2015年 09月 03日
千本堰堤/忌部浄水場
島根県松江市の近代建築その9

松江市中心部から南へ、山並みに向かう県道の傍らに松江市近代水道開設時に設けられた施設が配置されています。今尚現役で使われているこれらは大正7年から8年にかけて竣工しました。
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山陰の拠点として近代化が進められた松江市は、他の主要都市と同様に近代水道設置を検討します。明治中期、松江市は全国の近代水道を指導した技師バルトンを招聘し、当時の忌部村を水源とするプランを立てますが予算が折り合わず実現されませんでした。
その後の人口増と陸軍駐屯地の配置で再び必要に迫られた松江市はほぼ原案通りで水道開設を決定、5年の歳月を掛けて大正8年に全国37番目の近代水道の給水を開始します。
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県道から斜面を下ると見えて来る石積み堰堤。周辺施設を含めてほぼ当時の姿を留めます。
構造は重力式の礎石コンクリートダム。堰堤高16メートル、幅110メートル、貯水量は38万立方メートルで開設時は市域の5万人に給水しました。
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コンクリートで固めた礎石の表面に花崗岩を積んだ堰堤。左岸側が越流部、右岸側には取水塔を繋ぐ通路が設けられています。
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麓からの眺めです
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三連アーチの管理橋も当時のまま残ります。
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ダムから少し離れた場所に設けられた忌部浄水場。開設時の4つの緩速濾過池や調整井、集合井の上屋が現役で使われています。
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by sunshine-works | 2015-09-03 23:48 | 近代建築 島根県 | Trackback | Comments(0)
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