2013年 02月 11日
山陽本線岡山~新倉敷間の橋梁その1
備前の鉄道遺産

明治21年に兵庫~姫路間を延伸開業した山陽鉄道の路線は、明治23年に岡山県東端の三石まで到達し翌24年には広島県福山までの区間が開通します。
県内最古の鉄道路線として120年を超える歴史を持つこの山陽本線は、その後改修・架け替えが頻繁に行われていますが、幾つかの箇所には竣工当時の鉄道施設が連続して現存する区間が残っています。
今回と次回は岡山~新倉敷間に残るこれら山陽本線の鉄道遺産を紹介します。
f0116479_1623992.jpg

岡山駅西方の北長瀬から新倉敷駅手前の西阿智までの区間は開業以来路線の変更が無く、路盤も高架化されずに今日に至ります。
この区間に点在する中小規模の橋梁や跨道橋の多くにはイギリス積の煉瓦構造物や花崗岩の下部構が現存しており、明治中期の開業時の貴重な遺構が今尚現用で使われています。
f0116479_1645036.jpg

岡山駅を発した下り山陽本線は北長瀬駅の西で白石川を渡ります。
この橋の前後の箇所には線路が川の土手を越えるために築堤が築かれ、道路を跨ぐ箇所には小さな跨道橋が設けられます。
白石川手前のこの小さな橋は乙一久川橋梁と名称がありますが、現在は跨道橋として使われています。
f0116479_1663749.jpg

f0116479_1661939.jpg

f0116479_1673184.jpg

f0116479_167677.jpg

当初単線で敷かれた山陽本線は大正期に複線化されます。大正期の複線化工事に際しては主にコンクリートが使われ、明治期の構築物の南側に並んで設置されています。
f0116479_16115195.jpg

f0116479_1612455.jpg

f0116479_1612193.jpg

北面には花崗岩の布積翼壁が当時のままで残ります。
f0116479_16191795.jpg
f0116479_1619421.jpg

土手を越えた線路が白石川を渡ります。この白石川橋梁にも開業時に設置された橋台や橋脚が残されています。
f0116479_16271417.jpg

f0116479_1626172.jpg

f0116479_16264527.jpg

明治期の橋脚が上り線として使われている北側の線路を支えます。橋脚は煉瓦を積み、脇を花崗岩で補強しています。
f0116479_16302323.jpg

f0116479_16283413.jpg

f0116479_1630036.jpg

さすがにプレートガーダーは当初のものから架け替えられていますが、大正期と思われる古い規格のものが使われています。
f0116479_1637453.jpg

f0116479_163804.jpg

f0116479_1638215.jpg

f0116479_16385571.jpg

煉瓦の橋台。上部のコンクリート部分は後年の改修跡でしょう。
f0116479_1640575.jpg

白石川を渡って庭瀬駅までの区間にも小さな橋梁が続きます。
この区間も上り線の橋台部分に開業時のイギリス積煉瓦が現存しています。
f0116479_16451589.jpg

f0116479_16455142.jpg

このような小さな橋梁はこの先の区間にも数多く設けられており、その多くに開業時の構造物が残されています。次回は残りの区間のこれら遺構を紹介します。
f0116479_16452386.jpg


by sunshine-works | 2013-02-11 17:25 | 近代建築 岡山県 | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : http://hardcandy.exblog.jp/tb/18587038
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。


<< 山陽本線岡山~新倉敷間の橋梁その2      播但線竹田駅 >>