2017年 07月 08日 ( 1 )

2017年 07月 08日
別子銅山の産業遺産-端出場地区1
愛媛県新居浜市の近代建築その6

旧山根精錬所から県道を南へ。山道を進んで程なく、別子銅山最後の採鉱拠点となった端出場地区に至ります。鉱山跡を利用した観光施設、マイントピア別子として公開されているこの場所には明治期から大正期に設置された多くの施設が現存しています。
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この端出場地区がその後発展する契機となった第四通洞。明治43年起工、5年後の大正4年に開通。採鉱地点から鉱石を搬出する坑道で水平方向に4.5km掘られています。
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イギリス積みに煉瓦アーチを組んだ抗口。笠石や帯石、付け柱を備えた重厚な意匠。扁額の文字は住友家当主の揮毫です。
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内部はトロッコの軌道が敷かれ、電力や通風、配水のダクトが通されました。
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マイントピア別子の敷地に隣接して古い煉瓦建物が残されています。この建物は端出場水力発電所として建てられました。
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鉱山機械の動力が機力から電力へ移行する明治中期、別子銅山では自前の発電所を設けていましたが、増大する電力需要を賄う為、明治45年に大規模な発電施設を竣工させます。銅山川から取水し第三通洞を経て導水した用水による水路式水力発電所で、当時日本一の出力3000kWと有効落差560mを誇りました。
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煉瓦造平屋建て、切妻屋根の巨大な建物。
発電施設はその後最大4800kWに増強され、周辺地域のみならず沖合い20キロメートルの四阪島精錬所まで送られました。この時に敷設された海底ケーブルは当時世界一の長さとなりました。
昭和48年まで使用された後閉鎖されましたが、内部の設備はそのまま残されています。
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by sunshine-works | 2017-07-08 16:20 | 近代建築 愛媛県 | Trackback | Comments(0)