2012年 10月 05日
旧浅田養蔵邸
朝来の近代建築その3

生野の中心街の外れ、市川河畔に生野の旧邸を展示する口銀谷ミュージアムセンターが置かれています。
2つの旧邸が並ぶこの施設の片側、昭和7年に建てられた旧浅田邸には応接間兼書斎に使われた洋館が残されています。
f0116479_145786.jpg

代々生野銀山の地役人を務めてきた浅田家は、明治前期の浅田貞次郎の代に銀山の近代化や産業振興に貢献し、生野の発展を導きます。
この建物は貞次郎の三男で生野町議を務めた浅田養蔵氏の自邸離れとして昭和7年に建てられたものです。
f0116479_14573251.jpg

敷地の北側に建つ洋館。主屋から渡り廊下を介して繋がります。
銅板を葺いた急勾配の切妻屋根にドーマー屋根を飾り、スクラッチタイル貼りの外に縦長窓を並べます。
この時代の日本家屋に併設された洋館の多くがこの様な小規模なものでした。
f0116479_14585876.jpg

f0116479_14591474.jpg

f0116479_14583495.jpg

洋館の四面。腰周りに石を廻らせ、上部にスクラッチタイルを貼ります。
f0116479_14595871.jpg

f0116479_1502395.jpg

f0116479_1501022.jpg

f0116479_1505571.jpg

建物内部も当時の状態が良く保たれています。
f0116479_1522667.jpg

f0116479_152739.jpg

f0116479_152411.jpg

多くの西洋建築が建てられた生野ですが、当時建てられた洋風住宅の現存例は僅かです。
この洋館は往時の銀山町の繁栄ぶりを偲ぶ数少ない遺構となっています。
f0116479_1521592.jpg


by sunshine-works | 2012-10-05 23:48 | 近代建築 兵庫県 | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : http://hardcandy.exblog.jp/tb/18036749
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。


<< 倉敷教会      旧海崎医院 >>