2015年 08月 15日
興雲閣
島根県松江市の近代建築その7

松江城址の一角、松江神社の隣に木造洋風建築が残されています。
この建物は明治天皇御幸時の宿泊所として明治36年に設置されました。
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明治天皇は明治初期から積極的に全国巡幸を行いましたが、未訪となっていた山陰地方では天皇御幸を求める機運が高まっていました。松江市は将来実現される御幸の迎賓施設としてこの建物を企画し、明治36年に完成させます。
予定された天皇御幸は日露戦争の影響で果たされませんでしたが、皇太子時代の後の大正天皇が明治40年に宿泊所として使用し、その役目を務めました。
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市内を一望する松江城址の高台に建つ木造2階建の大きな建物。明治初期の庁舎に多用されたベランダコロニアル様式の儀洋風建築です。
建物の意匠については現地案内板にある以下の記述を紹介します。
「当時はロシア宮殿風といわれ、その名は広く近隣にとどろいた。木造白塗りの壁に入母屋の瓦屋根を乗せた儀洋風で、1・2階とも周囲に列柱廊を設け、廻廊をめぐらす。ポーチ上の部屋は応接室で拝謁所に使用された。‥」
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玄関庇と廻廊を支える円柱が建物正面に並びます。
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格天井仕上げの玄関ポーチ。
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迎賓館を意図して豪奢壮麗な建物として建てられましたが、竣工時の実際の建物要目は松江市工芸品陳列所で、大正天皇の宿泊所として使われた以外は本来目的に長く使われました。その後、戦中の一時期を軍の施設として、戦後は県庁分室、松江市施設を経て昭和48年から平成23年までを郷土資料館として使われました。現在は修復工事を行っており、竣工当時により近い姿に復して公開される予定です。
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by sunshine-works | 2015-08-15 23:16 | 近代建築 島根県 | Trackback | Comments(0)
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