2008年 08月 23日
千苅堰堤(千苅ダム)
神戸北区の近代建築その5

神戸市の北限、三田市と宝塚市に接する山間に位置する千苅貯水地。神戸の市街地に上水を供給する水道ダムとして大正8年に竣工しました。
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明治中期に始まった神戸市の水道事業は人口の増加・給水面積の増大につれて順次水源を拡大していきます。
最初に布引ダム、次に烏原ダム、そしてこの千苅ダムの順にダムが築かれていくのですが、年代を経るにつれて巨大な水源が必要とされ、千苅ダムの貯水量は布引ダムの30倍もの規模になります。布引ダム、烏原ダムが市街地のすぐ裏手に築かれたのと異なり、3番目のこのダムは豊富な水源を求めて六甲山を越えた深い山の中に築かれる事となります。
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形式はこの時代に一般的だった重力式ダムです。堰堤頂部には放流口となる17のゲートが設けられています。
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ダム湖側から眺めた堰堤頂部のゲート。
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天端にはゲートの開閉装置が並びます。
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堰堤の脇に建つ碑文。英文と和文で記されています。
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貯水池へ向う入口。桜のシーズンに一般公開されます。
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千苅ダムの完成で神戸の水源は強化されたのですが、更なる人口増に対応するには3つの水道ダムだけでは限界となってしまいます。その後は遠く淀川から導水するルートが築かれ、こちらが主流となって行きます。現在この千苅ダムが供給する上水は全体の1割に満たない量ですが、90年を経た今も現役施設として活躍しています。
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by sunshine-works | 2008-08-23 23:43 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
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