2009年 06月 12日
山陽本線市川橋梁
姫路の近代建築その16

西へ向かうJR山陽本線は姫路市街に差し掛かる手前で大きな川を渡ります。この山陽本線市川橋梁は、国有化される前の旧山陽鉄道時代の明治23年に掛けられました。
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川自体の幅はそれほど広くはないのですが、両岸の川原がかなり広く、橋の長さは550メートルもあります。煉瓦の橋脚に鋼製の橋桁を乗せていくシンプルな構造ゆえに見た目は地味な印象ですが、竣工当時のままの煉瓦橋脚が自然と一体となったすばらしい景観を織り成しています。
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兵庫駅を基点に敷設が進められた山陽鉄道は明治21年にまず明石まで開通します。兵庫-明石間は市街地が続き比較的平坦だったのですが、明石から西への延伸では加古川、市川、揖保川と順次大きな川を渡る事となります。西へ向かうにつれて大規模な工事の連続となり、民営企業だった山陽鉄道にとって大きな負担となった事と思われます。この橋が構造が簡単な桁橋で掛けられた大きな理由は経済性に優れた為と言われています。
*参考:神戸新聞
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ほぼ竣工当時のままの橋脚部分に比べると橋桁部分はその後に交換された物が多いのですが、竣工時の桁も残っているようです。とはいえ、後年の物も同じような規格で作られているので一見しただけでは区別がつきません。
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狭い間隔で林立する煉瓦橋脚が桁下に延々と続きます。
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流れも緩やかで浅い川です。上流側の尖った部分は水流を分ける「水切り」と言うそうです。
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明治21年に姫路まで伸びた山陽鉄道は、その13年後に下関まで開通します。この後、姫路以西には更に大きな橋が掛けられていきますが、この市川橋梁の技術はその後の山陽鉄道の架橋の雛形として活かされる事となります。
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by sunshine-works | 2009-06-12 21:39 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
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