2013年 02月 15日
山陽本線岡山~新倉敷間の橋梁その2
備中の鉄道遺産その10

前回に続いて岡山~倉敷間に残る山陽本線開業時の遺構を紹介します。
庭瀬駅周辺から中庄駅にかけての区間は水路や小川が細密に廻らされており、線路はこれらを小さな橋梁で越えていきます。
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短い物で2~3メートル、長いものでも10メートル未満。
当然ながら橋脚は持たず両側の橋台で桁を支持します。
これらの多くにはIビーム桁と呼ばれる小規模橋梁に多用される形式の桁が使われています。
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足守川を越える為に線路は高さを上げて築堤を進んで行きます。
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庭瀬駅の西で足守川を越えます。この矢部川橋梁の橋脚はすべてコンクリート製。大正期の複線化工事で設置されたものと思われます。
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足守川の西岸から中庄駅までの区間にも開業時の煉瓦構造物を持つ橋梁が確認できます。
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中庄駅を過ぎて程なくすると一旦線路は高架に上がります。
この先の区間は後年の改修が多く、開業時の遺構は見られなくなりますが、西阿智駅西側の旧線区間には現役当時の名残となる構造物が現存します。
高梁川を渡る手前のこの区間は昭和61年に路線の付け替えが実施されましたが、住宅街の一角には撤去されずに当時の姿を留める巨大なコンクリートの塊が置かれています。高梁川を越える築堤へ上る高架桁の橋台として使われていました。
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高梁川に差し掛かる直前で線路は小さな水路を跨ぎます。
抗口は戦後に築かれたコンクリート製の物ですが、この奥には明治期のものと思われる煉瓦アーチのトンネルが残されています。
当初単線で敷かれた線路を複線化した際にコンクリートでトンネルを延長したものと思われます。
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by sunshine-works | 2013-02-15 23:22 | 近代建築 岡山県 | Trackback | Comments(0)
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