2009年 07月 24日
旧閑谷中学校本館
岡山県備前市の近代建築その5

JR山陽本線吉永駅から南へ、深い山の中に備前藩が開いた庶民教育の学校が閑谷学校です。この地には国宝の講堂や重要文化財に指定されている当時の建物がそのまま残っているのですが、敷地の一角には明治期に建てられた旧閑谷中学校の校舎も現存しています。現在資料館として使われているこの建物は明治38年、県の技師である江川三郎八の設計により建てられました。
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藩校として長い間庶民教育を担っていた閑谷学校も、廃藩と同時に一旦閉鎖となるのですが、明治6年に私立の教育所として再開されます。明治36年には旧制中学校に改変され、明治38年、旧学房跡地に新校舎が竣工します。
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木造2階建て下見板貼り、玄関のある中央部分から左右に両翼が伸びるコの字型の構造となっています。
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江川三郎八は福島県から招かれて岡山で活躍した設計者です。県下に残る木造の学校や庁舎には江川三郎八が手がけた物、あるいはその影響を受けた物が非常に多く、独特の様式は「江川式」と呼ばれています。
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校舎の外周に沿って一回り
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学校建築ならではの大きな窓が美しく並びます。天井の高さまで取られた窓によって採光や通風に十分な配慮がされています。
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この玄関から内へ入ります
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教育県と評される岡山県民の気質を育てた閑谷学校の精神を受け継ぐこの中学校は、戦後は新制高校に改変され、やがて昭和39年に閉校となります。その後は閑谷学校関連の資料を展示する施設として使われています。
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こちらが国宝に指定されている閑谷学校の講堂です。
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古い木造校舎が数多く残る岡山県の中でも、明治期の中学校校舎で現存する建物となるとそう多くはありません。その後県内各地に建てられる木造校舎の基本形となったこの建物は、当時の岡山の学校建築の水準の高さを今に伝えています。
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by sunshine-works | 2009-07-24 21:52 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
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