2009年 11月 03日
播磨の近代建築 補遺① ~播磨の橋~
播磨の近代建築 補遺① ~播磨の橋~

約9ヶ月に亘って40ヶ所余りに及ぶ播磨地区の近代建築を紹介してきましたが、広大な播磨地区にはまだまだ多くの近代建築・近代化遺産が残っています。播磨編の最後に、これまで紹介しきれなかった近代建築の幾つかをピックアップしてみました。
補遺編の最初は播磨地区に残る4つの橋を紹介します。

***************************************

屋形橋

播磨の中央部を南北に流れる市川の中流域に位置する神崎郡市川町に架けられています。下路鉄筋コンクリートタイドアーチ橋と呼ばれる兵庫県では珍しい形式の橋です。昭和8年竣工。
f0116479_112479.jpg
f0116479_11183939.jpg

f0116479_11202766.jpg

f0116479_11205775.jpg

f0116479_1156018.jpg

前回紹介した岡山の大原橋によく似た鉄筋コンクリートアーチ橋ですが、橋梁の分類上では別種のものです。(ローゼ橋の場合はアーチや橋床を支える桁がより太くなります)
f0116479_1144433.jpg

f0116479_11451515.jpg

f0116479_11454026.jpg

f0116479_1146139.jpg

f0116479_11463414.jpg

現在は1連のアーチ橋ですが、竣工時は2連のアーチが連なっていました。下の写真で左手にあたる部分(綱桁に架け替えられています)がその名残りと思われます。
f0116479_11501584.jpg

f0116479_11482170.jpg


***************************************

加古川橋

西播磨で最も大きな川、加古川の下流、国道2号線の大きな橋です。改修によって橋上の意匠は変わってしまいましたが、橋桁や橋脚部分は当時のまま残されています。 竣工:大正12年
f0116479_13275253.jpg

f0116479_1402498.jpg

全国各地で多くの橋を手掛けた増田淳の設計です。増田淳の作品としては、兵庫県内には他に武庫大橋が現存しています。
f0116479_13432614.jpg

加古川橋と武庫大橋、両橋の現在の姿は大きく異なっていますが、加古川橋も、かつては武庫大橋と同様に美しい石の高欄や立派な親柱を備えた橋でした。戦後に行われた拡幅工事の際に親柱や当初の高欄が取り除かれ、現在の姿に変わっています。
f0116479_13544619.jpg
f0116479_1435038.jpg

橋脚部分。上流側には拡幅時に脚柱が追加されています。
f0116479_13591781.jpg


***************************************

白鷺橋

姫路市の中心部、姫路城のすぐ傍の小さな川を渡る鉄筋コンクリート橋です。昭和8年竣工。
f0116479_1411504.jpg

f0116479_14132412.jpg

f0116479_1413516.jpg

f0116479_14221072.jpg

四隅の大きな親柱や高欄に播磨特産の竜山石を用いた装飾豊かな橋です。この橋も戦後に拡幅工事が行われましたが、原型が保たれて改修されています。
f0116479_14201754.jpg

f0116479_14211680.jpg

f0116479_142041100.jpg

f0116479_14214342.jpg


***************************************

元禄橋

赤穂の魚港近くにある小さな鉄橋。現在は人道橋として使われています。
f0116479_144130100.jpg

f0116479_14421597.jpg

f0116479_14424474.jpg

斜材がX字に交差するダブルワーレントラスと呼ばれる形式の橋です。小さな橋ですが、細密に張り巡らされた鉄骨は迫力十分です。
f0116479_14572057.jpg

f0116479_14574751.jpg

f0116479_14582444.jpg

f0116479_14585828.jpg

f0116479_14592832.jpg

f0116479_1503616.jpg

f0116479_15601.jpg

生活に密接に結びついた存在だけに、明治以降全国各地に近代技術による多くの橋が架けられました。
建造物に比べて永く使われる事の多い橋梁ですが、さすがに今日の交通事情に対応するには大幅な改修や架け替えが必須となってしまいました。
安易に架け替えの道を選ばず、手を掛けて大事に残されたこれらの橋は、歴史ある橋ならではの存在感を示す地域のランドマークとなっています。
f0116479_14595925.jpg


by sunshine-works | 2009-11-03 15:41 | 近代建築 | Trackback | Comments(2)
トラックバックURL : http://hardcandy.exblog.jp/tb/12246622
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
Commented by 元赤穂人 at 2017-05-08 14:47 x
元禄橋は、今の道路では想像できないと思いますが、50年くらい昔には、旧赤穂大橋からから尾崎、御崎へ抜ける唯一の道路で、路線バスも走っていました。当時は塩田の中を曲がりくねった狭い道が1本走っていました。
さらに、この鉄橋が架かる前は、三昧橋(さんまいばし)と呼ばれる2連の木造太鼓橋が掛かっており、元禄橋竣工後も暫く存在していたようで、2つの橋が
並古写真も残っています。
Commented by sunshine-works at 2017-05-15 10:31
> 元赤穂人さん
元赤穂人さん、はじめまして。
この橋は幅が狭く、中心街区からも離れているので、他所から移築されたものかとも思っていましたが、当初からここに架けられていたのですね。貴重な情報を有難う御座いました。


<< 播磨の近代建築 補遺② ~庁舎~      大原橋 >>