カテゴリ:近代建築( 349 )

2010年 12月 26日
土讃線黒川~讃岐財田間の橋梁
香川県まんのう町の近代建築その2

香川県多度津から高知を結ぶ土讃線はまんのう町南部の山間いで財田川とその支流を鉄橋で渡り、徳島県境へ進んでいきます。この地点には大正12年の同区間開通時に架けられた橋が現存し、現役施設として使われています。
f0116479_21584673.jpg

民営の讃岐鉄道を前身とする土讃線は現在のJR四国の路線で最も古い歴史を持つ線区として明治22年に敷設され、丸亀から琴平の間を結んでいました。
当初は、本州との船便の拠点だった多度津・丸亀と金比羅宮を結ぶ参宮鉄道としての色合いが強かった同線ですが、その後に四国の南部を結ぶ幹線として徳島、高知への延伸が計画され、大正12年にその第1区間として琴平~讃岐財田間が開通します。

黒川駅のすぐ横手の財田川を渡る黒川橋梁。楕円のコンクリート橋脚の上を上路プレートガーダーが渡されます。
f0116479_21592665.jpg

f0116479_21595598.jpg

f0116479_2203144.jpg

同じ香川県の鉄道橋梁で同時期に施工された琴電琴平線の土器川橋梁や香東川橋梁が旧来の石積スタイルの橋脚を用いているのに対し、土讃線橋梁は以後の標準となるコンクリート橋脚が使われています。
f0116479_1293360.jpg


f0116479_2205935.jpg

f0116479_2211853.jpg

f0116479_2215040.jpg

f0116479_2222124.jpg

f0116479_2223799.jpg

f0116479_2225570.jpg

f0116479_2231224.jpg

讃岐財田駅近くの多治川を渡る橋梁。この橋も同時期の竣工です。黒川橋梁と同様に桁高の高い橋ですが、橋脚は楕円ではなく角柱が用いられています。
f0116479_2214852.jpg

f0116479_22143644.jpg

f0116479_22145369.jpg

f0116479_22161451.jpg

四国の瀬戸内側と太平洋側を結ぶ主要路線とは言え、土讃線は開通以来現在まで単線のまま、電化区間も琴平までで、山間のこの辺りともなると、一際長閑な風景となります。
f0116479_22165742.jpg

f0116479_22173093.jpg

f0116479_22174642.jpg

山間いの小さな川だけに川幅は狭いのですが、両側の土手のレベルに合わせて高い位置に橋が架けられています。
f0116479_22182267.jpg

f0116479_22184775.jpg

f0116479_2219325.jpg

この二つの橋梁は規模としては然程大きな橋ではありませんが、交通不便な山間部の架橋は相応の難工事になりました。
この後更に徳島・高知へ伸ばされて行く土讃線には大規模な橋梁工事が連続しますが、その度に技術を積み重ね、優れた鉄道橋を数多く残していく事となります。
f0116479_22191887.jpg


by sunshine-works | 2010-12-26 23:34 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2010年 12月 22日
琴電琴平線 土器川橋梁/綾川橋梁
香川県まんのう町の近代建築その1

琴平街道に沿って西へ進む琴電琴平線は、終点琴平の手前で再び大きな川を渡ります。
琴電の鉄道橋として最長の長さとなるこの土器川橋梁は同線開設時の大正15年に架けられました。
f0116479_21533245.jpg

16基の橋脚の上を鋼製の上路プレートガーダーが渡ります。
同時期に施工された香東川橋梁と土器川橋梁は全く同じ規格で造られており、周囲の景色も似ているこの二つの橋は見分けがつかない程そっくりです。
f0116479_21552915.jpg

f0116479_22172210.jpg

f0116479_21542430.jpg

f0116479_21554556.jpg

f0116479_21555958.jpg

プレートには「大正15年・日本橋梁」の銘が刻まれています。
f0116479_21551893.jpg

表面に石を積んだ楕円の橋脚。昭和以後はコンクリート橋脚に取って代わられ、石積橋脚はこの時期の物が最後となります。
f0116479_2159155.jpg

f0116479_2203840.jpg

f0116479_2213728.jpg

f0116479_21593943.jpg

f0116479_220942.jpg

f0116479_2205563.jpg

f0116479_2211169.jpg

一級河川とは言えこの付近の土器川は水量が少なく、橋脚のほとんどは広い河川敷に立てられています。
f0116479_22143039.jpg

f0116479_23374756.jpg

f0116479_22145977.jpg

f0116479_22151920.jpg

f0116479_23405146.jpg

f0116479_22153838.jpg


こちらは土器川の手前、綾川を渡る琴電橋梁。琴平街道の綾川橋を上流に遡った地点に架けられています。
f0116479_23272328.jpg

f0116479_2328824.jpg

この橋も同様な規格で造られていますが、水面から高く架けらている為、印象がかなり異なります。
f0116479_23314493.jpg

f0116479_233234.jpg

これまで数回に渡って琴電の主要な橋梁を紹介してきましたが、各線にはこの他にも開設以来使われている小規模な橋梁が多数残っています。全線が鉄道博物館とも言われる琴電の中で、これらの橋梁群は最も歴史を感じさせる素晴らしい近代化遺産となっています。
f0116479_23322753.jpg


by sunshine-works | 2010-12-22 23:42 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2010年 12月 18日
吉井川橋梁
岡山県津山市の近代建築その7

津山市街地を東へ流れてきた吉井川は津山駅の東方で大きく向きを変えて南へ下って行きます。姫新線はこの屈曲部で再び吉井川を渡り、因美線と分岐する東津山を経て姫路方向へ向います。
吉井川に架けられた姫新線橋梁シリーズの最後は3橋の中で最も長い吉井川橋梁を紹介します。
f0116479_20352384.jpg

中州を挟んで150メートル余りの広い川幅を14連のプレートガーダーが渡ります。岡山の内陸部に架けられた鉄道橋の中では最も長い橋となります。
f0116479_20373550.jpg

f0116479_2038159.jpg

f0116479_20363893.jpg

f0116479_2037242.jpg

f0116479_20403169.jpg

鬱蒼と木々が茂る中州を経て対岸へ渡ります。広い川幅を真っ直ぐに結ぶ橋ですが、豊かな緑に遮られて全長を一望できません。
f0116479_204064.jpg

f0116479_2041627.jpg

f0116479_20553463.jpg

鉄道橋梁の名称は下流側から第一、第二と付けて行くそうですが、「吉井川橋梁」の次に「第一吉井川橋梁」の名称が来るのは何とも不思議な感じです。
f0116479_20531782.jpg

f0116479_20534450.jpg

f0116479_20541179.jpg

f0116479_20545337.jpg

f0116479_20551156.jpg

橋の東側にも小さな橋が並びます。
f0116479_2161852.jpg

f0116479_2164077.jpg

本橋の隣に架かる加茂川橋梁と名のある小さな橋。この後の因美線でも同じ名称の橋が出て来ます。
f0116479_21102763.jpg

f0116479_21105460.jpg

f0116479_21111966.jpg

f0116479_21114055.jpg

姫新線開設時の最大の工事となった吉井川橋梁の完成で津山は山陰とも結ばれ、陰陽連絡線の中継点として大きく発展を遂げる事となります。
開設時の姿を留めるこれら吉井川の3つの橋は美作の鉄道の歴史を伝える近代化遺産として貴重な資料となっています。
f0116479_21335411.jpg


by sunshine-works | 2010-12-18 23:53 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2010年 12月 14日
津山機関車庫
岡山県津山市の近代建築その6

第一吉井川橋梁を越えた姫新線の上り列車は、程なくして美作の中心駅、津山駅に到着します。
この津山駅には、全国でも数例となった旧国鉄時代に建てられた扇形機関庫が残されています。
f0116479_2312440.jpg

明治31年の津山線開通に始まる美作の鉄道網は、その後大正8年に因美線、大正12年に作美線(後の姫新線)が相次いで開通、昭和11年の姫新線の全通で東西南北を結ぶ路線が整います。その交点に位置する津山駅は各線区の車両が乗り入れる内陸部の中心駅として重要な役割を担っていました。
この機関庫は美作の鉄道網が完成した昭和11年にそれまでの機関庫に代わって建てられたものです。
f0116479_23134367.jpg

蒸気機関車を風雪から守り、整備・点検を行う車両基地として各地に設けられた機関庫には並列に車庫が並ぶ短形式の物とこの津山機関庫に見られる扇形式の物がありました。
扇の要にあたる箇所に転車台を設置し、円滑に車両の出し入れが出来るこの形式は構内の配線が複雑にならずに済む利点があり、大規模な機関庫にはこの形式が多く用いられました。
f0116479_23151279.jpg

f0116479_23161298.jpg

f0116479_23171771.jpg

転車台を基点として半円形に並ぶ車庫は全部で17線。現存する扇形機関庫の中では京都梅小路機関庫の20線に継ぐ規模です。
f0116479_23222248.jpg

f0116479_2329026.jpg

f0116479_23231588.jpg

f0116479_23283681.jpg

f0116479_23261440.jpg

f0116479_23275933.jpg

f0116479_2327409.jpg

f0116479_1113053.jpg

車庫内部。外観同様のコンクリート打ち放し仕様です。
f0116479_23352722.jpg

f0116479_2333853.jpg

f0116479_23342988.jpg

f0116479_23344463.jpg

f0116479_23355997.jpg

f0116479_2334181.jpg

裏面は天井の高さまで窓が並び、薄暗い庫内を照らします。
f0116479_23401564.jpg

f0116479_23403381.jpg

f0116479_23411684.jpg

裏面の数箇所にこのような鉄扉が設けられています。
f0116479_184612.jpg

外側から見た裏面の景色。窓枠は当時のままと思われますが、硝子の多くは割れています。
f0116479_23451151.jpg

f0116479_23454345.jpg

f0116479_2346376.jpg

f0116479_23462919.jpg

f0116479_23481776.jpg

車庫の上部にも採光用の開口部が設けられています。
f0116479_23593078.jpg

f0116479_23594610.jpg

側面に設けられた丸窓。ほとんど装飾らしきものが無いこの建物の数少ない意匠表現です。
f0116479_23525146.jpg

f0116479_23532698.jpg

f0116479_23553054.jpg

f0116479_23542484.jpg

蒸気機関車の退役と共に各地の機関庫は役割を終え、その多くは取り壊されて行きました。扇形機関庫の現存例は全国で僅かに13を数えるだけとなりましたが、これらは蒸気機関車の時代を語る上で欠かせない鉄道施設として伝えて行くべき遺構と言えます。
f0116479_0561526.jpg


by sunshine-works | 2010-12-14 23:47 | 近代建築 | Trackback | Comments(2)
2010年 12月 10日
姫新線 第一吉井川橋梁
岡山県津山市の近代建築その5

第二吉井川橋梁
から東へ約4キロ、新見発の上り姫新線は再び吉井川を渡り、津山駅へ向います。
この場所に架けられた第一吉井川橋梁も同区間が開設された昭和2年に竣工しています。
f0116479_21465261.jpg

第二吉井川橋梁と橋脚・橋桁はほぼ同規格ですが、径間長はやや長い21.3メートル、橋桁も6連と第二吉井川橋梁を上回ります。
f0116479_21472370.jpg

f0116479_21473580.jpg

f0116479_21481157.jpg

f0116479_21482829.jpg

f0116479_21484153.jpg

f0116479_214986.jpg

上流側からの眺め。全体に緩やかに弧を描いて架けられています。
f0116479_2151273.jpg

f0116479_2150278.jpg

f0116479_21502451.jpg

f0116479_21504161.jpg

鬱蒼と草が茂る河川敷を渡る橋桁。
f0116479_21554072.jpg

f0116479_2156395.jpg

f0116479_21561643.jpg

f0116479_21563843.jpg

古くから美作の中心都市として栄えた津山は、姫新線の開通によって東西の地域と短時間で結ばれ、更なる発展を遂げます。
津山の中心部へ多くの物と人を渡してきたこの橋は地域の繁栄を支えた近代化遺産として貴重な物と言えます。
f0116479_21565176.jpg


by sunshine-works | 2010-12-10 23:25 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
2010年 12月 06日
阪急電鉄今津線の橋梁・高架軌道
西宮の近代建築その30

宝塚から西宮市今津を結ぶ阪急電鉄今津線は大正15年に始まる長い歴史を持つ線区です。現在は西宮北口駅で今津北線と今津南線の二つの線に分けられていますが、かつては全区間が一本の線路で繋げられていました。
この今津南線の途中区間、東海道本線と国道2号線を跨ぐ箇所には同線開業時に架設された高架桁、架道橋、跨線橋が現役施設として使われています。
f0116479_20571546.jpg

西宮北口駅を出て最初に差し掛かる東海道本線を渡る跨線橋。線路と側道を大きなトラスで跨ぎ、前後にプレートガーダーの高架桁を繋ぎます。橋の長さに比べて背の高いトラスが特徴的です。
f0116479_2058167.jpg

f0116479_205841100.jpg

f0116479_20591742.jpg

f0116479_210131.jpg

f0116479_2103658.jpg

f0116479_211373.jpg

f0116479_212447.jpg

f0116479_2124234.jpg

f0116479_2133618.jpg

ビール工場のタンクの脇を抜けて連なる高架桁。次の阪神国道駅へ繋がります
f0116479_213565.jpg

f0116479_2154721.jpg

f0116479_21111395.jpg

高架桁はそのまま南へ続き、橋上に設けられた阪神国道駅に至ります。
f0116479_21195710.jpg

f0116479_21201490.jpg

f0116479_21203612.jpg

f0116479_21211148.jpg

f0116479_21213453.jpg

阪神国道駅はその名の通り阪神国道(国道2号線の通称)に面した駅で、昭和2年開業時の駅舎が現在も使われています。
この駅の南側、国道2号線を渡る架道橋も同線開通時に架けられたものです。
f0116479_21304944.jpg

f0116479_21285036.jpg

f0116479_21291259.jpg

f0116479_21293280.jpg

f0116479_21295075.jpg

f0116479_21301121.jpg

f0116479_21374781.jpg

表面にびっしりと打ち込まれたリベット。この時代の橋ならではの趣です。
f0116479_21351653.jpg

f0116479_21353199.jpg

f0116479_21354796.jpg

f0116479_21364521.jpg

f0116479_23374470.jpg

開業時に架設された高架橋部分は橋の南詰で終わり、この先の築堤の上を緩やかに地上へと下りて行きました。(現在は終点の今津まで全区間が高架となっています)
f0116479_21445950.jpg

f0116479_21451499.jpg

f0116479_21454197.jpg

各地の都市部に残る古い高架桁の中でも、このように鋼桁と鉄橋が連続する高架区間は珍しく、竣工当時のまま現存している例として希少な物と言えます。
f0116479_21462837.jpg


by sunshine-works | 2010-12-06 23:32 | 近代建築 | Trackback | Comments(2)
2010年 12月 02日
東海道本線武庫川橋梁
尼崎の近代建築その16/西宮の近代建築その29

兵庫県の近代建築探訪、前回は福知山線の廃線跡を紹介しましたが、この後しばらく鉄道に関連した近代化遺産を巡っていきます。

日本で2番目に開通した大阪神戸間の開通に始まり、大手私鉄が競って路線を伸ばしたこの地域には数多くの鉄道遺産が残されています。今回紹介する東海道本線武庫川橋梁も開業以来今日まで、長い歴史を刻んで来ました。
f0116479_22174621.jpg

明治7年の大阪神戸間の開通時に日本最初の鉄橋として架けられた武庫川鉄橋は、その後に架け替えと改修を重ね、現在の橋は明治期~平成に至る各時代の部材が組み合わされた物となっています。
上り線に使われている煉瓦橋脚は明治末~大正中期頃、その他のコンクリート橋脚は同区間が複々線化された昭和12年の築、プレートガーダーの橋桁は大正から現代までの物が混在していると推測されます。
f0116479_22194862.jpg

f0116479_22213984.jpg

f0116479_22222466.jpg

この付近は地面より水位が上にある「天井川」となっている為、線路は築堤で嵩上げされた路盤上から橋に入ります。河川敷を低い高さで渡り、川面に狭い間隔で並ぶ橋脚の上へ運ばれていきます。
f0116479_22291497.jpg

f0116479_22244722.jpg

f0116479_2225261.jpg

f0116479_2226052.jpg

f0116479_2226511.jpg

f0116479_23475936.jpg

f0116479_22344540.jpg

f0116479_2235495.jpg

f0116479_22333769.jpg

f0116479_22351790.jpg

f0116479_2236339.jpg

f0116479_0164765.jpg

6基の橋脚で川を越え、対岸へ渡ります。
f0116479_22432852.jpg

f0116479_22472662.jpg

f0116479_2221652.jpg

f0116479_2252238.jpg

f0116479_22522183.jpg

鉄板と支材をリベットで組んだだけの単純な構造ですが、複雑に鋼材が組み合わさったトラス橋の美しさとはまた異なる、力強い迫力を感じます。
f0116479_22541864.jpg

f0116479_22544571.jpg

f0116479_22572098.jpg

f0116479_22575068.jpg

f0116479_225551100.jpg

f0116479_041192.jpg

上流側に並ぶ重厚な煉瓦橋脚。
f0116479_2345324.jpg

f0116479_23452145.jpg

f0116479_23313931.jpg

f0116479_23311551.jpg

f0116479_23321917.jpg

f0116479_2333050.jpg

f0116479_23333420.jpg

f0116479_2334246.jpg

f0116479_23342864.jpg

f0116479_23352642.jpg

f0116479_23345218.jpg

武庫大橋から望む武庫川橋梁。背景の山並みや川面の景色に美しいシルエットが浮かびます。
f0116479_23465347.jpg


by sunshine-works | 2010-12-02 23:50 | 近代建築 | Trackback | Comments(4)
2010年 11月 29日
綾川橋
香川県綾川町の近代建築その3

高松から琴平へ至る旧街道は滝宮を過ぎて程なくして綾川に差し掛かります。この地点には県内で数少ない戦前築の鉄筋コンクリートの道路橋が架けられています。昭和8年築。
f0116479_2237258.jpg

道路面から遥か下を流れる綾川を3連の大きなアーチで跨ぐこの橋は、開腹コンクリートアーチ橋と呼ばれる構造の橋です。この様な深い谷間を渡る橋に多く用いられますが、大きな川が少ない香川県では珍しい形式です。
f0116479_22412722.jpg

現在県道282号線となっているこの道は高松と金刀比羅宮を結ぶ重要な街道でしたが、綾川を渡るこの地点は大雨の度に氾濫を起こす難所とされた場所でした。近世以降は橋が渡されましたが、その橋も豪雨によって流出を繰り返しており、主要道としては非常に不安定な要素を抱えていました。
f0116479_22421336.jpg

河川敷に設けられた公園から橋脚部を眼前に望みます。3連の大きなアーチの間には縦長の小さなアーチが隙間を埋める様に並んでいます。
f0116479_22501476.jpg

f0116479_22503353.jpg

f0116479_22505075.jpg

アーチの上に渡された橋桁にはアールデコ調の高欄が並びます。
f0116479_2243171.jpg

f0116479_22432085.jpg

f0116479_22433648.jpg

f0116479_2244208.jpg

風化や損傷が目立ちますが、親柱や高欄は竣工時のままの状態が保たれています。
f0116479_2247245.jpg

f0116479_2248072.jpg

f0116479_22482626.jpg

f0116479_22491639.jpg

f0116479_22484665.jpg

幾度も橋が流されたこの場所に、当時の土木技術の粋を集めて架けられた綾川橋は長年の夢を実現させた悲願の橋となりました。
築70年を経た今も変わらぬモダンなその姿は、美しい渓谷の景観と溶け合った地域の誇る名所となっています。
f0116479_2251616.jpg


by sunshine-works | 2010-11-29 23:48 | 近代建築 | Trackback | Comments(3)
2010年 11月 25日
琴電滝宮駅
香川県綾川町の近代建築その2

琴平高松電気軌道(琴電)の母体の一つとなった琴平電鉄は、高松から金刀比羅宮へ至る参宮鉄道として大正15年に開通します。現在は琴電琴平線となったこの区間の途中に開業時に建てられた駅舎が現存しています。
f0116479_2274578.jpg

急傾斜の大きな屋根が特徴的な木造下見板貼り・洋瓦葺きのモダンな駅舎です。
現在は木造下見板貼りの外壁となっていますが、俊工事はモルタルスタッコ仕様の壁にハーフティンバー式に柱を見せた凝った造りでした。
f0116479_228549.jpg

f0116479_22203258.jpg

この滝宮駅の他にも、琴電の母体となった3会社の駅舎には洋風意匠を取り入れた例が多く、以前に紹介した長尾線の元山駅や志度線の屋島駅も洋風のモダンな駅舎に造られています。
f0116479_2221022.jpg

f0116479_2282319.jpg

側面に比べて相応に幅の狭い正面側。屋根の大きさが際立ちます。
f0116479_22183718.jpg

f0116479_22185528.jpg

f0116479_2241486.jpg

モルタルの外壁は下見板に変えられていますが、これはこれで建物の雰囲気と良くマッチしています。
f0116479_22235951.jpg

f0116479_22241652.jpg

内部も当時の姿が良く残されています。琴電屋島駅の内部と通じるものがあります。
f0116479_22245434.jpg

f0116479_2230386.jpg

f0116479_22305475.jpg

開業当時の橋梁や戦前生まれの車両が現役で活躍する琴電は鉄道遺産の宝庫として知られていますが、地方鉄道には珍しい大正期~昭和初期の洋風駅舎が現用施設として使われている事もその魅力のひとつです。
東京や京阪神の郊外に大手私鉄が路線を発達させていったこの時代、これら私鉄に倣って作られた洋風意匠の駅舎ですが、地方駅とは思えない極めて高いレベルで作られた事が窺えます。
f0116479_22312153.jpg


by sunshine-works | 2010-11-25 23:37 | 近代建築 | Trackback | Comments(2)
2010年 11月 21日
錦橋
岡山県津山市の近代建築その4

前回紹介した姫新線第二吉井川橋梁の下流側には鉄道橋と並行する様にトラス式の道路橋が渡されています。この錦橋は昭和11年に架けられました。
f0116479_1645348.jpg

吉井側沿いを走る旧道に架かる小さな橋です。中央にワーレントラスが二連、両側にプレートガーダーが繋がります。両側のガーダー部分は戦後に架けかえられた物ですが、中央のトラスと橋脚は竣工当時の物です。
f0116479_1761976.jpg

f0116479_177686.jpg

f0116479_1774297.jpg

この規模のトラス橋に一般的な、左右を繋ぐ横桁がないポニートラスと呼ばれる形式が用いられています。頭上を覆う構造材が無い分すっきりとした印象となります。
f0116479_17203014.jpg

f0116479_17211272.jpg

f0116479_17213163.jpg

上流側に見えるのが前回紹介した第二吉井側橋梁です。
f0116479_17241930.jpg

f0116479_17233830.jpg

隣り合って並ぶ二つの橋。
f0116479_17245982.jpg

f0116479_1829507.jpg

f0116479_18432317.jpg

この橋も第二吉井側橋梁と同様のコンクリート橋脚が桁を支えます。
f0116479_18464580.jpg

f0116479_18472551.jpg

f0116479_18474990.jpg

f0116479_18481561.jpg

f0116479_18484186.jpg

築年が昭和11年である事から、この橋も昭和9年の室戸台風で流された旧橋の復旧事業で架けられた物と思われます。この様な小規模な橋も被災から2年足らずで近代的な橋に架けかえられていきました。
f0116479_19322436.jpg


by sunshine-works | 2010-11-21 00:17 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)