2011年 06月 09日
加古川線の橋梁
播磨の鉄道遺産その2

播磨を縦断して丹波と結ぶJR加古川線は民営の播州鉄道が大正2年に敷いた加古川町~国包駅間の路線に始まり、10年後の大正12年に谷川駅まで延伸されて現在の加古川線の原型となります。開業以来100年を迎えるこの沿線にも戦前に由来する橋梁が残されています。播磨の鉄道遺産その2は加古川とその支流を渡る橋梁を紹介します。
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厄神~市場間に架かる加古川第二橋梁。大正2年にこの区間が開通した際に架けられたものです。現存するプレートガーダー式の桁には明治38年製との表記がありますが、これは後年に他所から転用されたものと推測されます。
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加古川の中流域とは言え、幅員300メートルを超える大きな橋です。竣工時から残る煉瓦の橋台、橋脚に11連の上路プレートガーダー桁、1連のトラス桁が渡されています。
このうち中央のトラス桁1基と西詰のプレートガーダー桁1基は近年の築ですが、他の橋桁には明治期の橋桁が使われています。
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大正期の旧鉄道省橋梁では一部でコンクリート製橋脚が使われ始めていましたが、ローカル区間ではこの様な煉瓦橋脚も並存していたようです。
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現在中央部にはトラス桁が架けられています。これは近年の水害復旧によって架け替えられたものです。
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西岸からの眺めです。
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加古川の支流、万願寺川の小野町~粟生間に架けられたこの万願寺橋梁も相当に古い歴史を持つものと推測されます。
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切石を積み上げた楕円形状の橋脚は大正初期の橋脚に数多く見られます。その上に渡されているリベット接合の上路式プレートガーダーも当時の標準的な規格のものです。
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by sunshine-works | 2011-06-09 22:48 | Trackback | Comments(0)
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