2016年 01月 14日
舞鶴要塞 建部山砲台
京都府舞鶴市の近代建築その7

舞鶴湾西岸に設置された3つの砲台の中で最も湾の奥部に位置する建部山砲台。12cmカノン砲4門を備えるこの砲台は明治34年に完成しました。
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市街地の外れから山道を登って小一時間、標高313メートルの建部山山頂に到達します。周辺の木立の中に煉瓦造の弾薬庫が、その背後にコンクリート造の砲側庫と砲座跡が残されています。
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弾薬庫の入口周り詳細。
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各庫内は荒らされた様子も無く、良好な状態。壁の白色は煉瓦に漆喰を塗ったものです。
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弾薬庫の脇には砲座へ繋がる石段が積まれています。
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分厚くコンクリートで補強された弾薬庫。
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砲座跡。4門の備砲は2門を一組として2基の砲座に据えられていました。
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建部山砲台に配備されたカノン砲の最大射程は約7km。この位置からは舞鶴湾の外側には弾丸は届かず、砲口は上陸部隊の予想進路である由良川方向へ向けられていました。
この砲台は、舞鶴軍港に向けて進行する敵軍を迎え撃つ、正に最後の砦となるべきものでした。
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確かに、高所に据えられた大型砲が大きな脅威となる事は旅順攻防戦でも実証されましたが、この建部山砲台が砲門を開く場面は湾口の各砲台が壊滅し、日本艦隊も撃破されて制海権を失った状況であり、大挙押寄せる敵軍に対して僅か4門の砲は殆ど無力に思えます。一時の足止めを図るのが精一杯だったのではないでしょうか。
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by sunshine-works | 2016-01-14 11:30 | 近代建築 京都府 | Trackback | Comments(0)
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