2016年 01月 22日
舞鶴要塞 葦谷砲台
京都府舞鶴市の近代建築その8

前3回にて舞鶴湾西岸に配置された3つの砲台を取り上げましたが、今回は湾の東側に設置された砲台の一つ、葦谷砲台を紹介します。
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葦谷砲台は舞鶴湾の湾口部、国見山の頂上近くに明治32年に設置されました。
最も北に配置されたこの砲台は舞鶴湾に接近する敵艦隊に対して最初に砲門を開き、湾口の狭い水路に侵入した敵艦には対岸の砲台群と共同して挟撃する重要な役割を担います。備砲は舞鶴の各砲台の中で最大口径の28cm榴弾砲6門が据えられました。
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この砲台も他の砲台と同様に2砲一組で砲座が組まれ、それぞれに煉瓦の砲測庫や弾薬庫を備えます。
これらは山腹の手前から奥へ、さらに横手へと通路に沿って複雑に連なっています。
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奥に進んで隣の掩蔽へ。
舞鶴の各砲台はほぼ同時期に着工、完成していますが、構造物は必ずしも統一した規格とも言えず、各砲台毎に微妙に異なります。この葦谷砲台は他の砲台に見られる礎石の使用比率が少なく煉瓦が多用され、角にアールが付けられているのも他に無い特徴です。
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日露戦争の際に危惧されたロシア艦隊の日本本土来襲はありませんでしたが、日本船舶がロシア軍艦に襲撃される事件は実際に起こっており、日本海沿岸は緊迫した状況に置かれていました。
この脅威は日本海軍によるロシア太平洋艦隊の制圧とその後の日本海海戦の大勝により一掃されますが、逆の結果となっていた場合にはこの舞鶴湾が真っ先に攻撃目標とされていた筈で、効果の程はともかく備えとしては妥当なものだったと思えます。
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by sunshine-works | 2016-01-22 13:09 | 近代建築 京都府 | Trackback | Comments(0)
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