2009年 11月 11日
京橋
岡山県岡山市の近代建築その6

岡山城の南、旭川に架けられた京橋は長い歴史を持つ橋です。旭川の水運と西国街道が交わる交通の要衝として栄えた京橋一帯は、常に多くの人や物が行きかう岡山の町の中心でした。
明治期まで幾度も架け替えが繰りかえされましたが、大正6年に近代的な鋼橋として架けられた橋が現在の京橋の基となっています。
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現在の橋の姿は、大正6年に架けられた後に数度の改修が施され当初の面影は薄れてしまっていますが、鋼管の橋脚や親柱の基礎部分は竣工時の状態が残されています。
現存する大正期の橋としては数少ない鋼管の橋脚で支えられた桁橋です。
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町の中心に架けられた橋だけあって、完成当初は豪華な欄干や大きな親柱が添えられた装飾豊かな橋でした。その後の拡幅工事や戦時の鉄材供出でこれらが撤去されてしまったようです。(竣工当時の橋の図面がこちらのサイトで紹介されています)
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花崗岩を用いた親柱。当初は背の高いものでしたが改修時に削られ、基礎部分が残っています。
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橋上の意匠は大きく変わっていますが、特徴的な橋脚部分はほぼそのままの状態が保たれています。
(脚柱は大正12年の拡幅工事の際に追加されています。)
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岡山で最も賑わっていた京橋周辺の一帯は、中心市街地が駅前に移るにつれて衰退し、国道やバイパスの整備によって主要幹線としての役割も他に移ってしまいました。
往時の繁栄を偲ぶ物はこの古風な橋の他には残っていませんが、町と発展を共にしたこの橋が果たした役割は、岡山の近代化に欠くことのできない重要なものでした。
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おまけ

京橋警鐘台

橋の麓に見えるこの警鐘台は大正13年に建てられました。元々はこの橋の南方にあったものですが、後年にこの場所に移設されました。
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by sunshine-works | 2009-11-11 22:57 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
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