25 23:56 | 近代建築 徳島県 | Trackback | Comments(0)
2014年 06月 20日
牟岐線富田川橋梁
徳島の鉄道遺産その15

徳島駅から海部市へ至る牟岐線は、関西との航路が結ばれた小松島港と徳島間の連絡線として敷設された民営路線を前身の一つとし、その歴史は大正初期に遡ります。
徳島市街地から南へ伸びるこの牟岐線の沿線には、開業当初の姿を今尚留める古い鉄道施設が数多く残されています。
徳島の鉄道遺産その15は、開業時の煉瓦橋脚と橋桁が現存する徳島中心部の富田川を渡る橋梁を紹介します。
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牟岐線の前身、阿波国共同汽船による徳島~ 小松島間の開業は大正2年。徳島駅を発した下り線が最初に渡る橋梁が、この富田川橋梁となります。
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川中に3基、地上部分にも煉瓦橋脚が置かれ、プレートガーダー桁を支えます。
プレートガーダーに鉄道省の銘板は無く、「川崎造船兵庫分工場」のプレートが貼られています。同工場は明治末期に開設されているので、この橋梁の開設時に架けられた桁が今尚使われているものと思われます。
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地上部分に置かれた橋脚。丸みを持たせたイギリス積みの煉瓦橋脚です。
橋の両側にも同様な煉瓦構造物が残ります。
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by sunshine-works | 2014-06-20 23:36 | 近代建築 徳島県 | Trackback | Comments(0)