カテゴリ:近代建築 香川県( 38 )

2012年 07月 10日
旧木田歯科医院
香川県坂出市の近代建築その4

坂出駅の北側、商店街の裏手に、かつて歯科医院として建てられた建物が残されています。詳しい築年は不明ですが、昭和初期に建てられたものと思われます。
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商店街の裏筋に位置するこの一帯は、住宅街の中に古くから続く店舗や事業所が点在する、いわゆる住商混合地域として栄えた地区でした。
駅前から続く道沿いに各種施設が揃い、多くの人出で賑わうこの一帯には医療機関が多く開かれました。
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1階と2階の縦長窓の間に木造モルタル2階建て。
建物左側を僅かに張出しますが、フラットに平面を組み合わせた方形の外壁に陸屋根を乗せ、ぐるりとパラペットを巡らせるます。当時の商業建築や医院建築に良く使われたモダンな意匠です。
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1階と2階にそれぞれ縦長窓を並べ、その間を緩くアールを描く壁面で繋ぎ、円形のメダリオンを飾ります。
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建物左手に配置された正面入口。玄関扉は後方斜めに設けられています。
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地方都市の中心部に建てられた個人医院の多くは、廃業後に居住区画だけを残して使用される例もあれば、空き家となって放置される事例も数多いようです。地方都市に共通する中心部の空洞化は、このように価値ある医院建築の存続についても大きな影響を及ぼしています。
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by sunshine-works | 2012-07-10 23:14 | 近代建築 香川県 | Trackback | Comments(0)
2012年 06月 23日
旧松山村役場
香川県坂出市の近代建築その3

香川県の北部を海沿いに結ぶ、さぬき浜街道にそって北東へ。坂出市郊外の静かな集落の一角に旧役場庁舎が残されています。現在公民館として使われているこの建物は旧松山村の役場として建てられました。
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昭和31年に坂出市と合併するまで、現在の市域の北部には松山村と玉越村の2つの村が存在していました。この建物は、松山村の中心部だった高屋集落に建てられ、廃村時まで村役場として使われていました。
築年や設計施工者は不詳ですが、昭和初期の築と推測されます。
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方形の建物に寄棟屋根を載せた木造モルタル造の2階建。セッセッション風のモダンな外観です。
平面を基調とするシンプルな構成ですが、2階の各窓の上に配された煉瓦タイルのアーチと1階入口上部のアーチがアクセントを添えます。大正から昭和にかけて流行した意匠ですが、地方の村役場に採り入れられた例としては希少なものと思います。
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建物正面。入口は簡素で小さな造りです。
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竣工当時の姿を良好に留めていますが、窓枠や玄関扉は後年に付け替えられたものです・
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大きな花崗岩を3段に積んだ分厚い基礎を構えます。全体に嵩上げされたような状態ですが、川沿いに建てられている事と関係しているのかも知れません。
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香川県内には戦前に建てられた町村庁舎が数多く残っていますが、旧松山村役場はこれらの中で後期の築年となります。
都市部の庁舎にも引けを取らないモダンなこの建物は、築80年を経た今も地域のランドマークとして親しまれています。
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by sunshine-works | 2012-06-23 22:18 | 近代建築 香川県 | Trackback | Comments(0)
2012年 06月 19日
旧坂出警察署
香川県坂出市の近代建築その2

坂出市の郊外、水田が広がる長閑な景色の中に下見板貼りの古い洋風建築が建っています。地区の集会所として使われているこの建物は、坂出警察署庁舎として明治24年に建てられ、昭和11年に当地へ移築されました。
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明治24年に建てられたこの建物は、香川県の近代建築の中でも築年が古く、現存する県内の近代建築としては最初期のものとなります。
資料によると、坂出警察署の建替えに際し不要となるこの庁舎を105円で買い取り、地区の住人総出で運んだとあります。当時の100円は公務員の月収の1.5カ月程度なので、かなり安い値段で払い下げられた事になります。
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木造平屋、下見板貼り。和小屋組みの寄棟屋根に和瓦を葺き、いわゆる和洋折衷様式で建てられています。比較的小ぶりな建物ですが、大きく取られた屋根高によって量感が補われています。
建物中央の車寄せに三角破風を備えた庇を張出し、庇の支柱と建物の隅柱を同じ規格で合わせます。華美な装飾はありませんが、庁舎らしい威厳や風格を備えた造りです。
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警察署から集会所へ転用される際に内部を改装していますが、外観はほぼ竣工当時のまま、上げ下げ窓だけが後年に取り替えられています。
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元々は市の中心部、賑やかな一角に建てられていた建物ですが、現在は長閑な田園風景に違和感なく馴染みます。
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各地に残る古い警察庁舎の現存例の中でもこの時代の物は数少なく、当時の庁舎建築を伝える資料として貴重な建物と言えます。
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by sunshine-works | 2012-06-19 17:53 | 近代建築 香川県 | Trackback | Comments(0)
2012年 05月 21日
豊稔池堰堤
香川県観音寺市の近代建築その3


観音寺の市街地から県道を南へ進むこと約10キロ、讃岐山地を越える峠道の途中に巨大な石積堰堤が見えてきます。
日本の近代土木史にその名を残す豊稔池は、農業用ダムとして昭和5年に竣工しました。
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古くから干ばつに悩まされて来た讃岐地方の中でも、豊稔池周辺の大野原地区は水利が特に悪く、安定的な農業用水の確保は長年の夢となっていました。大正末年に県の事業として始められたこの巨大ダムの工事は、地元農民を総動員する工事の末昭和5年に完工します。詳しくはこちらを参照下さい。
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日本で2例のみ現存する貴重なマルチプルアーチダム。石積みで造られたものとしては唯一の例です。
多連式アーチとも訳されるこの形式は、アーチを繋げて遮水壁を構成します。
それぞれのアーチが繋がる部分には巨大な柱状の堤体が組まれ、さながら城壁を思わせる景観を為します。
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一定量を越えた水を排出する為に空けられた洪水吐。増水時に大量に放出される様子は圧巻です。
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傍らには改修の際に取り外された古い設備が置かれています。
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この豊稔池の設計には数名の技師が携わっていますが、顧問として佐野藤次郎の名があります。
神戸市の水道ダムの設計者としても知られる佐野藤次郎は、各地で多くのダムや水道施設を手掛け、創成期の日本の水道事業に於いて中心的な役割を果たしました。
この豊稔池は氏の晩年の作となり、昭和5年の竣工を見る事なく昭和4年に没しています。
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遊歩道を上って湖面へ。堰堤の眺めです。
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遠方から眺めた堰堤。
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戦前に築かれたダムとして最大規模を誇るこの豊稔池は、その技術的な価値も然ることながら、見る者を圧倒する素晴らしい景観に於いても特筆されるべき存在と言えます。
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by sunshine-works | 2012-05-21 12:21 | 近代建築 香川県 | Trackback | Comments(2)
2012年 05月 17日
牛島灯台
香川県丸亀市の近代建築その4

四国と岡山の間に浮かぶ塩飽諸島は大小28の島々からなり、古来から廻船業が盛んな島として栄えました。
この塩飽諸島の中で丸亀から最も近くに位置する牛島には昭和初期に建てられた灯台が今も現役施設として使われています。
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丸亀港の沖合い約8キロ、面積0.7平方キロ・人口16人の小さな島、牛島に向います。
丸亀港を出て間もなくすると、奥手の本島(ほんじま)に重なるようにして牛島が視界に入ってきます。更に近づくと、港から沖合いに延びる防波堤の先によく目立つ赤色の灯台が見えてきます。
別名赤灯台とも言われるこの牛島灯台は、水深が浅く、幅の狭いこの海峡の安全を守る為に昭和9年に設置されました。
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港から70メートル程先の浅瀬に海中から突き出す様に建っており、厳密に言うと灯標に分類されるものです。
高さ約10メートル、構造はおそらく鉄筋コンクリート造と思われます。沿岸灯台として設置されたものではないので灯台の規模としては中程度のものです。
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この灯台は沖合い遠くに設置されていますが、まっすぐ伸びる防波堤の上を進んですぐ傍まで近づく事が出来ます。
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防波堤の先端近くから眺めます。
円錐形の本体上部に灯器を収める灯室を据え、頂部を鉄製のドーム屋根で覆う極めて一般的な形状です。良く見ると表面にはタイルが貼られており、基礎部分の赤色は塗装ではなくタイルの色のようです。
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過酷な自然環境に晒される灯台ですが、寿命は比較的長く、中には明治初期に建てられ今尚現役で使われている例も数多くあります。
これらはどれも長い時間を経る中で美しい風景に溶け込み、その地のシンボルとして欠かせない存在となっています。
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by sunshine-works | 2012-05-17 18:36 | 近代建築 香川県 | Trackback | Comments(0)
2012年 04月 26日
角本金栄堂
香川県坂出市の近代建築その1

坂出駅の北に続く商店街の入口に古い商業建物が建っています。この建物は店舗兼住居として昭和9年に建てられました。
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東西に連なるアーケードが駅前通りと交わる地点に建てられています。1階部分が店舗(食品卸)、2階から上が住居として使われていました。現在はアーケードに半ば覆われた形となっていますが、竣工当時は角地で良く目立つ建物だったと思われます。
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塔屋付きの木造3階建て、外壁にはスクラッチタイルを張り、コーナーにそって角を落とします。
一見するとRC造に見えますが、規模の大きな看板建築です。
改装された1階部分こそ竣工時の面影はありませんが、2階以上は概ね当時のまま、丸窓が飾られた塔屋やファンライトを付けたアーチ窓、水平を強調する窓上の庇等豊かな装飾表現が見られます。
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コーナーに付けられた縦書き看板。古い書体が良く似合っています。
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近くにある有名な建造物、坂出人工土地からの遠望。
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地方の中小都市には市街地の一角に古い商業ビルが残されている例が多くあります。(その多くはこの建物と同じ位の規模、且つ戦前の洋風商業建築としてその町で唯一の現存例となっている事も共通しています)
この建物もそれらの一つですが、他の事例同様、当時の商業建築の特徴を良く伝え、賑やかだった頃の町の雰囲気を偲ばせる存在となっています。
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by sunshine-works | 2012-04-26 22:25 | 近代建築 香川県 | Trackback | Comments(2)
2012年 04月 22日
堀家時計店
香川県丸亀市の近代建築その3

丸亀駅の北側、線路に沿った旧市街地の一角に現在は時計店として使われている古い建物が建っています。
この建物は元々は医院として建てられ、その後ホテルを経て現在の用途となりました。昭和8年築。
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一見するとRC造と思えますが、日本家屋の正面を洋風意匠に仕上げた、いわゆる看板建築です。
正面の意匠は完璧に西洋建築を表現し、かつ側面の殆どが隣戸に接して隠れている事もあって、看板建築である事に気づきません。
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中心の玄関両脇に柱形が添えられ、中央に立ち上がるパラペットにオーナメントを飾ります。
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軒下のコーニスや階上のパラペットの見事な出来栄え。「看板建築」の概念を超える完成度です。
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玄関脇に添えられた柱形。
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古くから開けたこの一角にはこのようなモダンな洋風建築が幾つも点在していましたが、近年その多くが改築や取り壊しによって失われてしまいました。
界隈のかつての賑わいを偲ぶ建物として、また丸亀に於ける医院建築の数少ない現存例として貴重な資料となっています。
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by sunshine-works | 2012-04-22 23:57 | 近代建築 香川県 | Trackback | Comments(0)
2012年 04月 18日
旧百十四銀行丸亀支店
香川県丸亀市の近代建築その2

丸亀駅から南へ続く商店街の一角に旧銀行店舗が残されています。
現在はイベントスペースとして使われているこの建物は、百十四銀行丸亀支店として昭和2年に建てられました。
設計・施工:清水組
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鉄筋コンクリート造2階建て、建物外壁に人造石を貼ります。
北に正面を向け、東面に路地が通じます。現在はアーケードに塞がれ全貌を眺める事が出来ませんが、その優美な姿は、長きに渡って中心街のランドマークとして親しまれて来ました。
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明治に始まり大正期に頂点を極める威厳と風格を備えた重厚な銀行建築は、昭和に入るとより幅広い顧客層を取り込む必要から権威主義的な印象を薄めていきます。
昭和2年に建てられた旧百十四銀行丸亀支店は、この時期に建てられた銀行建築の現存例の一つです。
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建物正面の詳細です。
ジャイアントオーダーに代表される従来の古典主義銀行建築に比べると意匠表現は簡素化されていますが、要所要所に適度な装飾が施され、重々しさを減じつつ壮麗さを保ちます。
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玄関はやや小ぶりな造り。銅板製の入口庇を張出します。
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南北方向に交わる小路から東側面を眺めます。
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側面の通用口にも銅板製の庇が付けられています。
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軒や壁面を飾るレリーフ。側面は古典様式の伝統を残します。
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店舗内部です。正確には2階建てではなく一部2階建てと呼ぶべきでしょうか。
内部に広い吹抜け空間を設け周囲に犬走りを巡らせる、当時の銀行建築で広く使われた造りです。
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店舗2階部分です。
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外装に於いてギリシア・ローマ風意匠は抑えめですが、内部空間にはトスカナ式の柱頭飾りやアーカンサスの彫刻が多用されており、旧来の銀行建築の雰囲気が色濃く残されています。
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戦前に建てられた百十四銀行の店舗としては他に高松本店長尾支店、坂出支店が現存しています。同一銀行の店舗が4店も当時の姿で残っている例は珍しく、建てられた時代に応じた様式の変遷を伺う優れた資料となっています。
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by sunshine-works | 2012-04-18 18:20 | 近代建築 香川県 | Trackback | Comments(2)
2012年 03月 21日
旧香川県尋常中学校丸亀分校本館(丸亀高校記念館)
香川県丸亀市の近代建築その1

香川県立丸亀高等学校は、明治26年に香川県尋常中学校の分校として開校した県下でも長い歴史を持つ学校です。
この校地の一角には開校時に建てられた旧本館が記念館として保存されています。
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城下町として栄えた丸亀は、明治に移行した後も西讃の経済・文化の中心として重要な役割を担っていました。
県都高松に尋常中学校が設立される際も、併せてこの校舎が分校として設立され、丸亀は、高松に次ぐ拠点都市としての確固たる地位を占めていました。
開校時は分校の位置付けでしたが、開校時の丸亀分校の生徒数は本校の生徒数の6割にもあたり、現存するこの校舎を見てもその概要は本校に劣らぬものだったと思われます。開校後僅か5年で独立して丸亀尋常中学校となる事からも、本校に準じた造りとして設計されていたのでしょう。
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木造2階建て、花崗岩の基礎の上に下見板貼の外壁を巡らせ、大きな切妻屋根を乗せます。
切妻屋根の妻面には換気窓がアクセントの様に設けられています。
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石を貼った玄関廻り、列柱で支えられた庇、ぺディメントを添えた各窓、各窓の間を飾る付柱、細密に整えられた下見板の外壁、幾重にも重なるコーニス等々。明治期の中学校建築の特色を良好に伝えます。
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側面を遠方から。
屋根の高さもあって非常に大きな造りに感じます。
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校舎裏面です。
開放式の廊下を巡らせ、そのまま後方の別棟を繋ぎます。
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後方に繋がる平屋建ての別棟。
旧本館は昭和35年に曳屋によって現在地に移されているので、現在の配置は当初のものとは異なるかも知れません。
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明治期の中学校建築の現存例は全国的にも数は少なく、更に明治20年代に建てられたものとなると僅かな例が残るのみです。
この校舎は四国に於ける明治期の中学校校舎の姿を伝える好例として、極めて希少な建物と言えます。
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by sunshine-works | 2012-03-21 23:09 | 近代建築 香川県 | Trackback | Comments(2)
2012年 02月 22日
予讃線財田川橋梁/柞田川橋梁
香川の鉄道遺産

四国の旧国鉄路線の母体となった民営の讃岐鉄道は、明治22年に丸亀~琴平間で開通、その後路線は山陽鉄道を経て国営化され、現在の予讃線に引き継がれます。
開業区間からの延伸は、明治30年に東の高松までが開通しますが、西への延伸は遅く、明治42年に起工された路線が愛媛県に達するのは大正5年の事となります。
この西への延伸区間には、竣工時の姿で現在も使われている多くの橋梁が残っています。今回はその中の主要な2橋、財田川と柞田川を渡る橋梁を紹介します。
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多度津から西へ進む予讃線は、観音寺市街の北で財田川を渡ります。この地点に架けられた財田川橋梁は大正2年の多度津~観音寺区間開通時に竣工しました。
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この時代の橋梁に一般的な石積の橋脚。上部に笠石を乗せます。
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プレートガーダーは明治末に制定された鉄道院標準仕様のもの。竣工時の状態が良く保たれています。
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観音寺~川之江間の開業は大正5年。この時に架けられた柞田川橋梁も竣工当時の姿を伝えます。
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長さの違いはあるものの、財田川橋梁と殆ど同じ規格で造られています。川辺の景色も良く似ており、外観はそっくりです。
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切石を積んだ橋脚。柞田川橋梁は一部に砂岩の切石が使われています。
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両側の橋台や翼壁も当時そのままの状態で残ります。
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狭い間隔で並ぶ補剛材。この時代の橋桁の特徴です。
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広い河原を静かに気動車が渡っていきます。
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by sunshine-works | 2012-02-22 12:07 | 近代建築 香川県 | Trackback | Comments(0)