2012年 05月 25日
美歎水源地施設
鳥取県鳥取市の近代建築その3

鳥取市中心部から南東方向へ山道を上っていきます。郊外の景色が次第に山深い風景へ変わり、人家が疎らになった一角に開けた区画が広がっています。
この一帯は鳥取市に初めて近代水道が敷かれた大正4に浄水施設が設置された場所でした。
この地に置かれた美歎浄水場は、その後70年に亘って鳥取市の水源としての重積を果たしますが、昭和59年に新しい浄水場の完成に伴って役目を終えます。
閉鎖されて30年近く経過するこの旧水源施設には今尚多くの施設が竣工時の姿で残されています。
近代建築Watch鳥取編の今回は、年1回の見学会に限って公開されるこの旧水源地の施設群を紹介します。
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広い敷地内には貯水池、暖速濾過池、量水施設等の浄水施設を始め、門や橋などの付帯施設が良好な姿で残っています。
各地に創成期の水道施設が残されている例は数多くありますが、これだけの数が揃って現存する例は珍しく、土木遺産として貴重な資料となっています。
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敷地の北側に位置する堰堤。美歎川を堰止めて水道用水を蓄えます。完成当初は土盛で築かれましたが、大正7年に洪水で流されてしまいます。その後、神戸の水道ダム豊稔池堰堤を手掛けた佐野藤次郎の指導の基、礎石を積んでコンクリートを充填する現在の堰堤が大正11年に完成します。
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堰堤上部です。
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上流側からの眺め
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貯水池に蓄えられた水は、鉄管で場内5か所の濾過池へ導かれます。
池底に敷かれた砂と生物作用で長い時間を掛けて濾過する暖速濾過法は当時の一派的な浄水法でしたが、大量の処理には向かず、その後に開発された急速濾過法に置き換わっていきます。旧美歎浄水場では昭和59年の廃止までこの方式が使われ、良質な浄水を供給していました。
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廃止後は水が抜かれ、側壁や池底を詳細にみる事が出来ます。5つある濾過池の内一つは水が貼られ、当時の雰囲気を伝えます。
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濾過池に付随する施設を順に見て行きます。これら施設は築後100年近くを経過してコンクリートの劣化が進んでおり、保護する為に仮設の覆いが架けられています。
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調整井と呼ばれる施設。水位の調整をするバルブが収められています。
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各貯水池から送られた浄水は接合井に集められます。
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接合井に集められた浄水は、この量水器を経て市内へ給水されていきます。
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場内に巡らされた管理道路の数箇所には当時架けられた鋳鉄製の橋が今も残っています。
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当時の正門と思われる門柱と門扉。
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鳥取市の近代水道が共用を開始した当時、鳥取市の人口は約3万人で、この時代に近代水道を設けた都市としてはかなり小規模なものでした。
現存する旧美歎水源施設は、地方都市に於ける先駆的な水道事業の導入事例として、更に創成期の水道施設の全容を垣間見る良例として、極めて需要な歴史遺産となっています。
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by sunshine-works | 2012-05-25 22:51 | 近代建築 鳥取県 | Trackback | Comments(2)
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Commented by 池本 at 2012-05-27 20:35 x
水源施設が纏まって残っているだけでも素晴らしいのに、門などまでがしっかり残っているってのがつくづく素晴らしいですね。30年と言えば結構な時間ではあるにせよ、30年前までは現役で使用されていたというのにも驚きました。
Commented by sunshine-works at 2012-06-01 23:40
池本さん こんばんは。
廃止された水源施設がこのように長い期間に亘って保たれている事例は極めて珍しいものと思えます。
貴重な土木遺産ではありますが、取り壊されるでもなく、丁重に保存されている訳でもない、放置されているような現状を何とか改善してもらいたいものです。


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