2009年 03月 25日
出汐館
高砂の近代建築その4

高砂に進出した近代産業の中で三菱製紙と並ぶ大きな事業所だったのが鐘淵紡績及び関連会社の鐘紡人絹工業の工場でした。加古川が日本毛織の企業城下町であったように、高砂に於ける鐘紡の工場は町の経済のみならず生活全般に大きく関わる存在となっていました。
今回紹介する出汐館は明治41年に操業を開始した鐘淵紡績高砂工場の迎賓施設として建てられたものです。昭和11年築。
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高砂市の南部、埋立地に広がる工場地帯に面して建てられています。北側は鐘紡の社宅街(戦前の風情がそのまま残っています)となっており、日本毛織の社宅倶楽部とよく似た立地環境になっています。
大きなアールを持つ階段室、ステンドグラスの階段窓が特徴的なこの建物は、現在は鐘紡人絹工業の後身であるカネカの社員厚生施設として使用されています。2階建てですが軒高があり、見た目以上に大きな建物です。
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なんといっても一番の特徴はこの階段室とステンドグラスです。建物本体はごく一般的な洋館の造りですが、この部分が際立った印象を受けます。
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この建物は東西それぞれの棟が中央で結ばれて一つの施設となっています。西側の棟の入口に出汐館の銘が掲げられていますので、出汐館の呼称はこちら側だけなのかも知れません。
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東棟の入口
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南面です。植込みと建物の間が庭になります。
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東側の棟には三角に張り出した出窓が設けられています。採光の都合なのかデザイン上のアクセントなのかわかりませんが、ちょっと唐突な感じです。
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高砂の発展を支えた鐘淵紡績高砂工場ですが、戦後の繊維産業の構造変化に伴って昭和50年代に撤退してしまいます。しかし、関連会社の鐘淵化学は埋立地に新工場を建て、その後カネカと名を変えて今に至っています。この建物もカネカの社員施設として引き継がれ、行事や文化活動の場となっています。
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日本最大の繊維メーカーだった鐘淵紡績が各地に建てた工場や関連施設の名残りは、現在も相当数を確認する事ができます。会社としての名は無くなってしまいましたが、これらの建物は日本の近代産業の中で重要な役割を果たした同社の功績を後年に残す貴重な遺産となっています。
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by sunshine-works | 2009-03-25 20:46 | 近代建築 | Trackback | Comments(0)
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